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罪人

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  Aさんの運命は奇妙だった。やくざの抗争に巻き込まれたときたまたま知らないやくざの構成員に助けられたり、父親が死んだあと母親がつれてきて結婚した男が最悪な人間で、隠れて虐待をされていたり、その後父親が何者かに殺され、母親も重症を負ったときには、国から様々な支援金を受け取った。

 母親は、父親の生命保険を受け取って、しかしAさんには一切そのお金を渡さなかった。高校をでてからすぐに働きにでたが、母親の死に際に、ちょうど多くの問題と勇気のいる決断を抱えていた。専門学校への入学だった。かつて、犯罪者に救われた過去を持ちながら、犯罪者に対する同情の余地は、複雑な家庭環境はなかったものの、犯罪者の人生をこの手で見届けたいという思いもあった。母親は、入学に足りないわずかばかりの資金を自分の口座からだしてくれた。母親の死後、Aさんは、財産を贈与され、事実を知ることになる。

 遺書に添えられた彼女の日記帳で、母親はひどく後悔にさいなまれているようだった。彼の本当の父親は、死んだ父親でないことをしらされた。そして、新しくできた父親が、こんなひどい人間だと思わなかったが“本当の父親”のように、彼にひかれるものがあり、それが彼女の人生を狂わせてきたのだと語った。

 やがて学校を卒業ししばらくたつと刑務官の試験に合格し、ある刑務所で採用されることになった。あるとき、終身刑になった元やくざの監督をまかされたことがあり、どこか、かつて再婚して自分をいじめ、殴り、ひどい扱いをしてきた男に似ているその元やくざにいつも冷たくしていたが、男は勤勉で、かつ模範囚であり、しかし病弱であったため、正反対の男にどこか、同情もしていた。

 男はAさんになれなれしくはなしかけ、何か裏があるように思えて一定の距離をおいていたが、しだいにAさんは男にひかれていくようになっていった。しかし、時はすぎ、ずいぶん仕事に慣れたとき、ひどく衰弱するようになった男に、同情の目線はより強くなったが、あるとき、勉強をしている男に話しかけると、男は、こう切りだした。

「俺はろくでなしだ、今まで、お前に優しくしたのは、俺に不純な動機があったからだ」
 Aさんは、やっぱり、とがっかりした。男はAさんに様々な知識や、面白い話をしてくれた。でもこの男も結局模倣犯となり、刑を軽くするか、脱走の計画をたてているのだろう。だが男は、話をつづけた。
「俺の命は短くない、どうか、この俺の最後の話をきいてくれ」
 男はとうとうと話しつづけた。Aさんの戸惑いなど気にすることもなく。
「俺はやくざの親分の娘と結婚した、俺はいわゆる若頭のエースだったからな、運がむいていたのもある、だが、たしかに俺はいくつもの仕事で手柄をあげた、だが娘と結婚して、俺は真実をしらされた、いままでのすべての仕事の成功は、ほとんどが親分やその側近が仕立て上げたもので、俺にすべての汚名をかぶせるためのものだったってな、よわった人間を殺したり、薬物のあっせんをうまくやったり、すべては俺に罪を擦り付けるためのものだったって」
 よくある話だ、それに新人のやくざなら、上の人間の罪をかぶることも。
「だが恐ろしいのは、親分の娘だった、俺がすべての罪をかぶって出所したとき、その女の正体があきらかになった、その女は、誰も愛することができず、人を苦しめることでしか、喜びをえられなかった、その女は、俺と一切関係をもたなかったばかりでなく俺の前で複数の男と情事に及び、俺を苦しんで愉悦した、普通の男なら、さんざんもてあそび自分への思いがあると見せかけた女にそうされるのは苦痛だろう、だが、俺は一切、何も思わなかった、いってやったのさ」
「俺は、今までさんざん悪いことをしてきた、だが一番恐ろしいのは、自分だとしっている」
 その男ヤクザは、かつて幼いころ、銀行強盗にあったことがあり、その銀行で複数の人間の死をみた。男の両親も、彼のために死んだ。しかし少数の人質が団結し、銀行強盗に立ち向かおうとしたとき、彼だけが協力しなかった。こちらには数丁の銃しかなく、向こうには大量の銃があった。彼は隠れて、人質が強盗にむかっていくのをみた。数人が犯人のほとんどを射殺し、そして最後の一人になったとき、犯人はショットガンを持ち出し多くの人間を射殺した。最後に残ったのは男と犯人だけだった。犯人はショットガンに弾をこめていた、しかし、彼は銃を持ち出せなかった。

「俺は、今まで犯人を憎んでいると思っていた、だが本当に恨んでいたのは自分自身だった、今の今まで気づかなかったなんて、それに、あのとき俺を笑っていた親分の娘―女房は俺に失うものなどないことを知ると、こういった……“あなたの子供がほしい、あなたの絶望がみたい”と、それが、お前の母親だ……」
 Aさんは衝撃をうけた。だが、自分の出生にはわからないことだらけだ。Aさんはあることをおもいだした。
「本当の父さんは僕の名前を胸に刻んでいるって……」
 男は服をまくった。そして、胸をみせた。そこには確かにAさんのフルネームが刻まれていた。母親の名前も。
「すまなかった、俺の財産は、すべてお前に渡す、組ともすでに縁をきった、だが、これだけは覚えてくれ、俺も母さんも本当の悪党だ、だが、あの悪党の女は俺に“大事なものを持つ苦しみ”を与えようとして、自分自身もそれをしってしまったということを」
 男は苦しみ始めた。Aさんはすぐに医師をよんだが、時はすでに遅かった。ひどく苦しい人生で、もしかしたら同情の余地などない人たちなのかもしれないが、Aさんは、牢屋の前で泣いた。
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