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始まりの章

第5話 どうやらとんでもない男に捕まってしまったようです

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 ヴェールをとった私はこらえる様に固まってうつむいていた。
 誰かに顔を見せるなんて一体いつぶりだろうか。

「……」

 公爵さまは無言だ。
 また化け物みたいに言われるのだろうと思うと体が震えてくる。

 その無言の圧に耐えきれずに、ヴェールを被り直そうとしたら腕を掴まれた。

 至近距離に公爵さまの顔があって驚いてのけぞった私の手からヴェールが落ちる。

「もっとよく見せてくれ」
「っ!? ち、近い!!」

 思わず叫んだ。
 何なのだろう。ディグナーさんも公爵さまも、ここの人は毒が恐ろしくないのだろうか。

 顔を両手でおおってそむける。


 そんな私に公爵さまは笑いながら元の距離感へと戻った。

「いやすまんな。気味が悪いどころか随分可愛らしい顔をしているじゃないか」
「……っえ?」


 人の口から出てくることのない評価が聞こえた気がして彼を見ると、彼はニコリと笑った。

「それにその目、精霊眼せいれいがんだろう? 俺も実物を見るのは初めてだが……なるほど確かに文献の通り星を散りばめたような輝きで美しい」

「精霊を知っているんですか!?」

 今日一番の驚きだった。
 まさか自分以外の人間から精霊という単語が出てくるなんて。


「ああ。呪いの研究をしていると言ったろ。歴代当主たちもずっとやって来たことだ。その一環で精霊のことも知った」
「そ、うなんですね。でもどうして呪いの研究なんか……?」

 そう聞くと公爵さまは少しだけ目を伏せ大きな溜息ためいきをついた。

「俺たちシルヴェート公爵家の血筋には代々『短命の呪い』がかかっているんだ」
「え?」

「シルヴェート公爵家の血筋の人間は初代公爵と同じ30歳を迎える年に死んでしまう。それに例外はない。つまり俺に残っている時間はあと5年ということだな」


 精霊の件でもパンクしそうなほど頭を働かせていたというのに、さらなる情報が押し寄せてきて頭がついていかない。

 けれども公爵さまは止まってくれなかった。


「呪いを解くためには『真実の愛』とかいう不確かなモノが必要らしいんだが……まあ俺の代まで解けてないところを見れば結果はわかるだろう?」

 確かに初代に呪いを受けて現代まで続いてしまっているということは、みんなダメだったのだろう。
 それなら他の方法を探すしかない。

「だが俺はある記述を見つけた。それによれば『人ならざる自然の力である精霊、その王はあらゆる病や呪いを癒す力がある』とされていた。まあそれが本当かは分からないが、このままじっと寿命を待つのも嫌だったんでな、精霊王を探すことにしたんだ」

 公爵さまはそれから数年かけて精霊のことを調べ上げ、人に見えない精霊と交流できる人間がいたということも突き止めた。

 そう言った人間たちは普通の人には気味悪がられて避けられたり排除されており、呪い持ちと呼ばれていたらしい。


 ……ふーん。へえー。そうなんだぁ。

 思いっきり身に覚えのある話だった。
 私は思わずすっと目を反らす。


「普通の人間には見えない精霊が見えている奴がいれば精霊王探しもできるはずだろう? だから呪い持ちと言われていたお前を引き取った。まあ呪い持ちと呼ばれていても精霊が見えるかどうかなんて分からなかったわけだが……」

 公爵さまは私の顔を見た。
 すごくいい笑顔だ。

「どうやら俺は賭けに強いらしい。一発で当りをひけるなんてな?」

 私はその笑顔から全力で顔を反らしている。



 そんな重要なお役目などできれば遠慮えんりょしたい。

「ええと、私は確かに精霊は見えますけど、精霊王なんて聞いたことも見たことも……」
「そういえば伝え忘れていたが、逃げた所で意味がないぞ?」
「え?」

 やんわりと辞退しようと口を開くが、思考を読まれていたようにさえぎられる。

「お前はもうシルヴェート公爵家の一員なんだから、当然この家の呪いの効力はお前にも降りかかる」
「は?」
「契約したろ? 婿入り嫁入り相手は嫁いだ相手が死ぬときに共に死ぬ」

 ニコニコと微笑む公爵さま。
 それに対して私は頬が引きつるのを感じていた。

「つまりお前の寿命はあと5年ということだ。俺とおそろいだな」
「は、はああああああ!?」

 ニコリと本日一番の笑みを零す公爵さまに唖然あぜんとなる。


 ひどい! 騙された! そんなことってある!?


 衝撃が大きすぎてふらりと床に崩れ落ちてしまう。

「そんなに悲しむことでもあるまい?」

 公爵さまは床にへたり込んだ私の肩に手を置いて目をあわせてきた。


「精霊王を見つけ出せなかったとしても、要はお前が俺に心底惚れてしまえばいい話だ」
「……本気で言ってます? 既にあなたのこと嫌いになってますけど」
「ぶはっ」

 自分で今ものすごい顔をしているのが分かる。
 東の小さな国ではこういう顔を「般若はんにゃ顔」と呼ぶらしいということを本で見たなというどうでもいいことが頭に浮かんだ。

 現実逃避だ。
 そうでもしなければやっていられない。


 そんな私をよそに公爵さまは大笑いしだした。
 般若顔がツボに入ったようだ。

 気に入らない。そう思って顔を向けても笑い続けられる。



 ひとしきり笑った公爵さまはやがて笑いを引っ込め涙をぬぐいながら私を立たせた。

「まあそういう訳であと5年で死ぬのが嫌なら……俺を心から愛して愛される道か、協力して精霊王を探す道かの2択しかない。もちろん協力してくれるよな?」

 公爵さまは終始ご機嫌きげんといった様子で手を差し出してきた。

 まあ呪いが解ける可能性が高まったらテンションが上がるのは分かるけれど、知らずに巻き込まれた身としては迷惑なことこの上もない。


 嫌すぎて泣きそうだ。というか少し泣いている。

 そんな呪いのおすそ分けなんてしないでほしかった。


 だがもう今となっては後の祭り。
 嫌だと言って離縁を迫っても無駄なのだろう。

 それに公爵さまは私を逃がすつもりなどサラサラなさそうだ。
 目線がもうそれを物語っている。

 私は引きつったままで固まった表情もそのままに公爵さまの手をとるほかなかった。

「これからよろしくな。俺のお嫁さん?」

 こうして私と公爵さまの奇妙な共同生活が幕を上げたのだった。

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