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本編2
運び屋の仕事
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元監守と再会を果たした翌日。
約束の時間通りに元監守は情報屋に来た。
俺とレンジと仲介屋は十分ほど前に到着して、今後の流れを確認していた。
「遅れたか」
「いいや。時間通りだ。座れよ元監守」
俺が着席を促すと、元監守は俺たちが座っている四人掛けテーブル席の残った一席に腰を下ろした。
俺の隣だ。
「紹介する。こいつは俺が牢屋の住人だった頃に散々世話になった監守だ。今は元監守だが」
「お前のせいでな。まぁそうだ。面倒だから元監守って呼んでくれ」
レンジが笑顔で
「よろしくな元監守」
と言って元監守に握手を求めた。
元監守は戸惑い気味にそれに応じた。
その流れのままレンジは
「俺のことはレンジって呼んでくれ。あ、でも俺ってなんでも屋でもあるから、なんでも屋って呼んでもいいぜ」
と言った。
「そうか。じゃあなんでも屋と呼ぶことにしよう」
仲介屋も流れを汲んで自己紹介した。
「俺は仲介屋をやっている。呼び名はそのまま仲介屋で構わない」
「なるほど。俺はお前から紹介された仕事をすればいいとトリカブトに聞いたが」
仲介屋は首肯した。
「その通りだ。さっそくだが、今から仕事の内容を伝える」
仲介屋は書類を取り出してそれを確認しながら元監守に説明した。
実は今朝、ここに来る前に仲介屋の事務所に立ち寄って、いくつか依頼書などの書類を回収してきたのだ。
今回元監守には某企業の某プロジェクトに関する重要書類を盗んできてもらう。
詳しくは俺は知らない。
知る必要も特にない。
これは元監守を試すための仕事だ。
仲介屋の説明を聞き終えると、元監守は
「随分骨の折れそうな仕事だが、まぁやってやるさ」
と言って承諾した。
そしてすぐに
「じゃあさっそく取り掛かるとするか」
と言って情報屋を去っていった。
元監守に関してはこれで一旦終わりだ。
次に、俺たちが何をするかについて決定する必要がある。
当然元監守が仕事を無事終えるまでふんぞり返って待っているわけではない。
俺たちも仕事をする。
資金集めだ。
「さて、どうする。いくつか紹介できる依頼があるが」
仲介屋が書類に目を落としながら訊いてきた。
レンジが首を傾けながら悩む。
「ん~どうすっかなぁ。あ、ってかお前昨日の夜どこ行ってたんだよ。ギフトから守ってくれとか言ってたくせに単独行動するとか意味分かんねぇんだけど」
「ああ、すまないな。仲介屋って仕事は依頼人との調整とか色々あって忙しいんだよ。で、どの依頼にする?」
「そうだなぁ……やっぱり大人数でやる仕事は避けた方がいいんじゃねぇかな」
とレンジが言った。
仲介屋が書類から目を上げ、レンジの方を見て問うた。
「何故だ?」
「前回の反省だ。毒針女に反撃できなかったのは、本人を発見できなかったから。そしてそれはあの場にたくさんの人間がいたからだ。奴の毒の性質は人が多い場所でこそ真価を発揮する。もしまた毒針女が襲ってきたとして、前回と同じように人がいっぱいいたら同じ失敗を繰り返すことになるだろ」
「その通りだな。そうなると……」
仲介屋は書類とにらめっこを始めた。
その後、仲介屋はいくつかの仕事を提案してきた。
相談の結果、俺たちは武器の密輸の仕事をすることにした。
数日後。
俺たち三人は馬車に木箱をひたすら積み込む肉体労働に勤しんでいた。
木箱の中身については説明するまでもないだろう。
「ヒェー。こりゃあ中々辛いな。カブトは平気か?」
レンジが小さめの木箱を持ち上げながら言った。
俺とレンジは同じ馬車担当になった。
仲介屋は他の馬車担当で少し離れた場所で黙々と木箱を積み込んでいる。
「黙ってやれ」
「えー! 黙ってたらやってらんねぇよこんなの。なんか喋れよカブト。前にも言っただろ。俺は静かなの苦手なんだよ」
「だったらお前が勝手に喋れ。俺に話をさせようとするな」
「えー。……まぁ聞いてくれるだけマシか。じゃあ何が聞きたい?」
「別になんでも……いや」
なんでもいい、と言いかけてやめた。
そして気まぐれに
「せっかくだ。お前の失った記憶について何か聞かせろ」
と言った。
特に深い意味はなかった。
「お、随分突っ込んだ話をご所望か。いいぜ。つっても、分かってないことだらけなんだけどな。何を話したもんか……。うーん」
「じゃあ、いつからの記憶が無いんだ」
「ここ数年だな」
「その前は何をしていた」
「今と同じくなんでも屋をしてたぜ。多分記憶が飛んでる数年の間もずっとやってたんじゃないかな。あとは、恋人がいた」
「恋人」
「ああ。記憶を失う前、なんでも屋としての仕事で、とある犯罪組織に潜入して身代金要求目的で捕まってた人質を解放したことがあるんだけど、そん時に人質として囚われてたのが彼女」
「そうか。その恋人は今はどうしてるんだ」
レンジは肩をすくめた。
「分からん。記憶を失ってる期間に別れたのかもしれねぇな。いくら探しても見つからなかった。行方不明ってやつだ」
俺たちはしばらく黙った。
それから俺は、自分でもどういう意図で言ったのか分からないが
「記憶を取り戻せば、その恋人にも再会できるかもしれないな」
とレンジに声をかけた。
レンジはニコッと笑った。
「そうだな。そうだと嬉しい。俺あいつのこと大好きだから。記憶がはっきりあるわけじゃねぇけど、プロポーズしようとしてたことは覚えてる」
「そうなのか。なんて言ってプロポーズするつもりだったんだ?」
「え……そういうこと訊いちゃう? お前って意外と俗っぽいとこあるんだな。そりゃあ、まぁ……必ず幸せにするから一生隣にいてくれ、って」
「……」
「おい。無言とかやめろよ。クソハズいの我慢して答えてやったのに」
「……プッ」
「あ、笑ったなテメェ! この野郎!」
「おいコラ! 騒いでねぇで手ぇ動かしやがれ!」
現場を仕切る運び屋が俺たちに向かって怒鳴った。
俺たちは互いの顔を見て、少し笑い合った。
「それで、記憶を取り戻した後はどうするつもりなんだ」
俺が改めて質問すると、レンジはきょとんとした。
「あ、確かに。……どうしようかな」
「夢はないのか」
「夢、ねぇ」
「じゃあ、何かしたいことはないのか」
レンジはしばらく唸ってから、どこか自信なさげに答えた。
「うーん。そうだなぁ……。この世界からきっぱり足を洗って、真っ当な人間になって。それで……ガキのために働いてみたい」
「お前、子供がいるのか?」
レンジは笑って首を横に振った。
「ちげーよ。俺のガキって意味じゃなくて」
「そうか。例えば、どういうものだ」
「んー。おもちゃ屋とか、駄菓子屋とか。教師なんかもいいな」
「意外だな」
「そうか? 俺、静かなの苦手だからさ。やかましいガキ共に囲まれて仕事したいんだよ」
「その中で一番やりたいのはなんだ」
「一番? そうだなぁ。じゃあ、教師かな」
「教師か」
レンジは照れくさそうに頬をポリポリと掻きながら頷いた。
それから諦念が滲む口調で
「まぁどうせ俺みたいな奴には無理だけどな。間違ったことをしてきた俺が正しいことをガキに教えるなんて、何様だよってな」
と言った。
「どうすれば間違えるのか知っているからこそ、正しい道に導くことができるんじゃないか?」
「お、慰めてくれてんのか? いやー、でもそれはどうかな。俺は間違え方を知ってるだけだ。正しい道に導くために必要なのは、正しい道を歩んできた経験なんじゃないかな。俺はもう手遅れだよ」
自嘲気味に笑うレンジを見て、俺は少し腹が立ってきた。
「俺には諦めるための理由を並べ立てているように聞こえる。もっともらしいことを言って、現実を見ているふりをして、本当は夢を追うのが怖いだけなんじゃないか?」
レンジは一瞬目を見開き、
「そうかもな」
と言って俯いた。
その後は会話もなく、黙々と仕事をした。
結局この仕事をしている間、ギフトの連中に絡まれるようなことはなかった。
約束の時間通りに元監守は情報屋に来た。
俺とレンジと仲介屋は十分ほど前に到着して、今後の流れを確認していた。
「遅れたか」
「いいや。時間通りだ。座れよ元監守」
俺が着席を促すと、元監守は俺たちが座っている四人掛けテーブル席の残った一席に腰を下ろした。
俺の隣だ。
「紹介する。こいつは俺が牢屋の住人だった頃に散々世話になった監守だ。今は元監守だが」
「お前のせいでな。まぁそうだ。面倒だから元監守って呼んでくれ」
レンジが笑顔で
「よろしくな元監守」
と言って元監守に握手を求めた。
元監守は戸惑い気味にそれに応じた。
その流れのままレンジは
「俺のことはレンジって呼んでくれ。あ、でも俺ってなんでも屋でもあるから、なんでも屋って呼んでもいいぜ」
と言った。
「そうか。じゃあなんでも屋と呼ぶことにしよう」
仲介屋も流れを汲んで自己紹介した。
「俺は仲介屋をやっている。呼び名はそのまま仲介屋で構わない」
「なるほど。俺はお前から紹介された仕事をすればいいとトリカブトに聞いたが」
仲介屋は首肯した。
「その通りだ。さっそくだが、今から仕事の内容を伝える」
仲介屋は書類を取り出してそれを確認しながら元監守に説明した。
実は今朝、ここに来る前に仲介屋の事務所に立ち寄って、いくつか依頼書などの書類を回収してきたのだ。
今回元監守には某企業の某プロジェクトに関する重要書類を盗んできてもらう。
詳しくは俺は知らない。
知る必要も特にない。
これは元監守を試すための仕事だ。
仲介屋の説明を聞き終えると、元監守は
「随分骨の折れそうな仕事だが、まぁやってやるさ」
と言って承諾した。
そしてすぐに
「じゃあさっそく取り掛かるとするか」
と言って情報屋を去っていった。
元監守に関してはこれで一旦終わりだ。
次に、俺たちが何をするかについて決定する必要がある。
当然元監守が仕事を無事終えるまでふんぞり返って待っているわけではない。
俺たちも仕事をする。
資金集めだ。
「さて、どうする。いくつか紹介できる依頼があるが」
仲介屋が書類に目を落としながら訊いてきた。
レンジが首を傾けながら悩む。
「ん~どうすっかなぁ。あ、ってかお前昨日の夜どこ行ってたんだよ。ギフトから守ってくれとか言ってたくせに単独行動するとか意味分かんねぇんだけど」
「ああ、すまないな。仲介屋って仕事は依頼人との調整とか色々あって忙しいんだよ。で、どの依頼にする?」
「そうだなぁ……やっぱり大人数でやる仕事は避けた方がいいんじゃねぇかな」
とレンジが言った。
仲介屋が書類から目を上げ、レンジの方を見て問うた。
「何故だ?」
「前回の反省だ。毒針女に反撃できなかったのは、本人を発見できなかったから。そしてそれはあの場にたくさんの人間がいたからだ。奴の毒の性質は人が多い場所でこそ真価を発揮する。もしまた毒針女が襲ってきたとして、前回と同じように人がいっぱいいたら同じ失敗を繰り返すことになるだろ」
「その通りだな。そうなると……」
仲介屋は書類とにらめっこを始めた。
その後、仲介屋はいくつかの仕事を提案してきた。
相談の結果、俺たちは武器の密輸の仕事をすることにした。
数日後。
俺たち三人は馬車に木箱をひたすら積み込む肉体労働に勤しんでいた。
木箱の中身については説明するまでもないだろう。
「ヒェー。こりゃあ中々辛いな。カブトは平気か?」
レンジが小さめの木箱を持ち上げながら言った。
俺とレンジは同じ馬車担当になった。
仲介屋は他の馬車担当で少し離れた場所で黙々と木箱を積み込んでいる。
「黙ってやれ」
「えー! 黙ってたらやってらんねぇよこんなの。なんか喋れよカブト。前にも言っただろ。俺は静かなの苦手なんだよ」
「だったらお前が勝手に喋れ。俺に話をさせようとするな」
「えー。……まぁ聞いてくれるだけマシか。じゃあ何が聞きたい?」
「別になんでも……いや」
なんでもいい、と言いかけてやめた。
そして気まぐれに
「せっかくだ。お前の失った記憶について何か聞かせろ」
と言った。
特に深い意味はなかった。
「お、随分突っ込んだ話をご所望か。いいぜ。つっても、分かってないことだらけなんだけどな。何を話したもんか……。うーん」
「じゃあ、いつからの記憶が無いんだ」
「ここ数年だな」
「その前は何をしていた」
「今と同じくなんでも屋をしてたぜ。多分記憶が飛んでる数年の間もずっとやってたんじゃないかな。あとは、恋人がいた」
「恋人」
「ああ。記憶を失う前、なんでも屋としての仕事で、とある犯罪組織に潜入して身代金要求目的で捕まってた人質を解放したことがあるんだけど、そん時に人質として囚われてたのが彼女」
「そうか。その恋人は今はどうしてるんだ」
レンジは肩をすくめた。
「分からん。記憶を失ってる期間に別れたのかもしれねぇな。いくら探しても見つからなかった。行方不明ってやつだ」
俺たちはしばらく黙った。
それから俺は、自分でもどういう意図で言ったのか分からないが
「記憶を取り戻せば、その恋人にも再会できるかもしれないな」
とレンジに声をかけた。
レンジはニコッと笑った。
「そうだな。そうだと嬉しい。俺あいつのこと大好きだから。記憶がはっきりあるわけじゃねぇけど、プロポーズしようとしてたことは覚えてる」
「そうなのか。なんて言ってプロポーズするつもりだったんだ?」
「え……そういうこと訊いちゃう? お前って意外と俗っぽいとこあるんだな。そりゃあ、まぁ……必ず幸せにするから一生隣にいてくれ、って」
「……」
「おい。無言とかやめろよ。クソハズいの我慢して答えてやったのに」
「……プッ」
「あ、笑ったなテメェ! この野郎!」
「おいコラ! 騒いでねぇで手ぇ動かしやがれ!」
現場を仕切る運び屋が俺たちに向かって怒鳴った。
俺たちは互いの顔を見て、少し笑い合った。
「それで、記憶を取り戻した後はどうするつもりなんだ」
俺が改めて質問すると、レンジはきょとんとした。
「あ、確かに。……どうしようかな」
「夢はないのか」
「夢、ねぇ」
「じゃあ、何かしたいことはないのか」
レンジはしばらく唸ってから、どこか自信なさげに答えた。
「うーん。そうだなぁ……。この世界からきっぱり足を洗って、真っ当な人間になって。それで……ガキのために働いてみたい」
「お前、子供がいるのか?」
レンジは笑って首を横に振った。
「ちげーよ。俺のガキって意味じゃなくて」
「そうか。例えば、どういうものだ」
「んー。おもちゃ屋とか、駄菓子屋とか。教師なんかもいいな」
「意外だな」
「そうか? 俺、静かなの苦手だからさ。やかましいガキ共に囲まれて仕事したいんだよ」
「その中で一番やりたいのはなんだ」
「一番? そうだなぁ。じゃあ、教師かな」
「教師か」
レンジは照れくさそうに頬をポリポリと掻きながら頷いた。
それから諦念が滲む口調で
「まぁどうせ俺みたいな奴には無理だけどな。間違ったことをしてきた俺が正しいことをガキに教えるなんて、何様だよってな」
と言った。
「どうすれば間違えるのか知っているからこそ、正しい道に導くことができるんじゃないか?」
「お、慰めてくれてんのか? いやー、でもそれはどうかな。俺は間違え方を知ってるだけだ。正しい道に導くために必要なのは、正しい道を歩んできた経験なんじゃないかな。俺はもう手遅れだよ」
自嘲気味に笑うレンジを見て、俺は少し腹が立ってきた。
「俺には諦めるための理由を並べ立てているように聞こえる。もっともらしいことを言って、現実を見ているふりをして、本当は夢を追うのが怖いだけなんじゃないか?」
レンジは一瞬目を見開き、
「そうかもな」
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その後は会話もなく、黙々と仕事をした。
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