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最終章 悪意と希望
エピローグ これからも共に
しおりを挟む私たちは屋敷の中をゆっくりと散歩をして温室までやってきた。
座り心地のよいイスに身を預け、温かいお茶を楽しむ。
少しだけ冷えた体にじんわりと染み入る温かさだ。
「疲れていないか?」
「ふふ、大丈夫です」
「そうか。何かあったらすぐに言えよ?」
「ええ」
二人で寄り添って座っていると心まで温かくなる。
しばらくぼんやりとしているといつの間にか精霊たちが集まってきていた。
『あらフラリア。と坊やもいるのね』
「あ、ラーワ」
今はもうノルヴィス様がいても精霊たちは近寄ってきてくれる。
彼を蝕み、精霊たちを脅かしていた元凶、堕神がきれいさっぱり消えたからだ。
色とりどりの精霊たちは相変わらず人間には寄り付かないけれど、ノルヴィス様のことだけは認めてくれたということだろう。
『もう体はいいの?』
「ありがとう。平気よ」
『それはよかったわ。あんた無茶し過ぎなのよ』
「そ、そうかな?」
『ま、終わりよければすべてよしだけどね。次はないから気をつけなさいよ~』
そう言って彼女は飛んで行った。
ちらりと隣に座るノルヴィス様を見る。
ばちりと視線が合った。
「俺もあの精霊に賛成だな」
持っていたカップを置き、静かにそう告げられてしまった。
その声に含まれるのは濃い心配の気配だ。
「お前のおかげで生きていられたのは確かだが、俺にとってはお前がいなくなることが何より恐ろしいんだ。自分が死ぬことよりも、な。……だからもうしないでくれよ?」
「うっ」
眉は下がり上目遣いに見上げられる。
不安げに揺れた瞳は迷子の子供の様だ。
私は彼のこういう顔に弱い。
「……心配させてすみません。もうしません」
彼が心配する通り、本当なら今私はここにいないはずだった。
その覚悟をしていた。
あの日、私はずっとアコニを通して見ていたのだ。
傷ついていくノルヴィス様を見ていられなかった。
だから魂だけでおじいさまの元を訪れた。
もともと弱かった体は堕ちた精霊たちの影響で限界を迎えており、驚くほどするりと体を抜け出せたのだ。
怖くなかったといえば嘘になる。
でも、それよりも彼を助けたい気持ちの方が何倍も大きかった。
かつてお母さまが私にしてくれたように、私も魂を対価に彼を生かしてほしいと願った。
けれど……。
『フラリアにはやつを癒す力が既にあるだろう。やつの元に行くだけならば、アコニを通じていけばよい。その状態ならばいけるだろう』
私の願いを受けたおじいさまはそう言った。
アコニは私の力そのものだから。
だから私は彼についてくれていたアコニと同化して、薬の力を解放した。
それがあの日の顛末だ。
対価に魂を差し出さなかったとはいえ、ボロボロの体から抜け出して大々的に力を使ったのだから当然反動は大きかった。
おかげでこの1週間まともに動くことができないほどに。
けれど無事に体に戻れたことすら本当に幸運だったのだ。
危ない橋を渡った自覚はある。
だけど後悔はしていない。
ただ彼が心配してしまうのなら、もうやらないようにしなければ。
「約束だぞ?」
「ええ」
ふわりと優しく微笑めば彼はようやく安心したように目を細めた。
ああ、愛しいな。
改めてそう思う。
彼が生きていてくれて、本当に――。
「良かった」
ぽつりと言葉がもれる。
ノルヴィス様は一瞬だけ驚いていたけれど、すぐに柔らかい笑みを向けてくれた。
「ああ、そうだな」
今のノルヴィス様からは禍々しい気配など微塵も感じられない。
天災の大蛇はあの時塵になって消滅したのだ。
おじいさま曰く「お互いのことを思い合って魂になってでも救いたいという思いが呪いを消し去った」らしい。
もう寿命に脅かされたり、痛みに苛まれたりする必要もなくなったのだ。
それが何よりも嬉しい。
「……」
ふと思う。
呪いが解けたのなら私はもうお役御免ではなかろうか、と。
私と彼の始まりは契約結婚だったのだから。
(……それでも)
私はこの人と共にここにいたい。
これから先もずっと……。
「……ノルヴィス様」
「ん?」
私は意を決して真っ直ぐ彼を見つめる。
「私は……これからもノルヴィス様と一緒にいたいです。……私の役目はもう終わってしまいましたけど、それでもまだここに……ノルヴィス様の傍に置いて頂けますか?」
それはまごうことなき私の本音。
ただの願望で、断られる可能性もあるはずなのだけど。
でも私には確信があった。
彼は絶対に断らないと。
数秒の後、心が通じたのかノルヴィス様はおかしそうに笑った。
「当たり前だろう。離せといわれても離せない」
彼は私を引き寄せて抱きしめられ耳元に口を寄せられる。
「だから……フラリアも、俺を見捨てないでくれよ?」
「当たり前です」
お互いに顔を見合わせて笑い合う。
こんなに穏やかな時を過ごせている事実に涙がでそうだ。
心から通じ合える相手と巡り合えた。
それがどれほど嬉しいか伝えたくて、私は――。
「……愛しています、ノルヴィス様」
「あぁ、俺も愛している。……二度と離れようとしてくれるなよ」
その言葉を封じ込める様にどちらからともなく唇を重ね合わせた。
精霊の光が幻想的に舞う温室で、私たちは永遠の愛を確かめ合った。
もう二度と離さないと、強く強く願いながら――。
―― end ――
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