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第3章 出られない森
第7話 一触即発
しおりを挟むその時、穏やかだった空間にひびが入った。
「!?」
それは徐々に広がりを見せ、人一人分の隙間が開くとノルヴィス様が現れた。
どういう訳かその息は上がり、服もボロボロになっている。
けれど私を目に収めた瞬間とてつもなく安堵の笑みを浮かべたのがはっきりと分かった。
「フラリア! 大丈夫か!?」
ノルヴィス様は私に向って真っ直ぐと手を伸ばすが精霊王はそれを遮るように前に進み出た。
ノルヴィスも動きを止めて精霊王に鋭い視線を投げかけている。
それがあまりにも怒気を孕んでいて、つい首をすくめてしまう。
「……ほう、たかだか人間の分際でここに来られるとは。少しはやる様だがそなたには踏み入る許可を出しておらぬ。命が惜しければすぐに去れ」
「貴様の許可など必要ない。それよりもすぐにフラリアを返せ。今すぐに」
「返せもなにも、フラリアはそなたのものではあるまい。やはり人間は傲慢よな」
「勝手に奪ったのは貴様だろう」
交わる二人の視線が火花を散らしているのが分かる。
空気がピリピリとしびれていた。
「そなたは単にこの子がいないと自分の呪いが解けないから返してほしいだけだろう? この子を利用しているに過ぎない。そなたと共にいれば傷つくのは目に見えている。それを我が許すと思うか?」
「貴様とてフラリアを泣かせたのだろう? 一体どれだけ泣かせた。それでよく傷つくだの許さないだの言えたものだな?」
ノルヴィス様の視線が一瞬だけ私へと向けられる。
そう言えば大泣きした後だから目が腫れている。
慌てて顔を隠すもばっちり見られてしまったようだ。
精霊王へと戻された彼の顔には先ほどよりも明確な怒りが含まれていた。
(……もしかして私が精霊王にイジワルをされたと思ってるの!?)
だとしたら全くの勘違いだ。
確かに泣いていたのは事実だけれど、別に精霊王に何かをされたわけではない。
むしろ私のことについて教えてくれたのだから恩を感じているのだが、そんな私の心中はノルヴィス様には届かなかった。
(そうよね。だって私いきなりここにいたのだし、ノルヴィス様からすればいきなり攫われた上に助けに来たら明らかに泣いた後だったのだから、勘違いするのも無理ないわ!)
どうしましょう。
どう考えても自分のせいとしか思えない。
私は二人の怒気を間近で浴びながら冷や汗を流しながらも仲裁するために口を開いた。
「あ、あのお二人とも、私は」
「ああ、大丈夫だぞフラリア。我に任せておきなさい」
「分かっているから不安がるな。すぐに片付ける」
「いや、二人とも分かってないですね!?」
私の声に一応は反応してくれるもののこちらの話を冷静に聞く余裕は残っていないようで、二人はそのままヒートアップしていってしまった。
「何が『我に任せておきなさい』だ。貴様はただの誘拐犯だろうが!」
「みすみす大事な者を奪われたような奴に任せておけるかっ!」
「ああ?」
「なんだ?」
お互いににらみを効かせながら子供のケンカのようなやり取りをしだしている。
それは精霊王の口がその言葉を放つまで続いた。
「――随分とフラリアが大事なようだな。ならばこの子と縁を切るのならそなたに掛かっている呪いを解いてやろう。そなたとフラリアの縁、それが対価となる。フラリアを利用しなくても念願が叶うのだ。悪い話ではなかろう? だからこの子から手を引け」
その瞬間、ノルヴィス様から凄まじい威圧感を感じた。
見れば先ほどまで怒り一色だった顔が真顔へと変わっていて瞬きの間に腰に下げていた剣を引き抜いている。
剣には冷え冷えとする銀色のオーラが宿り、すぐにでも精霊王を切り裂こうとしていた。
「……ほう。剣気を纏うか。交渉は決裂だな。悪いがそなたを生かしてはおけぬ」
精霊王もそうつぶやくと禍々しい気配を立ち上らせた。
まさしく一触即発。
私はもう耐えられなかった。
「もう!! 話をきいてって言っているでしょう!? それに自分の道は自分で決めるわ! 勝手に決めようとしないで!!」
私の苛立たしさを隠しもしない声が響いたのだった。
私はそのままズンズンと二人の間に体をねじ込む。
「まずですね精霊王! 私を招いたと言ってもあんなやり方じゃ誘拐と疑われても仕方がないです! もっと穏便にお目通りすることもできたでしょう!? 精霊の常識は人間とはずれているんですか!? というか今すぐその力を抑えてください! 他の精霊たちも驚いて震えているでしょう!?」
「お、おぉ。すまぬ」
「そしてノルヴィス様! 私、確かに泣いていました。でもそれは精霊王にイジワルをされたからではありません! むしろ大きな恩を受けて感動の涙だったのですから! 勘違いです! ほら早く剣をしまってください!!」
「そ、そうなのか」
もはやヤケである。
普通の声量で常識的に声を上げても聞いてくれなかったのだから。
自分のせいだということは一先ず棚に上げておこう。
説教をする様な声色で言い募れば二人ともどぎまぎしながらも従ってくれた。
そこでようやく一息をつく。
「私がいえることではないですけど、お二人ともケンカっぱやすぎますよ」
「「だ、だが」」
「だがじゃありません!」
「「はい」」
世の中の母とはこんな立場なのだろうか。
私は場違いにもそんな事を思ってしまった。
こちらを見ている二人の顔は喧嘩を咎められた子供の様な表情だったのだから仕方がないだろう。
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