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第2章 心の変化

第7話 やれることをやる。それが私にできる唯一のこと

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「うーん、歴史が深い……」

 目の前にうずたかく積まれる資料の山。
 それは全てシルヴェート家にまつわるものだ。

 流石は建国当時から続く公爵家。


 手始めに呪いを掛けられたという初代公爵さまの文献を読んではいるが、既にくじけそうだ。

 ページをめくる音だけが部屋に響く。
 その途中、気になる記述を発見して手を止めた。

「……天災てんさい大蛇だいじゃ、ねぇ」


 その本によると、公爵家に呪いをかけたのは当時猛威もういを振るっていた天災そのものだという。

 それはこの国、カルム王国がおこった後にどこからともなく現れた長く黒い化け物で、嵐を呼び命を枯れさせる力を持っていた。

 そのおどろおどろしい姿から『天災の大蛇』と呼ばれていたらしい。

 大蛇は国一番の美女だった王女を差し出せばこの地を去ってやると言った。
 それはつまり生贄いけにえ行為に他ならない。

 王は迷った。
 国を思うのなら王女一人を捧げるしかないが、愛娘を差し出すなど……と。

 その時名乗りを上げたのが初代シルヴェート公爵。


 シルヴェート公爵は王女と婚約関係にあった。
 二人は深く愛し合っていたのだ。

 王女の為ならと命を賭して打って出たシルヴェート公爵は激闘げきとうの末大蛇を打ち滅ぼした。

「確か建国記にもそんな記述があったわね。そっちでは公爵は王女と幸せに暮らしたって英雄譚えいゆうたんみたいな感じだったはずだけど……」


 ページをめくっていくと、公爵家の記録では続きがあった。

 建国記には決して載せることのできない、裏側の話が。


『大蛇は確かに討伐されたが、最後の力を振り絞り初代公爵様に呪いをかけた。
 それは命を枯らす呪い。

 大蛇は笑った。
 自分の王女への執着しゅうちゃくを超える愛がなければ決して解けることはないと。

 結局その呪いは愛し合っていた初代公爵と王女の仲を持ってしても解くことができなかった。

 それ故王女と結婚した後も呪いが体をむしばみ続け、命の炎は長く持つことなく30歳の若さでこの世を去ることになった。


 以降シルヴェート公爵家の血筋の人間及び契りを交わした人間は初代公爵と同じ30歳で亡くなってしまうようになったのだ……。



 私はもう初代様のご子息すら見送ってしまった。
 だが記録を止めることはできない。
 2代目様のご子息もお生まれになっているのだから。

 私にできることはただありのままの事実をつづることだけ。

 ――いつかこの呪いが解かれる時を願って……』


 ところどころ文字が滲んでいる本をそっと閉じる。

 あの滲みは涙の痕だろう。


「……主が死んでしまっても記録を残さなくてはいけなかったのね」

 自分だったらできるだろうか。
 敬愛する主人を見送り、その息子も見送り。
 無力感にさいなまれても真実を綴り続ける。

 それは生半可な覚悟ではできないことだ。


 10年前、お母さまを看取みとった時の記憶を思い出してしまった。
 見送ることしかできないのは、とても辛い。
 私は弱っていくお母さまを見ているだけしかできなかった。

「……」

 ぎゅっと目をつぶる。
 今でも鮮明に思い出す、あの時の感情。

 あんな思いをするのはもうごめんだ。

 ぱっと眼を開く。


「……それでも、私も、そして現公爵さまも、まだ生きているわ」

 公爵さまの呪いが解けなかったらきっと屋敷の人たちはこの本を書いた人のように打ちひしがれるだろう。
 ディグナーさんもイニスも、きっと泣いてしまう。

 あんな思いを彼らにしてもらいたくはない。
 私に優しさを向けてくるようなヘンテコで、優しい人たちなのだから。


 ……それに。

 私は公爵さまの顔を思い浮かべる。

 彼はからかってくるしこちらの反応を楽しんでいるような意地悪な人だが、私に害を向けてくることはない。
 それにこちらの事情をおもんばかってくれているのも伝わってきている。


 身分が違うし、私をお金で買ったわけだから非道な扱いや無理やり研究のサンプルにしても誰もとがめないのに、それでも私を一人の人間として扱ってくれている。

 お母さまが亡くなってから人間扱いなどされてこなかった私が、そのことにどれほど感動したか彼は知らないだろう。

 10年の生活で素直になることができなくなってしまい口ではいろいろと言っているが、私は……少しは彼を認めている。

 そんな彼が私に助けを求めているのなら、やれることはやらなくてはと思う。

 ……だから。


「呪いを解かなくちゃ」


 皆の為にも、そして自分の為にも。



 今まで通り、目の前の
 それが私にできる唯一のこと。

「いいわ、やれるだけやってやるわよ!」

 私はこの時初めて短命の呪いと向き合えた気がした。

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