ホラー短編集

ショー・ケン

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学びの駅

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 弁護士事務所の傍らで、事務員が弁護士と話しをしている。珍しく暇な時間ができ、新人の女性事務員Bさんは依頼やらなにやらの話をしていたが、いつも真面目な弁護士Aさんがのんびりしているのが珍しく、ふと気になったことを尋ねた。
「先生はどうして弁護士に?」
「ああ、そんな事か」
「ええ?そんな事って、気になりますよ、尋常じゃない努力が必要でしょうし」
「まあ、そうかなあ、そうかもなあ……あれは、ちょうど学生時代、中学生のころだったかな」
 
 そのころAさんは毎日起きている間中ずっと勉強に明け暮れていた。将来の事を思えば当然だが、そのAさんを駆り立てていたのは家庭環境だという。飲んだくれの株心を病んでいる投資家の父。安いパートでおしゃれにばかり気を遣う母。自分の居場所がどこにもない感じがした。それにそのころ親友の家が、父と母が自殺したということで、なんだか憂鬱になってしまっていた。

 通学中、親友は落ち込んでいて、勉強中のAさんにずっと話しかけてくる。
「もし、誰かが飛び込んだらどうする?自分の命か、それとも人の命か」
「人を助けることの方が優先だよ、だってそのために大人になるんじゃないか」
「本当にそうかな……大人になる過程に、人を優先してまともな大人になれるのかい?」
「……」
 親友は青い顔をして、自分と同じように参考書や教科書に目を通しているが、心ここにあらずといった様子。おまけに同じ学校の人間は親友のことをじろじろと見てくる。
「そっとしておいてやればいいのに」
 とポツリ話すこともあったが、親友はこんなことをいった。
「お前こそ」
 しかし、死にそうな人をほっておくわけにもいかない。

 家に帰ると親父がおびえている。別に何にってわけじゃない。昔親友に騙されてお金をふんだくられ。借金までとられたようで。それから毎日ひどく憂鬱らしい。母親はどこかに遊びに出かけている。仕方なくAさんが食事をつくりながら、勉強をしていた。夕暮れが奇妙な紫がかった色をしている妙な日だった。父親もいつもは部屋にいるのに、その日ばかりはそこにいて、夕食をつくっていると、こんな事をいう。
「なあ、お前は、助けるべき人間と助けるべきでない人間がわかるか?」
「え?」
「医者になるっていってたじゃないか、お前には選択できるか?誰を助けるかって」
「いや……」
 そのころすでに弁護士になることさえ視野にあった彼にとっては、そんな事はどうでもよかった。善悪の判断などというものは、そのころの世間と、裁判官が決めることだ。
「別に、それは深く考えることじゃないんじゃない?」
「いいや、助かろうとしない人間を助けてはいけない、彼らは悪人と同じように自分の事を見下しているから、人を巻き込む人の“目”はそうなっている」

 忙しい日々が過ぎ、後輩の女子に告白されたりもしたがことわり、教室に戻ると、もともと浮いていたために噂になったが無視をする。もともと人付き合いをしない彼は、同級生から浮いて、ハブられていた。それもどうでもいい、将来仕事につき、程よい暮らしができること、平穏を手に入れること、それさえできればいい。深夜まで勉強すると眠りについた。

 その翌日も通学途中移動の間にも目を通す。自分が空っぽになっていくような感覚の中で、それでも知識とは戦いだという考えのもとに、無理やり知識をため込んでいった。両親のようにはなりたくなかった。家に帰れば、母親が鬱の父親をどなりちらかし、父は無理やり体を動かし、株取引に熱中する。
「稼ぎは普通にあったけど……家庭崩壊、その方がつらい、ただ……脳裏に親友の言葉が繰り返しうかんできた、受験競争も競争じゃないか、大人になればそこに放り込まれて、嫌でも他人と戦わなきゃいけない」

 ふと、勘のいいBさんが尋ねる。
「もしかして、Aさん、飛び込みするつもりだったんですか?」
「あるいは、そうかもしれないな、ただ」
 Aさんは天井をみて、そこに埃でも浮いていたのか、掴むしぐさをしたと同時に
「あのサラリーマンの飛び降りは忘れられないなあ」
「その日に飛び込みをみた?」
「ああ、そうだ、やさしそうなサラリーマンでさ、親友がよこにきていうんだ“今助けに行かなきゃ、大人になって後悔するよ”」
 そうか、とBさんは思う。そこで助けて感謝されて、そのサラリーマンがいい人だったのだろう。弁護士か医者か、そこで決めたのではないかと。
「舌打ちがしたんだ」
「え?どこで?」
「前から、親友のもので、少し前か同時くらいに後ろから大声で誰かが叫んだ“目を見るな!!”ってな、その後電車が通り過ぎて、後ろを振り向いて驚いたよ、知らない親父が俺の目を塞いだんだ」
「え?それでどうなったの?結局見捨てて?」
「見捨てたよ、血しぶきもなにもあったもんじゃない」
「サラリーマンは助かったんじゃ?だめだったの?」
「いいや……よく聞いてくれ」
 ため息をつくと、彼は椅子を引いて話しを続ける。
「与太話かもしれねえ、電車が通りすぎても、体が半分すけたサラリーマンと学生が線路にいた、学生は、親友だ、サラリーマンはこっちをむいていやな笑いをしてた、そして、親友はこっちをむいていやな顔をしていて、やはり親友が舌打ちの犯人だって気づいた、見ず知らずのおじさんは俺の頬を叩いた、“お前、見えるのか!!だが見ちゃいけねえ!!悪い目をする人間の眼をじっと見返しちゃいけねえ!”頬を殴られてようやく気付いた……おかしな話だが、そもそも俺には親友なんていなかった、1週間前に飛び込みがあって、それが学生だったんだが、その日からなぜか俺は俺に親友がいるって思いこんでたんだ、家にかえったらあんだけ嫌いだった母親になきついたよ、そしたら母親はなぜかやさしくなってさ、今まで溜まってた不安や苦痛をすべて吐き出したら、なんだかんだ、今ではずいぶん仲良くなったさ」
「ふうん、そうかあ、でもどうしてそれが先生を前に進む材料になったんです?」
「まあ、ちょうど大人と子供の境目だったからなあ、どんな大人になるべきかって、周囲に見本がいなかったんだ、だがあれ以来、私の心は一つの事に集約された、死後にまで人を恨んでだますような人間にならないようにしよう、ってな」
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