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特別
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S男さんには、心残りがあった。大学に入って美しい彼女Cさんができたが、だが、物悲しさと後悔は、彼を縛り付けていた。自分の未練ではなく、あるひどい振り方をした女性のことだ。
それは高校生のころ、初恋の彼女だったA子さん。しかし彼女は貧乏な家庭ゆえに人にきらわれていたし、体が傷跡か、深いシミのようなものがあり、肌が汚いと人からいわれることがあった。それでもS男さんは彼女の人間性、というより一緒にいて気が楽という思いで常にそばにいた。
もともとは友達のような関係だったが、まるで家族のようになり、向こうから告白を受け付き合う事になった。だが、どこかで妙な感触があった。あまりにも、“普通”すぎる。これまで普通に側にいたひとが、まるで資格でも取るみたいにそこにいる。いや、それはいいわけだろう。彼女が自分と付き合うようになり、家に招いたり、彼女がバイトをして金銭的に余裕ができてきたとき、すでに彼女は、人気が出てきて、周囲にも人が集まるようになってきた。いわゆる嫉妬である。
つまり彼は、自分の側にいた最も親しい人が遠くに入っているような寂しさがあった。だからこそ、ある時彼女につげてしまった。
「君は特別じゃない、僕にとっては特別じゃない、世界にとっての特別なんだ」
彼女はショックをうけ、数十分の間言葉をうしなっていた。しかし、しばらくすると泣き出し、死ぬとか、なぜ捨てるのかと泣き喚いた。
「違う、君と僕とは釣り合わないんだ、君は、もう遠い存在なんだ、心地いい存在ではない、君といると疲れるようになった!!」
彼女はいった。
「それでも私は、あなただけが、あなただけが特別なの、誰に好かれる必要もないわ」
それからしばらくして、彼女は学校をやめた。最後に心配して彼女の家に、貸していた自分の手荷物を持ちにいったとき、彼女はくまだらけででむかえ、パジャマのままS男さんを案内して、そして、彼をじーっとみて常につきまとっていた、さすがに薄気味悪かったが、玄関口で言われたことが、最も不気味だった。
「あなただけしっていたじゃない、私に霊感があるってこと、あなたにはおままごとだっていってたけど、私は本当に霊感があるのよ、でもこれもいらない、全てをすてて、私自身の霊感を呪うわ、だってこれが、あなたと私の関係を引き裂い――」
〈バタン〉
勢いよく家のドアをとじた。そして逃げるように立ち去った。思ってみれば、彼女が周囲と打ち解けるようになったのは、美人になったのだけが理由じゃない。彼女は、占いだの、未来予知だの、オカルト時見た趣味を、自分にだけ明らかにしていた趣味を周囲に見せるようになったのだ。
だが、そんな事が無くても彼女の未来は明るかっただろう。今の彼女は過去に捕らわれている。変わる前の自分に捕らわれている。彼女が心を開けば、いつだって彼女を出迎えるものがいる。そのことに気付かない。そして僕がそばにいるために、彼女は余計に捕らわれる。いいわけのように、S男さんは自分に語り掛けつづけ、やがて大学に進学すると、地元をでたのだった。
昔の事を忘れてC子さんと過ごす日々はとても楽しく、新鮮さにつつまれていた。はじめから恵まれた家庭で過ごしていた彼女には、他の物に依存し、自分の自身を失くすような余裕のなさがなかった。
すでにS男さんは、大人の思考を備えていて、感情的にどうだとか、精神的にどうだとかいうことは、現実に立ちはだかる問題という壁には、太刀打ちできないことをしっていた。それに、後悔を置き去りにすれば、C子さんは完璧な女性だった。母性もあり、おとなしく、やさしく明るい。まるで溺れるように、彼女に惚れて関係を深めていった。
だが、そんな生活が2年目に差し掛かったころ、異変は訪れた。C子さんは突然くらくなり、自分にあたるようになった。ただ、それも夜だけの事である。別に耐えられるほどの事じゃない。もともと力の弱い彼女がどれだけあばれようと、愚痴をいおうと、その言葉やしぐさのひとつひとつが、とても気高く気品にあふれてさえいた。
問題が生じ始めたのは、彼女が自分を傷つけ始めてからだ。自傷行為に走り始め、両親にも相談した。両親は彼らの関係をみとめていたが、どうやら夢遊病の一種であることがわかった。
しかし、病院ではなかなか収まることがなく、疲れ果てたS男さんはふと思い立った。自分の故郷に、とても高名な拝み屋Bさんがいる。随分あっていないが、彼は自分の親戚だ。故郷の両親に相談すると、すぐに事情をわかってくれ、Bさんがあってくれるということになった。
50代くらいの男性Bさんは、見た目が若々しく、とても謙虚な丸坊主の拝み屋さんだった。すぐに除霊を始めるといい、お祓いをしてくれた。かなり強い呪いがかけられているというが、できるだけの事はする、抑えこむという。長い祈祷とお祓いが終わり、ようやく解放されたときには日が暮れかけていた。
「ごめんね、時間がかかって、それに、こんなオカルトじみたことにつきあわせて」
と謝るとC子さんは笑った。
「いいのよ、全部いいの」
その時こそ申しわけなさはあったが、それから数日、数週間、数か月たっても異変がなく、どうやら呪いは解除されたらしい。夢遊病も大したものではなくなり、薬で症状が抑えられていた。
しかし、安心しきったときに、思わぬ出来事が起きるのが世の常だ。あるとき、夜中に奇声が聞こえめをさます。そのころ、両親の許諾をえてすでに同棲を始めていたC子さんとS男さん、リビングから叫び声が聞こえかけつけると、手首を抑えて、C子さんが叫んでいる。手首からひどい出血。
「どうしたんだ!!どうしてまた!!」
「これで最後にするから!!これで最後にするから!!お願い、答えて!!私はあなたにとって特別なの!!?」
「特別に決まっているだろう!!!」
脳を働かせるまでもなく、彼女にこたえた。本当にかけがえのなく、自分が守りたいと思えるこの世でもっとも尊い存在である。それが、彼女を救うなら、いくらでも唱える。ふと、電気がうす暗いことに気付き、リモコンのスイッチをつける。すでに、安心したように笑い、よこたわって笑みさえ見せているC子さん。ふと腕をみると、そこには出血の後どころか、傷あとすらない。
電話がなり、パニックになりながらもそれをとる。それは、懐かしい響きを持つ女性の声だった。
「私、私よ、なつかしいわね」
「だれだ?」
だが、そう質問した瞬間にはすでに記憶がよみがえってきていた。懐かしい声、A子の声だ。情緒不安定で精神病院通いという話はきいていたが、昔と変わらず、わかわかしく、ハスキーで魅惑的な声だった。
「信じていたわ、救ってくれてありがとう、あなたが助けてくれたから“呪い”は完成したわ、この術は、あなたが私の呪いを“許す”ことで感性するの、あなたは私を疑っていたけれど、覚えているでしょ?私の能力」
そうだ。ふとよみがえる記憶。Aを振った理由、そのオカルト的傾向。彼女は、自分でいうには他人に憑依し、そればかりか感覚をシンクロさせることができるという。おままごとであるうちはそれが許せたが、その言葉がうさんくさく、そしてカルトじみていたから振ったのだ。その蓄積が、彼女を遠ざける理由だった。
「私、あなたの特別になれた?いいえ、あなたは答えなくてもいい、私には、その子には、あなたの子供がいるもの、そして私は、その子の子供になるのよ」
「おい、待て、一体何をいっている、いったい、何を!!!」
その後、1時間後にS男さんは高校時代の親友からA子が亡くなったという連絡を受けた。しかし、奇妙なことに亡くなった時刻は2時間前、自分と電話をしていた時には、すでに亡くなっていることになる。
「大丈夫?S君」
病院の病室で、可憐で美しい彼女、C子さんは自分がひどい状況なのに、S男さんを心配する。霊媒師のBがそばにいたが、S男さんにひどく謝っている。力足らずですまないとか、お代はいらないので、お祓いを続けさせてくれという。だが、何もしらないC子はS男に告げた。
「ごめんね、おなかの子供のことだまっていて……子供を一緒に育ててくれるっていってくれてありがとう、私、あなたは見捨てないと思っていたよ、でもあの時は、なぜか捨てられると思い込んでいて、ごめんね、勝手に思い込んで私、死のうとしたの……ごめんね、大好きな人だったから、重荷をせおわせたくなくて、ごめんね、こんなに重い結末になっちゃって」
そういって、満面の笑みで笑った。その腹部からは、聞こえるはずのない懐かしい“彼女”のささやきが聞こえた気がした。
それは高校生のころ、初恋の彼女だったA子さん。しかし彼女は貧乏な家庭ゆえに人にきらわれていたし、体が傷跡か、深いシミのようなものがあり、肌が汚いと人からいわれることがあった。それでもS男さんは彼女の人間性、というより一緒にいて気が楽という思いで常にそばにいた。
もともとは友達のような関係だったが、まるで家族のようになり、向こうから告白を受け付き合う事になった。だが、どこかで妙な感触があった。あまりにも、“普通”すぎる。これまで普通に側にいたひとが、まるで資格でも取るみたいにそこにいる。いや、それはいいわけだろう。彼女が自分と付き合うようになり、家に招いたり、彼女がバイトをして金銭的に余裕ができてきたとき、すでに彼女は、人気が出てきて、周囲にも人が集まるようになってきた。いわゆる嫉妬である。
つまり彼は、自分の側にいた最も親しい人が遠くに入っているような寂しさがあった。だからこそ、ある時彼女につげてしまった。
「君は特別じゃない、僕にとっては特別じゃない、世界にとっての特別なんだ」
彼女はショックをうけ、数十分の間言葉をうしなっていた。しかし、しばらくすると泣き出し、死ぬとか、なぜ捨てるのかと泣き喚いた。
「違う、君と僕とは釣り合わないんだ、君は、もう遠い存在なんだ、心地いい存在ではない、君といると疲れるようになった!!」
彼女はいった。
「それでも私は、あなただけが、あなただけが特別なの、誰に好かれる必要もないわ」
それからしばらくして、彼女は学校をやめた。最後に心配して彼女の家に、貸していた自分の手荷物を持ちにいったとき、彼女はくまだらけででむかえ、パジャマのままS男さんを案内して、そして、彼をじーっとみて常につきまとっていた、さすがに薄気味悪かったが、玄関口で言われたことが、最も不気味だった。
「あなただけしっていたじゃない、私に霊感があるってこと、あなたにはおままごとだっていってたけど、私は本当に霊感があるのよ、でもこれもいらない、全てをすてて、私自身の霊感を呪うわ、だってこれが、あなたと私の関係を引き裂い――」
〈バタン〉
勢いよく家のドアをとじた。そして逃げるように立ち去った。思ってみれば、彼女が周囲と打ち解けるようになったのは、美人になったのだけが理由じゃない。彼女は、占いだの、未来予知だの、オカルト時見た趣味を、自分にだけ明らかにしていた趣味を周囲に見せるようになったのだ。
だが、そんな事が無くても彼女の未来は明るかっただろう。今の彼女は過去に捕らわれている。変わる前の自分に捕らわれている。彼女が心を開けば、いつだって彼女を出迎えるものがいる。そのことに気付かない。そして僕がそばにいるために、彼女は余計に捕らわれる。いいわけのように、S男さんは自分に語り掛けつづけ、やがて大学に進学すると、地元をでたのだった。
昔の事を忘れてC子さんと過ごす日々はとても楽しく、新鮮さにつつまれていた。はじめから恵まれた家庭で過ごしていた彼女には、他の物に依存し、自分の自身を失くすような余裕のなさがなかった。
すでにS男さんは、大人の思考を備えていて、感情的にどうだとか、精神的にどうだとかいうことは、現実に立ちはだかる問題という壁には、太刀打ちできないことをしっていた。それに、後悔を置き去りにすれば、C子さんは完璧な女性だった。母性もあり、おとなしく、やさしく明るい。まるで溺れるように、彼女に惚れて関係を深めていった。
だが、そんな生活が2年目に差し掛かったころ、異変は訪れた。C子さんは突然くらくなり、自分にあたるようになった。ただ、それも夜だけの事である。別に耐えられるほどの事じゃない。もともと力の弱い彼女がどれだけあばれようと、愚痴をいおうと、その言葉やしぐさのひとつひとつが、とても気高く気品にあふれてさえいた。
問題が生じ始めたのは、彼女が自分を傷つけ始めてからだ。自傷行為に走り始め、両親にも相談した。両親は彼らの関係をみとめていたが、どうやら夢遊病の一種であることがわかった。
しかし、病院ではなかなか収まることがなく、疲れ果てたS男さんはふと思い立った。自分の故郷に、とても高名な拝み屋Bさんがいる。随分あっていないが、彼は自分の親戚だ。故郷の両親に相談すると、すぐに事情をわかってくれ、Bさんがあってくれるということになった。
50代くらいの男性Bさんは、見た目が若々しく、とても謙虚な丸坊主の拝み屋さんだった。すぐに除霊を始めるといい、お祓いをしてくれた。かなり強い呪いがかけられているというが、できるだけの事はする、抑えこむという。長い祈祷とお祓いが終わり、ようやく解放されたときには日が暮れかけていた。
「ごめんね、時間がかかって、それに、こんなオカルトじみたことにつきあわせて」
と謝るとC子さんは笑った。
「いいのよ、全部いいの」
その時こそ申しわけなさはあったが、それから数日、数週間、数か月たっても異変がなく、どうやら呪いは解除されたらしい。夢遊病も大したものではなくなり、薬で症状が抑えられていた。
しかし、安心しきったときに、思わぬ出来事が起きるのが世の常だ。あるとき、夜中に奇声が聞こえめをさます。そのころ、両親の許諾をえてすでに同棲を始めていたC子さんとS男さん、リビングから叫び声が聞こえかけつけると、手首を抑えて、C子さんが叫んでいる。手首からひどい出血。
「どうしたんだ!!どうしてまた!!」
「これで最後にするから!!これで最後にするから!!お願い、答えて!!私はあなたにとって特別なの!!?」
「特別に決まっているだろう!!!」
脳を働かせるまでもなく、彼女にこたえた。本当にかけがえのなく、自分が守りたいと思えるこの世でもっとも尊い存在である。それが、彼女を救うなら、いくらでも唱える。ふと、電気がうす暗いことに気付き、リモコンのスイッチをつける。すでに、安心したように笑い、よこたわって笑みさえ見せているC子さん。ふと腕をみると、そこには出血の後どころか、傷あとすらない。
電話がなり、パニックになりながらもそれをとる。それは、懐かしい響きを持つ女性の声だった。
「私、私よ、なつかしいわね」
「だれだ?」
だが、そう質問した瞬間にはすでに記憶がよみがえってきていた。懐かしい声、A子の声だ。情緒不安定で精神病院通いという話はきいていたが、昔と変わらず、わかわかしく、ハスキーで魅惑的な声だった。
「信じていたわ、救ってくれてありがとう、あなたが助けてくれたから“呪い”は完成したわ、この術は、あなたが私の呪いを“許す”ことで感性するの、あなたは私を疑っていたけれど、覚えているでしょ?私の能力」
そうだ。ふとよみがえる記憶。Aを振った理由、そのオカルト的傾向。彼女は、自分でいうには他人に憑依し、そればかりか感覚をシンクロさせることができるという。おままごとであるうちはそれが許せたが、その言葉がうさんくさく、そしてカルトじみていたから振ったのだ。その蓄積が、彼女を遠ざける理由だった。
「私、あなたの特別になれた?いいえ、あなたは答えなくてもいい、私には、その子には、あなたの子供がいるもの、そして私は、その子の子供になるのよ」
「おい、待て、一体何をいっている、いったい、何を!!!」
その後、1時間後にS男さんは高校時代の親友からA子が亡くなったという連絡を受けた。しかし、奇妙なことに亡くなった時刻は2時間前、自分と電話をしていた時には、すでに亡くなっていることになる。
「大丈夫?S君」
病院の病室で、可憐で美しい彼女、C子さんは自分がひどい状況なのに、S男さんを心配する。霊媒師のBがそばにいたが、S男さんにひどく謝っている。力足らずですまないとか、お代はいらないので、お祓いを続けさせてくれという。だが、何もしらないC子はS男に告げた。
「ごめんね、おなかの子供のことだまっていて……子供を一緒に育ててくれるっていってくれてありがとう、私、あなたは見捨てないと思っていたよ、でもあの時は、なぜか捨てられると思い込んでいて、ごめんね、勝手に思い込んで私、死のうとしたの……ごめんね、大好きな人だったから、重荷をせおわせたくなくて、ごめんね、こんなに重い結末になっちゃって」
そういって、満面の笑みで笑った。その腹部からは、聞こえるはずのない懐かしい“彼女”のささやきが聞こえた気がした。
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