人類vs魔族vs先生の話

夜桜紅葉

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買い物

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 翌朝。
体を起こして横を向くと、隣の布団が片づけられていることに気がついた。

洗面所から音がする。

「恭介はほんと朝強いよなー。大和は……まだ寝てるか」

「いや、起きてますよ。おはようございます」

大和は顔を歪めながら起き上がった。
なんか声から疲れを感じる。

「とりあえず僕も布団片づけるか」

立ち上がって伸びをしたところに
「起きたみたいだね」
歯ブラシを咥えた恭介が戻ってきた。


 布団を片づけながら、ふと大和の方を見てみると目の下にクマができていた。

「なんか大和疲れてるね」
「そんなことないですよ」
大和はあくびしながら答えた。

恭介は気づいていないのか気づいていないふりをしているのか、気にした様子はない。

僕は大和の様子に少し違和感を覚えたので
「昨日あんま寝れなかったの?」
とか

「大丈夫?」
とか声をかけてみたが、大和は

「大丈夫ですよ! 俺は元気です!」
と答えた。

空元気に見えたが、なんだか悪くない感じというか前向きな空元気だと感じたので、これ以上は気にしないことにした。


 色々準備を済ませた僕たちは、天姉と日向と合流して旅館を出た。

「今日は何するんですか?」

大和の質問に日向が
「買い物や」
と答えた。

「あれ、そういえば何ですぐにチェルボに行かないんでしたっけ?」

「あーじゃあもう一回これからの流れを整理しようか」
と言って恭介が説明を始めた。

「僕たちはセノルカトルを出た後、チェルボに行っていつも通りお偉いさんに交渉する。そしてそれが終わったらすぐに裏世界に行く。その後は魔王のとこまで行って、今度は魔王に交渉を持ちかける。それが僕たちの仕事だからね」
「でしたね」

「そんでもってチェルボはなんていうか、戦闘狂みたいな人ばっかりの国であんまり経済が発展してないようなとこだから、必要なものはセノルカトルで買い込んでいかないといけないの。買い物できる最後のチャンスだからね」

「なるほどー。でも必要なものなんてありますっけ? 裏世界では野宿することになるだろうからってこの前デパートでしこたま買い込んでましたけど」

「ポーションとかかな。世界一魔法が盛んな国だからね。魔法関連の物を買うならやっぱりセノルカトルがいいんだよ」

「ポーション! なんかファンタジーですね!」
大和は子供のように目を輝かせた。

微笑ましいと感じるのと同時に、すごく可哀想だなと思ってしまう。

こんなに魔法に憧れがあるのに大和は状態異常を治すことしかできない。

もっと派手なことができるようにしてあげたいが、こればかりはどうしようもない。

せめてヒーローになりたいという夢を叶えてあげるために、師匠として責任をもって大和を鍛えよう。

僕がひっそりと決意を新たにしたところで
「ポーションかー。私も買いだめしとかなきゃな~」
と天姉があくびをしながら言った。

天姉は昔から朝が弱い。
今も眠そうに目を擦っている。

「私も割と使う方やから買っとこ」

「あの、ポーションっていうのはどんなものなんですか? なんとなくファンタジーな感じがするってのは分かるんですけど」

「魔法関連のことならやっぱり」
僕が顔を向けると、日向はため息をついて
「私が説明するわ」
と面倒そうに言った。

「色々種類があるんやけどな。眠気をすっきりさせるやつとか気分を落ち着かせるやつとか」

「普通にお薬みたいな感じなんですね」

「その辺で買えるやつはな。医者から処方される、医療用医薬品みたいなやつとかやったら視力を回復させる、みたいなもっとすごい感じのもあるんやけど。まぁ私たちが使うやつは魔力を回復させるやつとか傷が治るやつとかそんな感じのが多いな」

「それ俺がいれば良くないですか?」

「……確かに。改めて考えると大和って結構ありがたい存在かも。こんなぼけーっとした顔のくせに」

天姉は大和のほっぺたをつんつん突いた。

「誰がぼけーっとした顔だこの野郎」
大和が天姉の額にデコピンしようとした瞬間、天姉は消えた。

直後、大和の背後に現れ
「へっ。そんなトロい攻撃が当たるかってんでい」
とドヤ顔をした。

「何なのその口調」
ちょっと引き気味に恭介が訊く。

「マイブームだってんでい」
「てんでいの使い方あってます?」

「なんか違和感ある使い方よな。まぁ私も人のこと言えんくらい適当なエセ関西弁やけど」

「てやんでい!」

「……それ言いたかっただけだろ」
呆れたように言う恭介に、天姉は満足そうに頷いた。


 そんな感じで話しながら歩いているとデカい商店街に着いた。

黒や紫色の建物が多く、全体的になんだか禍々しい雰囲気が漂っている。

行き交う人々は皆、黒っぽい恰好をしていて、杖や箒を手に持っている。

「コスプレ集団って感じですねー。あの恰好には何か意味があるんでしょうか?」

「さあ? 無いんじゃない? 強いていうなら気分が上がるとかそんなんじゃないかな」

「そうですか」
「気になるなら買ってみたら?」

「いや~要らないです」
「意外と似合うかもってんでい」

「その口調まだ続ける気ですか?」
「てやんでい!」

またドヤ顔を披露した天姉を無視して恭介が話を進める。

「よし。そんじゃとりあえずそれぞれ自由に必要なものを調達しようか」

「俺なんも分からないんで、けいにでもついて行きます」

「おう、ついてこいや」
ということで各自必要なものを買うことになった。

天姉と日向は一緒に、恭介は一人で商店街を見て回るようだ。

「さて、それじゃ僕たちも行くか」
「そうですね」


 僕が歩きだすと大和は警戒するように周りをきょろきょろ観察しながらついてきた。

「俺一応指名手配になってるんですよね」
「そうだね~」
「大丈夫ですかね……」

「まぁ指名手配っていってもルーポで、だからね。この世界じゃ結界の外に出ることって基本的にはないから、普通に考えれば国内しか探さないはずだよ」

「基本的にってことは結界の外に出ることもあるんですか?」

「あるっちゃあるけど珍しいからねー。普通、他の国に行きたいから結界の外に出なきゃいけないってなったときは国魔連のなんちゃら機関とかいう人たちが護衛する、なんかゴツい感じの飛行戦艦みたいなのに乗るんだけど、チケットがクソ高いから一般人はとてもじゃないけど払えない。仮に払えたとしても乗るときに色々聞かれたり書かされたりするから、指名手配犯がこの方法で国外逃亡するのは現実的じゃない。だからやっぱり国内しか探さないと思う。不安になるのも分かるけど、別に心配せんでいいと思うよ」

「そうですか。それなら安心です。というか改めて日向の空間魔法ってすごいですね。あれがあれば気軽に他の国にいけるし」

「そうだね~。あれは世界の常識を変える大発明」
「あ、空間魔法って日向が作ったんですか?」

「んーちょっと違うかも。元々時間魔法とか空間魔法とかを研究してた人がいたんだよね。その人は日向にとっての先生、まぁ天姉の先生でもあったし僕も恭介もめっちゃ世話になったんだけど。とにかく、日向はその人の研究を引き継いで完成させたって感じなんだよ。だから日向が、っていうよりその人と日向が二人で作り上げたものっていったほうがいいかもね」

「日向と天音の先生ですか。すごいですね。今その方は何をされてるんですか?」

「死んだ」
「……え?」

「いつか話したことが無かったっけ? 僕と恭介の先生、小野寺桜澄が国を滅ぼして人類とも魔族とも敵対したきっかけ」

「初めて会った日に聞きました。魔王が誕生した責任を押し付けられたり、家族や友人を立て続けに失ったりしたんでしたよね」

「そう。そんでその友人ってのが、日向と天姉の先生だった人」

「……そうだったんですか」

「ハハ。そんな深刻そうな顔しなくていいって。何年も前のことだし」

「なんていうか、強いですよね。あなたたちって。俺が同じ立場だったらきっと耐えられずに塞ぎこんでしまうと思います」

「そんなことないよ。大和結構メンタルつよ、んー。いや強くは、んー。……大和ってメンタル強いし」

「かなり悩みましたね」
「はっはっは!」

「笑って誤魔化そうとしてますね?」

「まぁそれは置いといて、パッと見た感じどう? 寄ってみたいとことかない?」

「んー。俺は魔法のことは全然分かんないので何が何だかって感じです。別に俺に気を遣わないでいいですよ。けいの行きたいとこについていきます」

「そっか。それじゃーここにしようかな。いい?」
「はい」


 僕たちが入った店はポーション屋さん。
店内に僕たち以外の客はいない。

店主である老婆は俯いて座っていたが寝ているわけではないらしく、僕たちが入店したことに気がつくと一瞬だけこちらに視線を寄越して

「いらっしゃい」

としゃがれた声で言った後、また下を向いた。

よく見ると本を読んでいるようだ。

老眼のせいなのか時折目を細めたり眉間にしわを寄せたりしている。

愛想のあの字もない。
強気な接客態度だな。

だが品揃えは豊富な店だ。

なんとなくここを選んだが、結構当たりかもしれない。

陳列棚には大量の丸底フラスコが整然と並べられている。

その中にはそれぞれ色鮮やかな液体が。

店の中をぐるりと見渡してみると、それはありとあらゆる場所に置いてあった。

「たくさんありますね」
「そうだね~」

「……何をお探しだい?」
意外にも店主の老婆が話しかけてきた。

「魔力を回復させるポーションが欲しいんですけど」

僕の言葉に老婆は
「ああそうかい。それだったら、その棚に置いてあるものから選びな」
と言って僕たちの右側にある棚を指差した。

「色々ありますね」

大和は真剣な顔つきでポーションを一つ一つ見比べるように眺めている。

まぁ多分それぞれがどう違うかなんて分かってないと思うけど。

この棚に並べられているポーションの色は水色。
それが薄い水色なのか濃い水色なのかで分けられている。

「お節介じゃなけりゃ、それなんかどうだい?」
老婆は薄い水色のポーションを指差した。

「ふーむ。店主さん、もっと強力なやつはありませんかね?」

老婆は僕の目をじっと見つめてきた。

「……見たところあんた、相当な手練れだろう? だから水色のを勧めているわけなんだが」

「はい。でも僕には水色よりも更に強力なものが必要なんです」

「あんた分かってるのかい? 身の丈に合わない強さのポーションを飲めば副作用に体が蝕まれることになるんだよ?」

「おっしゃる通りです。だからこそ僕にはもっと強いポーションが必要なのですが、まぁせっかくなので店主さんがおすすめして下さったこちらのポーションも購入させていただきます。この水色のポーションはこっちの大和が使うことにします」

「いいのかい? 私の見立てが正しければあんたはともかく、こっちの子には水色なんて刺激が強すぎるが」

「大丈夫ですよ。こいつは今からどんどん強くなるんです。親が子供の成長を見込んで今よりちょっと大きめのサイズの服を買うようなもんですよ」

「そうかい。まぁそれはあんたたちの自由さ。だがくれぐれも今すぐに飲むようなことはするんじゃないよ。まだあんたには早いからね」

老婆は大和に釘を刺した。

大和は
「分かりました」
と神妙な面持ちで頷いた。
ほんとに分かってんのかなこいつ。

「さて、話を戻すがあんた本当にいいのかい? 水色より強力なポーションってなると、国魔連の連中なんかが使うようなレベルのものになるが」

「はい。承知しております」
「……そうかい。じゃあ少し待ってな」

老婆は店の奥に引っ込んでいった。
そして数分後、段ボールの箱を抱えて戻ってきた。

それをレジにドサッと置き、箱を開けて中からガラス瓶を取り出し、並べていった。

「さあ。好きなのを選びな」

並べられた三つのガラス瓶の中には、それぞれ色のついた液体が入っている。

一つは紫色。
もう一つはオレンジ色。
そして最後の一つには三原色であるシアン、マゼンタ、イエローが混ざらず均等な状態。

三つ全てを確認した僕は老婆に
「とりあえず全部十本ずつください」
と言った。

「正気かい!? 三原色のなんてほとんど悪ふざけみたいな気持ちで持ってきたんだけどね」
「正気ですよ」

「ああそうかい。まぁいいさ。私にはあんたが手練れだってことしか分からない。どのくらい強いのかは正直さっぱりだ。だったら私にできることはあんたがこれらにふさわしい強者だと信じて売ることだけだね」
「ありがとうございます」

老婆に会計をしてもらい、店を出ようとしたとき
「あ、やば!」
大和がよろけて棚に頭をぶつけた。

その衝撃で棚から落ちてきた丸底フラスコが僕の頭に当たって割れ、中身のポーションが僕に降りかかった。

「ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

「うむ。別に大丈夫でゴザルが。これはなんのポーションでゴザろう? あれ?」

「え、なんですかその口調……」

レジから箒とちりとりを持って出てきた老婆が
「ああそれはね、ゴザル口調になるポーションだよ」
と少し口角を上げた顔で言った。

「なにそれ!?」
「はえー。面白いでゴザルな。俺結構ポーション飲むでゴザルが、こんなのがあるなんて知らなかったでゴザル」

「けい、一人称が俺になってますよ」

「そうそう。そのポーションにはゴザル口調になるだけでなく、一人称が俺になるという効果もあるんだよ」

「一体どういうことなんだ……」
「あ、ってかこのポーション弁償するでゴザル」

ポケットから財布を取り出した俺に老婆は
「いいや。必要ないさ。どうせ売れないからそのうち処分しようと思ってたんだ」
と言ってくれた。

床に散らばったガラス片を片づけた後、老婆は来た時と同じように座って本を読み始めた。

「それじゃ、お騒がせしたでゴザル」
「ありがとうございました」
「まいどあり」

こうして俺たちはこの旅ではおそらく最後となる買い物を済ませた。
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