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第2章 心の変化

第9話 原因不明の体調不良

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「失礼します」

 公爵さまが屋敷を出て2週間がたった。
 順調にいっているのならもうそろそろ戻ってくるはずだ。

 だが、私の部屋に少し慌てた様子で入って来たディグナーさんの顔はくもっている。
 嫌な予感しかしないが報告を聞くしか選択肢はないだろう。


 私は姿勢を正して彼と向き合った。

「もしかしてまた体調不良者が出たの?」

 ここ3日、公爵家の使用人の間で原因不明の体調不良者が相次いで発生している。

 初めは数人だけだったそれは、今では20人を超える人数にまで増えてしまっていた。
 幸いまだ死者や重篤者じゅうとくしゃはいないけれど、いつ容態が悪化してもおかしくない。

 私の言葉に眉を下げて言いよどむディグナーさんも原因を探って慌ただしく動いているが、まだ特定にはいたっていない。

 患者の症状は様々だが、脱水・腹痛・吐き気をはじめとして頭痛や体のシビレまで出ている者もいる。

 そこから導き出せるのは、何かしらの中毒反応に近いということ。


 まるで、毒をくらったかのような……。


 そのせいもあってもうすぐ主が返ってくるというのに、公爵邸はいつになくぴりっとした空気をかもし出していた。

「本日新たに5人の使用人が体調を崩し寝込みました。食中毒が疑われたので食材のチェックをしたのですが、これと言って腐っているものもなく……」

「……そう。でも公爵家の医療班がいうには毒によるものの可能性が高いのでしょう?」
「……はい」

 ディグナーさんは申し訳なさそうにこちらを伺っている。
 ここに来たばかりのころ、公爵さまが体調を崩した時と同じような空気感があるからだろう。

(まあ、毒持ちの私が真っ先に疑われるのは仕方がないわ)

 伯爵邸にいた時にそういう経験は嫌という程していたので今更慌てることはないけれど、念のため言っておくと私が毒をまき散らしたわけではない。

 けれども腐った食べ物もない状態での中毒症状が屋敷で蔓延まんえんしているのだから、故意こいに毒を使われた可能性が疑われるのも仕方がなかった。


 だが私には気になることがあった。

(この感じ……キャラルが私を追い詰めるときの手口と似ているのよね)

 義妹のキャラルは、ほんの微弱な毒を使用人の食事に混ぜて体調を崩した使用人たちの不安と憎悪をあおるという方法を使っておとしいれてくることがあった。

 当然私の言い分など聞かれるはずもなく、キャラルの目論見通り罰を受けさせられた。


 ……まあ過去のことはいい。

 問題なのは今、この屋敷にキャラルと同じような方法で私を陥れようとしている何者かがいるってことだ。
 私には妙な確信があった。

 そしてそれはディグナーさんも同じだったようだ。

「奥様を疑ってはおりませんが、それは同時に公爵邸の中に毒を持ち込んだ人間がいるということ。奥様の身に万が一のことがあればご主人様に顔向けができません。よって奥様におかれましては事件が解決に向かうまでお部屋から極力出ないようにお願いしたく」

 申し訳なさそうに口にする彼は私のことを本当に心配してくれているようで、警護も強化すると口にした。

 そんなことをしなくても直接私が出ればすぐに片が付くというのに。
 私は考えられる最速の解決方法を口にする。

「ねえ、私を囮にしないの?」
滅相めっそうもない! 奥様に危険が及ぶなど……」

 青い顔で手をぶんぶんと振るディグナーさん。
 あまりの慌てっぷりにおかしくって思わず笑ってしまう。

「ふふっ。大丈夫よ。私には毒が宿っていることを忘れたかしら?」

 猛毒を持っている私に毒が効くとは思えない。


 昔誤って毒キノコを食べたときも平気だったし、毒虫に触ってもカブレすらしたことがない。

 自浄作用でもあるのか毒を含んだものを口にすると白いモヤが立ち上がりすぐに毒を消していく。
 どんな毒でも効かない。それが私だ。


 今屋敷で猛威を振るっているのが毒物であるのなら、私以上に適任はいないと思う。



「ねえイニス。あなたもそう思うでしょ……っ!?」

 私の近くに控えていたイニスにも同意を得ようと振り返るが、言葉も途中で止めてしまった。

 顔を真っ青にして震えている彼女が目に入ったからだ。

「イニス!? ちょ、あなたまさか!」
「だ、いじょうぶ、です。このくらい」
「大丈夫って……全然そうは見えないわ!」

 冷や汗をかきながら土気色つちけいろの顔で大丈夫と言われても全く信用できない。

(どうして! 今朝は全く平気そうだったのに……)

 ディグナーさんも異変に気が付いて駆け寄ってくる。

「本当に大丈夫です……」

 そうつぶやく声にも覇気はきがなく、いつものような明るさはどこにもなかった。


 イニスは私を守るためにいると主張して仕事を続けようとしていたけれど、結局ディグナーさんに担がれて連れていかれてしまった。


 一人部屋に取り残されて考える。

 ……いつから体調が悪かったのだろうか。


 近くにいたのにそんなことにも気づけなかった自分が恨めしい。

(ディグナーさんが連れて行ったのだからきっと大丈夫だろうけど……)

 ぎゅっと目をつぶる。


 ――結局、また巻き込んでしまった


 他の使用人たちにしてもそうだが、私がこの屋敷に来ていなければ毒を食らうことなどなかっただろう。

 ここの人たちにとって私は疫病神やくびょうがみもいいところだ。


(とっても優しい人たちなのに)

 くやしさがつのる。


 今寝込んでいる人たちは皆私に好意的に接してきてくれていた使用人たちばかり。
 そんな人たちが狙われているのが許せない。


 怒りがふつふつと湧いてくる。

「私に直接何もできないからって……彼らに手を出すなんて」


 事件の犯人は妹のキャラルと同類だ。
 何が目的かなんて聞くまでもない。

 大方、私を苦しめて孤立させて屋敷から追い出そうとしているのだろう。


 ――ずる賢くて、陰湿いんしつで、卑怯ひきょう

 そんな人間の思い通りにさせるつもりなどない。

 伯爵邸では動けなかったが、今はできることがある。
 だから、この事件は私の力で解決してみせる。

「やれることをやらなくちゃ!」

 私はそう決意し部屋を後にした。

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