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第3章 出られない森

第1話 ふしぎな気持ち

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「おはようございます奥様~!」

 朝、目を覚ますと同時にイニスが入ってくる。
 元気いっぱいに声を上げる彼女を見て自然と笑みがこぼれた。


「おはようイニス。今日もよろしくね」

「はい! もちろんです!」

 イニスは赤髪メイドのネルが引き起こした毒物事件の被害者だったが、今ではもうすっかりとよくなっていた。

 他の被害者たちも現場に復帰していて、後遺症こういしょうなどもないらしい。
 本当に良かった。

 事件の後、巻き込んでしまったことをどうしても謝りたくて彼らの元へと足を向けたけれど、私のせいではないと逆になぐさめられてしまった。

 本当に優しい人たちばかりだ。

 この人たちを失わない為に、私もできることをやろう。
 何度でもそう思わせてくれるのだ。



 イニスは恐怖を少しも感じさせない手つきで私の世話をしてくれる。

 もちろん安全には十分注意して長袖&手袋装備は基本ではあるが、触れ合ってくれるのがとても嬉しい。
 今も雑談をしながら私の髪をいてくれていた。


「それにしても屋敷中で奥様の勇ましいお姿の話で盛り上がっているというのに、見られなかったのが本当に残念でならないです~」

 本当に悔しそうにつぶやくイニスに苦笑いが漏れる。

 あれ以降使用人たちの間で、私の奇行が武勇伝ぶゆうでんのように語り継がれてしまっていたのだ。

「やめてよ。あれはやれることがそれしかなかったからで……」

「例えそうでも使用人達のために危険をおかして毒を探し出してくれる貴族様なんて奥様以外にいませんよ! お話を聞いた時わたしもう感動しちゃって……」

「あ……はは」


 あの時の行動に後悔はないけれど、毒物を特定するためにわざと服毒したということが公爵さまにばれてしまいとてつもなく怒られてしまったのだ。

 今あの時の公爵さまの笑顔を思い出しても身震いしてしまう。


「……あの方法は二度とやらないでくれって言われてしまったわ……。確かに褒められたことではなかったわよね。公爵家の人たちは皆優秀だからあと数日あれば特定が終わっていてことを荒げることもなく解決に向かったでしょうし」

 結果的に解決はしたが、調査部隊の仕事を奪ってしまったのだから。
 公爵さまが怒るのも頷ける。

「もう! 旦那様がお怒りになったのはその理由じゃありませんよ! 奥様が毒を飲んだと知って本当に心配されたからです!」

「え?」

「もう、奥様は本当に鈍くていらっしゃるわ……。これは旦那様に頑張っていただかないと!」

 イニスはやれやれと首を振ってなにやら意気込んでいるが、一体なんなのだろうか。


(心配か……)

 私は今まで心配などされた記憶がなかった。
 だからその響きに何だかむずかゆくなってしまう。

(でも嫌じゃない。……こんなにも心が暖かくなるものなのね)

 思わず顔が緩んでしまう。

「ふふ、奥様とてもいい表情をされるようになりましたね!」

「え? そうかな?」

 いい表情と言われてもよくわからないけれど、確かにここに来る前より表情がよく出るようになったとは思う。

「はい! 一番は旦那様とお話されている時ですけどね! 仲がよいようで何よりです!」

「仲がいいっていうか……」

 イニスはずっとニコニコしたままこちらを見ているので言葉に詰まってしまう。

 あの日以降、私はなんだか公爵さまを前にすると普通でいられなくなるという自覚がある。
 なんだか胸がドキドキするというか距離が気になるというか……。

 そんなよくわからない状態など初めてのことなのでどうしたら良いか分からなくなってしまうのだ。

 何かおかしな病気なのかと思い公爵家の主治医に相談しに行っても生暖かい目で見守られただけだった。

 病気ではないと言われたけれど、公爵さまと顔を合わすたびに症状が出ているのでどこかおかしいはずなんだけどな……。


「それに旦那様も前は絶対に見せなかった顔をなさっている時がありますし、わたし達も凄く嬉しいんですよ」

「え? どんな顔なの?」

「それは……ご自分で探してみてくださいね!」


 イニスがいう公爵さまの顔がどんなものなのか気になって反応してしまうが、意味深いみしんに笑った彼女にはぐらかされてしまった。
 答える気はないようだ。

「さて、髪のセットができましたよ! 本日は旦那様とご一緒に外出されるんですよね?」

 一人悶々と考えていたら準備が終わっていたようだ。

「ありがとう。そうよ、今日は東の森にいくの」

「東の森というと、禁足地きんそくちの?」

「ええ、研究の一環としてね」


 そう。今日は入ったら出てこられないと言われている東の森へ向う日だ。

 本当は公爵さまが帰ってきてからすぐに行く予定ではあったのだけど、あの事件の日の夜逃げ出した私を引き留めるときに赤いモヤをくらってしまったせいで彼は1週間ほど体調を崩していたのだ。

 モヤに巻かれた時間はそこまで長くなかったはずだけど、それでも寝込む羽目はめになった。
 今までは誰も私に近づいてくるひとなんていなかったから自分の毒がどれほど強いものなのか知らなかったのだ。

(モヤに巻かれただけであれなのだから、直に肌に触っていたらと思うと……)

 ぞっとした。

 あの日私は薄着で、腕も足もすぐに素肌が出てしまうような格好だったから。

(……本当に公爵さまが回復してくれて良かった)

 公爵さまの回復力は凄まじく3日程でほとんど回復していたのだが大事を取って今日まで休んでもらっていた。


「旦那様はお強いですが、本当に大丈夫なんでしょうか……心配です」

 ふと隣を見れば心配そうに胸の前で手を組んで見つめてくるイニスがいた。
 そうだ、彼女も含めここの人たちは私みたいな毒女を本気で心配してくれる人たちだ。

 だからこそ今後はいかなる時でも身なりには気を付けなければいけない。

 私はふっと笑って彼女に向き合う。

「心配してくれるの?」

「それはもちろんです!」

「ありがとう。大丈夫よきっと。……さあ行きましょうか」


 そうして私は公爵さまの待つホールへと向かっていった。

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