ホラー短編集

ショー・ケン

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妻の怨霊

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 はじめはただの出来心だった。厳格な母親だったが、同じようにしっかりものの妻。同居もはじめはうまくいったが、些細なことでもめはじめて、二人の間をとりもち、うまくやるも、うまくやるたびにストレスをため、妻に小言をいわれるようになった。
「あなたがもっとはっきりしないと」
 だが母はある持病に侵されており、先が心配な体だったため、別離して暮らすことも不可能に思えた。

 いつの間にか、顔を見るたびに妻はため息、彼は舌打ちをするような険悪な仲になっていた。それは、あの出来事がおこる間際まで続いた。それが心残りだった。

 嫁姑のストレスをぶつけられ、心の行き場がなくなり、様々なギャンブルに手を出した。一人でいる時間が長くなり、それでもなんとか二人の間をとりもった。母が病で亡くなってからも彼は、そのギャンブルをやめられなくなっていた。

 子供ができて、ギャンブルをやめようとしてもやめられず、夫婦関係は些細なそのきっかけで冷え切っていた。お互いためていた感情をうまく吐き出すことができなくなっていた。お互い顔を見ると不機嫌になってしまうのだ。

 そんな時、妻は大病を患い、人が変わったように優しくなった。だが、お見舞いに行くたびに彼は妻と目をそらしていた。きっと自分を恨んでいるに違いない。子供が一人うまれて、その面倒をまかせきりにしていたからだ。まだ小学校にすら上がってない子供、その面倒を見られるのか、という圧すら感じた。

 彼女はいつもノートをとっているようだった。漢字のノートであり、外国人である彼には、それがどんなものかわからなかった。彼の国でその字は、ほとんど呪いに使われるものである。呪い―呪われても仕方がないと思う。だからそのノートをしたためたといわれて、死の間際に妻からわたされた大きな箱は、決して開けることができなかった。

 やがて妻は、賢明な介護や治療も効果なくなくなった。

 妻がなくなってからも彼は必死で働いた。受注できる仕事をふやして、深夜までパソコンをうった。プログラミングの能力はあったから苦はなかった。何としてでも息子をうまく育てなければいけない。きっと妻も、そうでなければ浮かばれないだろう。

 時折家鳴りやラップ音、触れていないはずのグラスが動いている形跡がある。これは妻の監視なのだろう。必死にはたらいていたが、それでもまだ足りないと仕事をうけた。

 これ以上の苦痛や絶望には耐えきれない。なぜなら、妻がなくなってはじめて、あれほど愛することができる人間はもう二度と存在しえないと自覚したからだ。

 深夜仕事をしていると妻の気配が感じられる気がした。

 異変は、それから2か月ほどたったあとだった。夜中に息子が突然おきだして、
「誰かいる、誰かいる」
 というのだ。それは2週間ほど続いて、病院にもみせにいったが異常はないという、もっと大きな病院を予約して、その翌日だった。
「ママがいる、ママがいる!!」
 と、夜中泣き出すようになったのだ。ふと考えた。彼女と親をまつる仏壇が目に入った。彼は寂しさから、それを一室に設けており、時折考え事をするとき、その部屋の中をぐるぐると回ることがあった。そのためふすまは半分あけっぱなし、それに夜中にトイレにいくとき、必ず部屋の前を通る。
「もしかして、うるさいのかも?」
 そう思って、今まで以上にお供えをする。もしかして、と思って妻と母の遺影を距離を話してみる。少しラップ音や、子供が泣くことが少なくなったような気もした。

 それでも、そんなのはただの気持ち程度の気休めにしかならなかった。数週間もすると、家の怪奇現象はひどくなる。物は落ちるは、足音が響くわ、一軒家にもかかわらずである。

 息子は、怖いから眠れないといいだすし、しまいには自分のそばで眠るものの、寝ながら母におびえている。これには、彼もまいってしまった。もし本当に妻の霊ならいったい何が不満だというのだろう。こんなに必死ではたらいて、息子にもおいしい食事を用意して、つてもなく、ほとんど関わりがなかった学生時代の“霊能者の娘”を頼った。

「金はあまりだせないが……」
「いいよ、あなたが完全に解決できたと思ったらあなたの思う報酬をちょうだい、それだけでいいから」

 その友人は、ひどく派手だが目にクマができていた。
「継ぐつもりはなかったんだけどねえ、拝み屋の仕事」
 といいながら、家にあがると、すぐに彼女はいった。
「悪霊じゃ……ないねえ」
 家中を物色し、彼の寝室をみるといった。
「ねえ、亡くなった奥さんって、あなたに何かをわたさなかった?」
「い、いや……」
 頭が混乱していたのもあり、半信半疑の気持ちもあった。そもそもその時すでに妻からの“贈り物”を忘れていたのかもしれない。
「まあいいか……」
 友人はいう
「別々の部屋で寝ていたんだね、きっと、お母さんが原因で」
「……」
 そこで、信用してもいいかもしれないと思いはじめた。“残留思念”を汲み取るためといって、しばらく一緒にすごして、息子と遊んだり昔話をしたあとに、ふと気づくと、友人はぐっすりテーブルに寝ていた。
(まあ、こういうのもひさびさでいいか)
 とおもったら、なんだか笑えてきて、体の力がつきたように、彼もへたり込んでねむっていた。

 それから、夢か現実かわからないが、突然友人が体を起こすと、彼の名前をよび、彼の頬に触れた。それはちょうど、生前妻がよくやっていたしぐさだった。まだ、初々しいカップルだったときのことだ。

「あなた、あれをあけて」
「あれ?」
「箱よ……それを見ればすべてわかる、もう、深夜まで無理をしないでね」

 きっと彼女に妻が乗り移ったのだろう、そう解釈して、その言葉が心の奥底にのこった。

《ガバッ!!》
 どれほどねていただろう。自分はテーブルに突っ伏して寝ていたようだ。すでに時計は夜12時をむかえていた。息子はすでに、部屋で熟睡している。友人も相変わらず、自分と同じく机につっぷして対面にねていた。

 すぐに彼は“贈り物”を思い出した。寝室に向かい箱を手に取り、中をあけた。ノートがびっしりあり、もうひとつ、ボイスレコーダーがあった。
彼はそれを手に取り、再生する。
「あなた、無理しないでね、ノートを全部取りだしたら、私の気持ちをうけとって」
 ボイスレコーダーにはそれだけ、そして、ノートは、彼の母国語で日記とかかれ、それにはほとんど意味がないことをしった。

 そこには、通帳があった。彼がギャンブルをしていたとき、ひどく彼女はつめたかった。家計がつらいとばかりいっていた。その時別段彼女はおしゃれなどしておらず、化粧もほとんど薄いものばかりで、服も買いかえることもまれだったが、きっとずっと我慢してこれをためていたのだろう。

 彼女は、通帳の大金の額をみて、涙を流した。泣いてへたり込んでいると、友人は彼の肩をたたいた。
「あなたの奥さんの思いがわかった、ずっとあなたと、また仲良くやりたいとおもってた、共働きできっと自分がなくなったら、苦労するとおもっていたようだけど、あなたはきっとギャンブルをやめるし、一人で無理をしないでほしい、そう思っていた、その感情はつたわってきたわ」
 そういうと、友人はその場をあとにしたのだった。








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