ホラー短編集

ショー・ケン

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幽霊病棟

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 精神病の閉鎖病棟。幻覚を見る患者が多く、看護師たちは日ごろから困り果てていた。それも最近皆が、黒コートの男を見るという。閉鎖病棟で、管理も行き届いているので、そんなわけもない。しかし、日ごろは別々の幻覚を見る患者が同じ事を口にするので、看護師の間でも騒ぎになった。

 別の病棟に務めているAさんは、その話を同僚から聞いていた。同僚は、事細かにその話を教えてくれた。というのもAさんは以前そこで務めていたのだが、幻覚をみる患者たちにあまりに気に入られ、抱き着かれたり、引っかかれたりという事があったので、別の病棟の仕事に移されたのだ。

 Aさん自身、何かその話を聞くのすら嫌がっていたが、どうも、違和感にきづいた。
「黒いコートの男が次の月にでるって?みんな言うの?」
「ええ、そうだけど、たぶん作り話じゃないかしら、あなたを呼び戻すための」
「おかしいと思わない?彼らは一人ずつ隔離されていてそんな事できるはずないもの、それに、いつもは支離滅裂な事しかいわないのに」
「うーんでも、彼らもAさんに気を付けてっていってたよ」
 その話を聞いてピンときたAさんは、その次の満月の晩、病棟に隠れて患者の様子を見ることにした。

〈バキッ、ボキッ〉
 家なりのような音がするのは、古い家では当然の事である。しかし、あまりにはっきりとした“足音”なので、Aさんははっと目を覚ました。使われていない物置部屋に入って、内部を観察していたAさんは起き上がり、患者の様子を見に行くことに、ソロリソロリと廊下を歩くが、彼女が見回りを始めてからぴたりと音がやんでしまった。

 ふと、ある部屋が気になった。もともと霊感の強いAさんが気にかけていた、身長が2m近くある女性Bさんの部屋である。どうも人一倍感覚が強く、隔離されているほかの部屋の住人の事もよくしっている。まるでエスパーのような感じだが、Aさんは自分が霊感があるという事もあり、彼女の事を馬鹿にしたことなどなかった。

 そして彼女とはある約束をしていたのだ。
「お互いに困ったことがあったなら“気を付けて”といいあいましょう」
 精神病院の患者が“助けて”と叫ぶことは日常茶飯事である、面倒に思う看護師は、
いちいち反応せず、言葉を残さないことも多い。だからこそ機転を利かせたAさんは、彼女にその言葉を合言葉として託した。

 Bさんの部屋につくと、部屋が開け放たれていた。厳重なプログラムでロックがかかっている重い鉄扉、そして、格子状の窓すらも湾曲していた。確か、このBさん、入院当初は欲物を壊したり、看護師を怪我、骨折させた事さえあったとか、段々不安になるAさんだったが、それでも、ポツリつぶやいた。
「“気を付けて”」
 その瞬間背後に巨大な気配を感じ、前のめりにころがった。Bさんの巨大な腕が振り下ろされたかと思うと、その腕の中にはコートを着た男がつかまっていた。
「ありえない……なぜ」
 監視カメラにも映っていなかった。厳重な病棟の中を動き回れるはずもない、であれば、きっと“関係者”に違いない。勇気をだしてAさんは尋ねる。
「病院の関係者ね?」
 黒スーツの男は、何も答えず肩を揺らすだけだった。
「フグウ……」
 Bさんが暴れる男の腕を後ろでにしばり、彼の付けている覆面に手を伸ばし、持ち上げた。
「あなたは……」
 Aさんは言葉を失った。彼女は、Aさんの同僚その一人だった。
「どうして、こんな事」
「あなたは忘れているでしょうね……私は以前別の病院に勤めていた看護師で、院長と付き合っていたのよ、それをどこの馬とも知れないあなたが突然やってきて、私の委員長をうばっていった」
 Aさんはふさぎ込む。
「でも……私もなにも知らなかった、だから、全てを知って別れたわ」
「私はねえ!!昔から見にくい醜いといわれて育ち、ようやくまともに扱ってくれる人が現れ、彼にみついで、結婚までこぎつけたのに……あなたは!!」
 Aさんは言葉を発するか迷った。だが、答えずにはいられなかった。
「私も同じ言葉でだまされました、院長は20股していましたから、院長は、だれも本気にはなれないんですよ」
「くそっ!!!何を!!あんたみたいな若いやつが、あのカエルみたいな院長のこと本気にしているわけないだろう!!!」
 スーツの同僚はBさんの手を離れた、Bさんの足に何か刃物が刺さっているのがわかる。まずい、治療しなければ、でも、それなら誰かが犠牲になるしかない。
「わかったわ」
 Aさんが、後ろで手を組んでスーツの同僚の前に手を見せる。
「あなたのやりたいようにすればいい、でも、Bさんには何もしないで……」
 スーツの同僚は苦い顔をして、Aさんの腕をつかむと、ぐっと首をしめはじめた。しかし、何がおかしいのか笑い出した。
「ふっ、こんなんで、こんなんで許すはずないでしょ!!あんたたち美しい女たちは、いつも、いつも!!」
 ポケットから刃物らしきものを取り出すと、Aさんの頬にそれをつきさそうとした。
〈ぐさり〉
 ポトポトと流れる血。確かにそれは突き刺さった。だがそれは、AさんをかばうBさんの手の血だった。暴力的なはずのBさんは冷静に状況をみており、Aさんの耳もとで何かをつぶやいた。Aさんはコクリと頷く、それをみていた同僚のスーツの女は激高した。
「頭がいかれたやつとまともに話せると思ってんじゃねーよ!!」
 その叫びに合わせて、Aさんも叫んだ。
「“気を付けて!!同じだけ!!”」
 Bさんは三本目の刃物を振り上げたが、それを振り下ろすより早く、右足に鈍い痛みを感じて崩れ落ちた。そして、同時に右顎に強い痛みを感じて、頭から壁に激突した。彼女が薄くなる意識の中見上げるとそこには巨人じみたBさんがたっていた。

 その後、警察がきて事情聴取が行われた。AさんはもはやBさんの心のまともさを確信していた。かつてこの病棟に勤めていたころ、AさんはBさんの暴走や暴力を止めたといわれているが、真相は違った。彼女は看護師からいじめをうけていて、そのいじめをした相手だけを攻撃していたのだ。Aさんはその解決策を考えた。院長に相談し、“やられただけやり返す”事を覚えさせた。その時の言葉が“同じだけ”という言葉だ。「気を付けて、同じだけ」この二つの言葉を、彼女はずっと覚えていて、きっと黒スーツの同僚の怪しさに気付き、Aさんを守るために、幻覚の話を病院内に広めたのかもしれない。

 事件がたったあと1か月後、彼女はまた幻覚患者の多い病棟に移された。彼女が望んだことだ。もともと霊感の強い彼女は、ほかの看護師と違って“幻覚がウソとわかること”より“幻覚が本当だとわかること”の方が怖かった。なぜなら時折患者たちは、幽霊としか言えないものの影を見ることがあったのだから。

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