ホラー短編集

ショー・ケン

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雨漏り

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 その部屋に入ったのは、安い家がよかったというのが理由だった。そこそこいい会社に勤めるA子さんは、最近疲れがたまっていて、安い一軒家を探していた。お金はほとんど遊びに使うこともないし、もともと家が裕福なのもあって即決。もし気に入らなければ、出ていくことも考えられた。

 しかし、A子さんは、その部屋で雨漏りをみつけた。その雨漏りは、まるで仕事で疲れた自分のこころにしとしとと染み渡るようだった。

 B子さんが彼女の異変に気付いたのは、それからしばらくしてだった。C男くんという男のことをよく口にするようになった。男性恐怖症で、彼氏などいたことのない彼女にしてはおかしなことだったし、折を見てその正体にせまろうとするが、彼女は具体的な事を語ろうとしなかった。

 そんな中あるとき彼女の家を訪ねるタイミングがあった。彼女も了承し、久しぶりに羽目を外して家でのもうという。しかし、その家についてB子さんは思わず絶句する。あまりにぼろい。近所の家は離れていて、騒ぎたてることはできるものの、これでは気分も上がらないように思えた。

「おじゃまします」
「入って入って」

 中に案内されると、余計に驚いた。中はこぎれいにしてあり、まるでリフォームされたすぐあとのようだった。
「あなたがリフォームしたの?」
「いいえ、そうじゃないわ、雨漏りもあるのよ、それも客室、でもあの雨漏り、私好きなのよね」
 リビングでくつろいでいるとお茶をつがれ、のんびりとする。夜中はお酒をのんで気分良く騒ごうとおもっていたが、まだ時間があった。
「ねえ、C男君ってさ」
〈ギィ〉
 部屋の奥、廊下のほうから足を踏む音が聞こえて、家鳴りがひびいた。
「あはは、雰囲気あるねえ」
 そういうと、A子さんはこんな話を始めた。
「この家ね、事故物件らしいの、私そういうのどうでもよかったし安かったから買ったんだけどさ、ここではおじさんと、少年が暮らしていたらしいんだ」
「え?ちょ、ちょっとやめてよ」
 A子さんは顔を上げてにっこりとほほ笑む。
「冗談よ、冗談」

 しかし、酔いつぶれたその日の深夜の事だった。話し声がきこえてB子さんが体を起こすと。A子さんがだれかと話している。
「そうなんだ……彼女が……そうね、彼女は部外者だから……そうしたら、すべて終わる……私が」
 B子さんがかけつけると、風呂場の前、洗面台の前でA子さんが包丁をもって自分の首にてをあてている。一方の手にはスマホがあり、メッセージアプリにメッセージを入れている最中だったようだ。そこにはこう書かれてあった。
「私の死んだ上、屋根裏部屋に……C男さんがいる、私のせいで、寂しい彼が」
「ちょ、ちょっと!!やめてよA子!!」
「え?」
 A子さんははっとして自分の包丁を持つ手をみて、すぐにそれをとりおとした。偶然その刃は彼女を傷つけなかったものの、B子さんは心配になり、その包丁を自分のバッグにいれて、リビングでA子さんを落ち着かせた。
「私のせい、私のせい、私のせい」
「何いってるの?A子、しっかりしてよ、あなたとこの家族とは関係がないでしょ?」
「ここの事件、父親が死んで、息子も行方不明……息子さんが、C男くんだよ」
「ちょっと!!やめてよ!!A子!!」
 立ち上がったB子さんはA子さんを引きずって家をでようとする。
「早くここから離れよう、あなたは関係ない、男の子が怖いあなたに、幽霊がいたずらをしただけ」
「ううん、違うの」
 A子さんは男性のようなものすごい力で抵抗したあと、こちらをみて、笑った。そこに、少年の影が重なってみえて、思わずその手を放してしまった。
「だからよ、だから、私は、C男君といるの、償いのために、怖くないよって、そうすると、死も怖くなくなる、つらい仕事のことも忘れられる」
 B子さんは、頭をかかえたが、何もせずにはいられなかった。すぐさまA子さんに家の構造をきくと、押し入れの屋根裏につづく点検口をみつけ、奥へと押し入っていく。

 屋根裏に入ると、思わず絶句した。ありえないものがそこにはあった。下をみると多分、雨漏りする位置にそれはあった。天井が腐り、苔むしている。ネズミの死骸があり、その中央に恐ろしいものがあった。
「うそでしょ……ありえない」
 少年らしきものの、白骨化したからだ。慌ててA子さんはその場をあとにする。彼女の頭はパニックでうめつくされる。ありえない。事件があったのはずいぶん昔のはず。これまで見つからなかったの?

 屋根裏から降りると、押し入れのドアの前にA子さんがたっていた。彼女は、棒立ちになり、にやにやと笑っている。
「ねえ、早く離れよう」
「離れない」
「どうして?彼は幽霊だよ」
「知ってるわよ、幽霊だって」
「え!?」
 その時、彼女の後ろに身なりがぼろぼろの子供の姿をみたきがして、すぐさま廊下から玄関へ走った、すぐに家をでようとした、けれど、ふみとどまった。A子さんをおきざりにはできない。A子さんは、廊下にでてきた。
「ねえ、この家すぐにでたほうがいいよ」
「そうもいかないよ」
「どうして?あなたが心配することじゃない!!ここにいた人がどうなったなんて、」
「関係あるよ、C男君がおしえてくれたの、彼のお父さん痴漢冤罪を苦にして自分で命を絶ったんだって、覚えてるでしょ?B子、高校生のころ」
 B子さんは絶句する。そうだ。B子さんは学生時代一度だけ痴漢にあい、その時のことをトラウマにして、男性恐怖症が悪化したのだと。
「あの事は、痴漢はウソをつくものだって思い続けてきたけど、でも冤罪の話をみて、そうかもしれないという思いはあった、どちらにせよ、彼はしんだのよ、それに巻き込まれて、C男さんは死んだの」
 C男という子、少年の影が、A子さんの後ろから姿をみせた。ひょっこりと斜めに顔を出すそのしぐさは、少年そのものの姿だった。B子さんは恐ろしくなったが、しかしC男くんが、何か口を動かしているのをみて、家の中にはいって、A子さんの手を握った。
「あなたのせいじゃない、だってそうでしょ?みてよ、C男君のあざ……」
 C男君は、体のあちこちに痣があり、B子さんはそれを指さすと、A子さんははっとした。
「そんな、まさか」
「あなたが罪の意識を持つ事なんてないの、この家族のこととは、関係がないんだから」
 A子さんの体がかるくなって、B子さんは彼女を引っ張るようにして玄関へむかった。B子さんはすぐわきをみると、リビングにつながるところから、男がこちらをにらみつけているのがわかった、ここにしばりつけていたのは、きっと彼だ、そしてC男君は、A子さんがここからでることそれを望んでいる、それを証明するように、玄関から二人がでるとき、彼は手を振っていた。

 その一週間後、カフェで一緒に向かいあうA子さんとB子さん。件の家は、警察の調べが入り、C男君は衰弱死が判明する。警察の調べが入り終わった後に家にはいりこみ、虐待されたことによる怯えから、ウっとそこに隠れていたのだろうということだった。

「救いがないね」
 つぶやくBさんに、A子さんはいった。
「ううん、C男君は私とずっと一緒にいて、気づかせてくれるから」
 B子さんは、寒気が走った。彼女の後ろから、C男君がのぞくようなイメージが走った。B子さんは立ち上がった。
「ちょっと、どういうこと!?今もとりつかれているの?お祓いいこうよ」
 A子さんは、落ち着いたように胸に手を当ててまるで女神のように美しい微笑みを浮かべた。
「そうじゃない、比喩よ、男性だからって、加害性のある人間ばかりじゃない、おびえてたら、前にすすめない、私、彼氏ができたの、C男君の分まで、いい男性のいいところを見て、立派に生きようと思って」
 B子さんは、おちついて着席すると、窓の外を見てつぶやく。
「そう、そうだね……偏見なんて、妄想にも似てる」




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