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第一章 七人家族
初恋の話
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のんびり海を眺めていると
「なんや学生っぽい人多いなー」
と、日向がその辺を見渡しながら私に言った。
「世間じゃ夏休みだからねー」
私も周囲をざっと見渡しながら答えた。
「そういえば天姉って昔学校行ってたことあるんやろ? 学校ってどんな感じなん? 楽しかった?」
「うーん。私の場合は周りの子見てたら凹むからあんま好きじゃなかったかなー。担任とかとも馬が合わんかったし」
私が小学生だった時の話だ。
ある日の放課後、担任の女に呼び出された。
担任は遠慮がちに言ってきた。
「白石さん、あのね? 言いづらいのだけど、もう少し楽しそうな顔できないかしら?」
「楽しそうな顔?」
私が訊き返すと担任は困ったような顔をした。
「そう。なんというかその……ずっと悲しそうな顔をされているとクラスの子も気を遣うじゃない?」
私はこの女が何を言いたいのか分かった。
「あー。私がいるとクラスの雰囲気悪くなるって話ですか?」
「……そういう捻くれたようなことを言うのもやめてくれないかしら」
「しょうがないでしょ。実際捻くれてるんだし」
私が投げやりにそう答えると担任は突然喚き散らし始めた。
「あのね!! あなたは勘違いをしているわ! まさか自分は世界で一番不幸だとでも思っているの? いっつもいっつも悲劇のヒロインみたいな顔して! あなたよりも不幸な人なんて世界にはいくらでもいるわよ! 不幸自慢みたいなことはやめて!」
「ほぅ。私より不幸な人はいるから私は不幸を嘆いてはいけないと?」
「そうよ! あなたより辛い思いをしている人がいるのだから駄目に決まっているでしょう?」
「じゃあ世界で二番目に不幸な人でさえ不幸を嘆くことは許されないと? だってそうですよね? 世界で一番不幸な人以外には全員自分より不幸な人がいるんですから。先生の理屈で言うと、不幸を嘆くことが許されるのは世界で一番不幸である人だけだということになりますね。あなたは一体何の立場でそんなことを言っているんですか? 世界で二番目に不幸な人に対してもあなたは今私に対して言ったことと同じことが言えますか?」
「っ~うるさい! あなたは屁理屈ばっかりね! 不幸自慢なんて誰もいい気がしないのだからやめなさい!」
「だったら最初からそう言えよバカ」
「なんですって!?」
「はいはいキーキーうるさいですよ猿じゃないんですから。一人で勝手にテンション上げないでください。ヒステリックなババアだなー。あなたが母親になったらきっと子供は私みたいに育ちますよ」
「っ~!」
「おっ暴力ですか? いいですよ慣れてますし。ほら。殴ったらいいじゃないですか」
こんな感じで担任とは仲が悪かった。
今思えば当時の私はクソガキだったのだ。
「まぁこんな感じであんま楽しくはなかったかなー」
「そっかー。ちょっと興味あるんやけどな」
日向は何気なく言ったが、その表情から日向の学校に対する強い憧れを感じ取った。
私たちは行方不明ってことになってるから学校は厳しいかもしれないが、一応桜澄さんに話しておいてあげよう。
これも役目オブおねーちゃんだ。
遊び疲れ、旅館に帰る途中で電柱に貼ってあるポスターが目に留まった。
そのポスターによると今晩は近くでお祭りがあるらしい。
せっかくだからと行くことになった。
会場に着くと、すごい数の人で賑わっていた。
見たところ、そこそこ大きな規模の祭りらしい。
いざ人の波に入っていこうとしたところで、テレビの中継をやっているのが見えた。
「はい、こちらが祭りの会場となっております! 大変多くの人で賑わっております!」
リポーターの人が周りの人々にインタビューをしているようだ。
これはマズい。
私たちは行方不明ということになっているので、テレビに映るのは本当に良くない。
目についたお面屋さんに急いで向かった。
そこで恭介は狐、桜澄さんは鹿、けいは狼、私は羊、ゆずと日向とげんじーは般若のお面を買って装着した。
これで万が一、インタビューされることがあっても大丈夫だろう。
まぁインタビューされないに越したことはないが。
「おや? なにやらお面をつけた集団がいますねー。話を伺ってみましょう!」
やばい。
逆効果だったかもしれない。
ノリノリのリポーターがやって来た。
「こんばんは! 今日はご家族で来られたんですか?」
「んー。まぁそうやな。間違ってはない」
リポーターからの質問に日向が答えた。
「あらそうなの~教えてくれてありがとう。可愛いお子さんですねー」
リポーターは先生に対して、にこやかにそう言った。
「そうですね。自慢の子供たちです」
リポーターはうんうんと頷いた。
「そうですよね~。ところで、どうしてみなさんお面をつけているんですか~?」
「いや、あの……テンション上がっちゃって」
「テンション上がりますよね~分かります。私も買っちゃおうかしら。あー上がるといえば、今日は花火も上がるんですよ~ご存知でしたか?」
「いえ知りませんでした。花火ですか」
「はい~。とっても綺麗なので是非見ていかれてくださいねー。ではお邪魔しましたー」
なんか嵐みたいな人だったな。
私たちはリポーターの人としっかり距離をとったことを確認してからお面を外した。
はぁー。
危なかった。
桜澄さんが
「テンション上がっちゃって」
とか言うから吹き出しそうになった。
それにしても
「桜澄さん、自慢の子供たちです、だってさー。うへへへ」
私がそう言うと、けいと日向も
「先生にとって僕たちは自慢なのか~。そっかそっか~」
「自慢の子供たちです(キリッ)」
とおちょくるように言った。
「からかうな」
桜澄さんはそっぽを向いた。
みんなで桜澄さんをいじっていると、突然男の子に声を掛けられた。
「もしかして……白石天音さん……ですか?」
「え? ……あなたは……」
私はその先の言葉を飲み込んだ。
そして
「……人違いですよ」
と言った。
何度も言うが、私たちは行方不明ということになっている。
そのため、もし昔の知り合いに見つかっても誤魔化さなければならない。
男の子は黙ってしまった。
この人はかなり昔の知り合いのはずだ。
当時より背が伸びていて雰囲気も変わっているが、おそらく小学生の時に同級生で同じクラスだった……
「松本です。松本結翔です。……覚えてないですか?」
俺の初恋相手は小学生の時に同じクラスだった白石天音という女の子だ。
いつから好きになったのかは覚えていない。
いつからか白石の物憂げな表情が気になるようになった。
俺はガキ大将だった。
人を笑わせるのが好きで、いつも友達相手にギャグを披露して笑いをとっていた。
そんな俺を冷ややかな目で見てくる白石のことが最初は嫌いだった。
ある日、俺がいつものように友達を笑わせていると女子のリーダーみたいな奴(名前は忘れた)が
「松本ってほんとバカよねー。男子ってほんと幼稚」
と言った。
そこから男子と女子の言い合いが始まった。
ほとんど内容はなく、バカだのアホだの罵り合っているだけだったが。
そんな時、女子のリーダーみたいな奴が白石に
「黙ってないでアンタもなんか言いなさいよ」
と言った。
白石はいつも通り冷めた目で、ため息をついた。
そして不貞腐れたような態度で
「あなただって幼稚でしょ? 争いは同じレベルの者同士でしか起こらないのよ。あなたは男子をみて、自分のことを大人だと勘違いしてるんでしょうけど、所詮どんぐりの背比べ。私から見れば男子も女子もみんなバカな子供でしかない。猿が戯れてるようにしか見えないわ」
全方位に喧嘩を売った。
それまで対立していた男子も女子もみんなで白石に文句を言い始めた。
しかし白石はそれから一言も話さず、みんなの声など聞こえていないかのように、けだるそうな表情で頬杖をついて窓の外を眺めるだけだった。
勝ち逃げだ。
当たり前だと思うがクラスメイトは白石のその態度も気に食わないようで、文句の声はどんどん大きくなっていった。
俺はというと、白石のことを面白い奴だなと思っていた。
それまで話したことはなく、『何を考えているか分からないが、なんか嫌な奴』だという認識が、『嫌なことを考えている嫌な奴』に変わった。
だが不思議と不快感はなかった。
それどころかすっきりとした気分になった。
みんなが白石に文句を言う中、俺は一人、腹を抱えて笑いだした。
なんだか笑えて仕方なかった。
そんな俺を見てクラスメイトは文句を言うのをやめ、ポカンとしていた。
白石は多分引いていた。
次の日から俺は白石に話しかけるようになった。
白石は最初俺のことを相手にしなかったが、しつこい俺に根負けし、話してくれるようになった。
あの日以来、白石はクラスメイトに煙たがられていたが、その時の俺は気づいていなかった。
俺は白石のことが気になるようになっていた。
気づけば目で追ってしまっていた。
多分この頃には好きになっていたのだと思う。
ある日、俺は白石ともっと仲良くなりたいと思い
「何か困ってることとかないか?」
と聞いた。
白石は
「うーん。給食をわざと少なく注がれるのは困ってるかな。家であんま食べれないから結構死活問題なんだよね」
と言った。
当時の俺は子供ながらになんとなく気がついていた。
ふとした時に見える傷やあざ。
明らかに栄養が行き届いてない顔色を見て、きっと白石の家庭では良くないことが起きているんだと確信していた。
だけど同時に子供の自分になんとかできる領域でないことも悟っていた。
俺は、せめてクラスメイトの白石に対する嫌がらせをやめさせようと思った。
そして帰りの会の時に
「みんな! 白石に嫌がらせをするのはやめてくれ!」
と言った。
担任も見ているし上手くいくと思っていた。
しかし、
「結翔君は白石さんが好きだからそんなこと言うんでしょ~」
「別に嫌がらせなんてしてないし~」
クラスメイトは認めなかった。
縋るように担任を見ても何も言わない。
後で分かったことだが、担任は白石を嫌っていたらしい。
俺は諦めなかった。
「お前ら白石の給食だけ少なくしたりしてるだろ!」
「勘違いなんじゃないの? 証拠は?」
女子のリーダーみたいな奴が勝ち誇ったような顔で訊いてくる。
「……松本君、もういいよ」
白石が困ったように微笑んでそう言った。
「良いわけないだろ! いいから嫌がらせをやめろ!」
「そんなこと言われてもー。やってないしー」
「っ!」
俺は悔やしくて泣いた。
白石のために何もしてやれない自分が恥ずかしかった。
白石は俺に申し訳なさそうな顔を向けた後、荷物を持って教室を出た。
誰も止めなかった。
俺はその後を泣きながら追いかけた。
追いついて謝ろうとした。
白石は俺が追いかけてくることが分かっていたかのように、廊下で立ち止まっていた。
「ごめん……俺」
「いいよ。でも今後私に話しかけないで」
白石は俺の言葉を遮り、突き放すようにそう言って帰ってしまった。
俺のためだ。
敵が多い白石の味方をしていたら俺が傷つくことになるから。
白石の優しさと自分の情けなさで俺はその場で泣き続けた。
次の日から俺は白石に話しかけるのをやめた。
本当は話しかけたかったが勇気がなかった。
そんな日々を過ごしていたある日、白石は行方不明になった。
俺が白石を見間違えるはずがない。
あの頃より遥かに元気そうだし穏やかだが、目の前の相手は絶対に白石だ。
……多分事情があるのだろう。
突然いなくなり今も行方不明ということになっているのだ。
事情がない方がおかしい。
人違いだと言ったことから考えて、きっとその事情については話すことができないのだろう。
でも、せっかく再会できたのにこのまま別れるなんてできない。
「じゃあ人違いでもいいので、一緒に花火見ませんか?」
気づいたら俺はそんなことを口走っていた。
白石は一瞬目を見開いた。
……いくらなんでも無理やりすぎたか?
緊張しすぎて頭が回らない。
これはやってしまったかもしれない。
「……いいですよ」
白石は控えめに微笑んだ。
キタ。
きましたよこれ。
最近ゴミ拾いしたからきっと神様がご褒美をくれたんだ。
ありがとうございます神様。
「近くの神社からだったらよく見えるからそこで見よう」
「はい」
天姉と松本が行った後、けいが言った。
「……あの二人どういう関係だ? 誰あの男?」
やっぱり気になるようだ。
僕も気になる。
「誰だろうな。本当に人違いってわけじゃないだろうし」
僕たちに向かって日向がニヤニヤしながら言ってきた。
「あっれ~? 嫉妬? 嫉妬やんなハハハ……あれ嫉妬してない。純粋に心配なんか」
「そりゃそうだろ」
けいは天姉と謎の男が歩いて行った方を見ながら呟くようにそう言った。
神社までは黙って歩いた。
ちょっと高台にあるので階段を上がる。
結構な段数があるから息が上がる。
階段のせいなのか緊張のせいなのか心臓が早まる。
階段を上がりきって軽く周りを見てみても誰もいなかった。
境内のベンチに二人並んで座る。
花火が上がり始めても言葉はない。
意を決してこちらから切り出すことにした。
「お前のこと誰かに話したりはしないから安心してくれ」
白石は黙って微笑むだけだ。
また無言の時間が流れる。
「……花火。初めて見た。綺麗」
ふいに白石がそんなことを言った。
俺は胸が痛んだ。
きっと白石は本当に初めて花火を見たんだ。
俺みたいに子供の頃に家族で見に行くようなこともできなかったのだろう。
俺が当たり前だと思って過ごしていた環境は、きっと白石からすれば喉から手が出るほど羨ましい幸せなものだったのだと思う。
俺は白石の子供の頃の境遇を想像し、何も言えなくなった。
ついに花火が終わってしまい、白石は立ち上がった。
俺は心を決めた。
「あの頃、お前のことが好きだった」
白石はこちらに背を向けていて表情は分からない。
「……すまん。そういや人違いだったな」
白石は何も言わない。
しばらく沈黙が続き、そして白石は振り返らないまま歩き出した。
思わず俺は白石を呼び止めた。
白石は足を止め、背を向けたまま
「あの時は私のために……ありがとう。嬉しかった。さようなら」
そう言い残して去っていった。
俺は、あの時みたいな気分になった。
白石が女子のリーダーに、クラスメイト全員に喧嘩を売った時みたいに、すっきりした。
白石が行方不明になってから俺はずっと初恋にしがみついていた。
それが今、終わった。
俺はようやく初恋を終えることができたのだった。
「なんや学生っぽい人多いなー」
と、日向がその辺を見渡しながら私に言った。
「世間じゃ夏休みだからねー」
私も周囲をざっと見渡しながら答えた。
「そういえば天姉って昔学校行ってたことあるんやろ? 学校ってどんな感じなん? 楽しかった?」
「うーん。私の場合は周りの子見てたら凹むからあんま好きじゃなかったかなー。担任とかとも馬が合わんかったし」
私が小学生だった時の話だ。
ある日の放課後、担任の女に呼び出された。
担任は遠慮がちに言ってきた。
「白石さん、あのね? 言いづらいのだけど、もう少し楽しそうな顔できないかしら?」
「楽しそうな顔?」
私が訊き返すと担任は困ったような顔をした。
「そう。なんというかその……ずっと悲しそうな顔をされているとクラスの子も気を遣うじゃない?」
私はこの女が何を言いたいのか分かった。
「あー。私がいるとクラスの雰囲気悪くなるって話ですか?」
「……そういう捻くれたようなことを言うのもやめてくれないかしら」
「しょうがないでしょ。実際捻くれてるんだし」
私が投げやりにそう答えると担任は突然喚き散らし始めた。
「あのね!! あなたは勘違いをしているわ! まさか自分は世界で一番不幸だとでも思っているの? いっつもいっつも悲劇のヒロインみたいな顔して! あなたよりも不幸な人なんて世界にはいくらでもいるわよ! 不幸自慢みたいなことはやめて!」
「ほぅ。私より不幸な人はいるから私は不幸を嘆いてはいけないと?」
「そうよ! あなたより辛い思いをしている人がいるのだから駄目に決まっているでしょう?」
「じゃあ世界で二番目に不幸な人でさえ不幸を嘆くことは許されないと? だってそうですよね? 世界で一番不幸な人以外には全員自分より不幸な人がいるんですから。先生の理屈で言うと、不幸を嘆くことが許されるのは世界で一番不幸である人だけだということになりますね。あなたは一体何の立場でそんなことを言っているんですか? 世界で二番目に不幸な人に対してもあなたは今私に対して言ったことと同じことが言えますか?」
「っ~うるさい! あなたは屁理屈ばっかりね! 不幸自慢なんて誰もいい気がしないのだからやめなさい!」
「だったら最初からそう言えよバカ」
「なんですって!?」
「はいはいキーキーうるさいですよ猿じゃないんですから。一人で勝手にテンション上げないでください。ヒステリックなババアだなー。あなたが母親になったらきっと子供は私みたいに育ちますよ」
「っ~!」
「おっ暴力ですか? いいですよ慣れてますし。ほら。殴ったらいいじゃないですか」
こんな感じで担任とは仲が悪かった。
今思えば当時の私はクソガキだったのだ。
「まぁこんな感じであんま楽しくはなかったかなー」
「そっかー。ちょっと興味あるんやけどな」
日向は何気なく言ったが、その表情から日向の学校に対する強い憧れを感じ取った。
私たちは行方不明ってことになってるから学校は厳しいかもしれないが、一応桜澄さんに話しておいてあげよう。
これも役目オブおねーちゃんだ。
遊び疲れ、旅館に帰る途中で電柱に貼ってあるポスターが目に留まった。
そのポスターによると今晩は近くでお祭りがあるらしい。
せっかくだからと行くことになった。
会場に着くと、すごい数の人で賑わっていた。
見たところ、そこそこ大きな規模の祭りらしい。
いざ人の波に入っていこうとしたところで、テレビの中継をやっているのが見えた。
「はい、こちらが祭りの会場となっております! 大変多くの人で賑わっております!」
リポーターの人が周りの人々にインタビューをしているようだ。
これはマズい。
私たちは行方不明ということになっているので、テレビに映るのは本当に良くない。
目についたお面屋さんに急いで向かった。
そこで恭介は狐、桜澄さんは鹿、けいは狼、私は羊、ゆずと日向とげんじーは般若のお面を買って装着した。
これで万が一、インタビューされることがあっても大丈夫だろう。
まぁインタビューされないに越したことはないが。
「おや? なにやらお面をつけた集団がいますねー。話を伺ってみましょう!」
やばい。
逆効果だったかもしれない。
ノリノリのリポーターがやって来た。
「こんばんは! 今日はご家族で来られたんですか?」
「んー。まぁそうやな。間違ってはない」
リポーターからの質問に日向が答えた。
「あらそうなの~教えてくれてありがとう。可愛いお子さんですねー」
リポーターは先生に対して、にこやかにそう言った。
「そうですね。自慢の子供たちです」
リポーターはうんうんと頷いた。
「そうですよね~。ところで、どうしてみなさんお面をつけているんですか~?」
「いや、あの……テンション上がっちゃって」
「テンション上がりますよね~分かります。私も買っちゃおうかしら。あー上がるといえば、今日は花火も上がるんですよ~ご存知でしたか?」
「いえ知りませんでした。花火ですか」
「はい~。とっても綺麗なので是非見ていかれてくださいねー。ではお邪魔しましたー」
なんか嵐みたいな人だったな。
私たちはリポーターの人としっかり距離をとったことを確認してからお面を外した。
はぁー。
危なかった。
桜澄さんが
「テンション上がっちゃって」
とか言うから吹き出しそうになった。
それにしても
「桜澄さん、自慢の子供たちです、だってさー。うへへへ」
私がそう言うと、けいと日向も
「先生にとって僕たちは自慢なのか~。そっかそっか~」
「自慢の子供たちです(キリッ)」
とおちょくるように言った。
「からかうな」
桜澄さんはそっぽを向いた。
みんなで桜澄さんをいじっていると、突然男の子に声を掛けられた。
「もしかして……白石天音さん……ですか?」
「え? ……あなたは……」
私はその先の言葉を飲み込んだ。
そして
「……人違いですよ」
と言った。
何度も言うが、私たちは行方不明ということになっている。
そのため、もし昔の知り合いに見つかっても誤魔化さなければならない。
男の子は黙ってしまった。
この人はかなり昔の知り合いのはずだ。
当時より背が伸びていて雰囲気も変わっているが、おそらく小学生の時に同級生で同じクラスだった……
「松本です。松本結翔です。……覚えてないですか?」
俺の初恋相手は小学生の時に同じクラスだった白石天音という女の子だ。
いつから好きになったのかは覚えていない。
いつからか白石の物憂げな表情が気になるようになった。
俺はガキ大将だった。
人を笑わせるのが好きで、いつも友達相手にギャグを披露して笑いをとっていた。
そんな俺を冷ややかな目で見てくる白石のことが最初は嫌いだった。
ある日、俺がいつものように友達を笑わせていると女子のリーダーみたいな奴(名前は忘れた)が
「松本ってほんとバカよねー。男子ってほんと幼稚」
と言った。
そこから男子と女子の言い合いが始まった。
ほとんど内容はなく、バカだのアホだの罵り合っているだけだったが。
そんな時、女子のリーダーみたいな奴が白石に
「黙ってないでアンタもなんか言いなさいよ」
と言った。
白石はいつも通り冷めた目で、ため息をついた。
そして不貞腐れたような態度で
「あなただって幼稚でしょ? 争いは同じレベルの者同士でしか起こらないのよ。あなたは男子をみて、自分のことを大人だと勘違いしてるんでしょうけど、所詮どんぐりの背比べ。私から見れば男子も女子もみんなバカな子供でしかない。猿が戯れてるようにしか見えないわ」
全方位に喧嘩を売った。
それまで対立していた男子も女子もみんなで白石に文句を言い始めた。
しかし白石はそれから一言も話さず、みんなの声など聞こえていないかのように、けだるそうな表情で頬杖をついて窓の外を眺めるだけだった。
勝ち逃げだ。
当たり前だと思うがクラスメイトは白石のその態度も気に食わないようで、文句の声はどんどん大きくなっていった。
俺はというと、白石のことを面白い奴だなと思っていた。
それまで話したことはなく、『何を考えているか分からないが、なんか嫌な奴』だという認識が、『嫌なことを考えている嫌な奴』に変わった。
だが不思議と不快感はなかった。
それどころかすっきりとした気分になった。
みんなが白石に文句を言う中、俺は一人、腹を抱えて笑いだした。
なんだか笑えて仕方なかった。
そんな俺を見てクラスメイトは文句を言うのをやめ、ポカンとしていた。
白石は多分引いていた。
次の日から俺は白石に話しかけるようになった。
白石は最初俺のことを相手にしなかったが、しつこい俺に根負けし、話してくれるようになった。
あの日以来、白石はクラスメイトに煙たがられていたが、その時の俺は気づいていなかった。
俺は白石のことが気になるようになっていた。
気づけば目で追ってしまっていた。
多分この頃には好きになっていたのだと思う。
ある日、俺は白石ともっと仲良くなりたいと思い
「何か困ってることとかないか?」
と聞いた。
白石は
「うーん。給食をわざと少なく注がれるのは困ってるかな。家であんま食べれないから結構死活問題なんだよね」
と言った。
当時の俺は子供ながらになんとなく気がついていた。
ふとした時に見える傷やあざ。
明らかに栄養が行き届いてない顔色を見て、きっと白石の家庭では良くないことが起きているんだと確信していた。
だけど同時に子供の自分になんとかできる領域でないことも悟っていた。
俺は、せめてクラスメイトの白石に対する嫌がらせをやめさせようと思った。
そして帰りの会の時に
「みんな! 白石に嫌がらせをするのはやめてくれ!」
と言った。
担任も見ているし上手くいくと思っていた。
しかし、
「結翔君は白石さんが好きだからそんなこと言うんでしょ~」
「別に嫌がらせなんてしてないし~」
クラスメイトは認めなかった。
縋るように担任を見ても何も言わない。
後で分かったことだが、担任は白石を嫌っていたらしい。
俺は諦めなかった。
「お前ら白石の給食だけ少なくしたりしてるだろ!」
「勘違いなんじゃないの? 証拠は?」
女子のリーダーみたいな奴が勝ち誇ったような顔で訊いてくる。
「……松本君、もういいよ」
白石が困ったように微笑んでそう言った。
「良いわけないだろ! いいから嫌がらせをやめろ!」
「そんなこと言われてもー。やってないしー」
「っ!」
俺は悔やしくて泣いた。
白石のために何もしてやれない自分が恥ずかしかった。
白石は俺に申し訳なさそうな顔を向けた後、荷物を持って教室を出た。
誰も止めなかった。
俺はその後を泣きながら追いかけた。
追いついて謝ろうとした。
白石は俺が追いかけてくることが分かっていたかのように、廊下で立ち止まっていた。
「ごめん……俺」
「いいよ。でも今後私に話しかけないで」
白石は俺の言葉を遮り、突き放すようにそう言って帰ってしまった。
俺のためだ。
敵が多い白石の味方をしていたら俺が傷つくことになるから。
白石の優しさと自分の情けなさで俺はその場で泣き続けた。
次の日から俺は白石に話しかけるのをやめた。
本当は話しかけたかったが勇気がなかった。
そんな日々を過ごしていたある日、白石は行方不明になった。
俺が白石を見間違えるはずがない。
あの頃より遥かに元気そうだし穏やかだが、目の前の相手は絶対に白石だ。
……多分事情があるのだろう。
突然いなくなり今も行方不明ということになっているのだ。
事情がない方がおかしい。
人違いだと言ったことから考えて、きっとその事情については話すことができないのだろう。
でも、せっかく再会できたのにこのまま別れるなんてできない。
「じゃあ人違いでもいいので、一緒に花火見ませんか?」
気づいたら俺はそんなことを口走っていた。
白石は一瞬目を見開いた。
……いくらなんでも無理やりすぎたか?
緊張しすぎて頭が回らない。
これはやってしまったかもしれない。
「……いいですよ」
白石は控えめに微笑んだ。
キタ。
きましたよこれ。
最近ゴミ拾いしたからきっと神様がご褒美をくれたんだ。
ありがとうございます神様。
「近くの神社からだったらよく見えるからそこで見よう」
「はい」
天姉と松本が行った後、けいが言った。
「……あの二人どういう関係だ? 誰あの男?」
やっぱり気になるようだ。
僕も気になる。
「誰だろうな。本当に人違いってわけじゃないだろうし」
僕たちに向かって日向がニヤニヤしながら言ってきた。
「あっれ~? 嫉妬? 嫉妬やんなハハハ……あれ嫉妬してない。純粋に心配なんか」
「そりゃそうだろ」
けいは天姉と謎の男が歩いて行った方を見ながら呟くようにそう言った。
神社までは黙って歩いた。
ちょっと高台にあるので階段を上がる。
結構な段数があるから息が上がる。
階段のせいなのか緊張のせいなのか心臓が早まる。
階段を上がりきって軽く周りを見てみても誰もいなかった。
境内のベンチに二人並んで座る。
花火が上がり始めても言葉はない。
意を決してこちらから切り出すことにした。
「お前のこと誰かに話したりはしないから安心してくれ」
白石は黙って微笑むだけだ。
また無言の時間が流れる。
「……花火。初めて見た。綺麗」
ふいに白石がそんなことを言った。
俺は胸が痛んだ。
きっと白石は本当に初めて花火を見たんだ。
俺みたいに子供の頃に家族で見に行くようなこともできなかったのだろう。
俺が当たり前だと思って過ごしていた環境は、きっと白石からすれば喉から手が出るほど羨ましい幸せなものだったのだと思う。
俺は白石の子供の頃の境遇を想像し、何も言えなくなった。
ついに花火が終わってしまい、白石は立ち上がった。
俺は心を決めた。
「あの頃、お前のことが好きだった」
白石はこちらに背を向けていて表情は分からない。
「……すまん。そういや人違いだったな」
白石は何も言わない。
しばらく沈黙が続き、そして白石は振り返らないまま歩き出した。
思わず俺は白石を呼び止めた。
白石は足を止め、背を向けたまま
「あの時は私のために……ありがとう。嬉しかった。さようなら」
そう言い残して去っていった。
俺は、あの時みたいな気分になった。
白石が女子のリーダーに、クラスメイト全員に喧嘩を売った時みたいに、すっきりした。
白石が行方不明になってから俺はずっと初恋にしがみついていた。
それが今、終わった。
俺はようやく初恋を終えることができたのだった。
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