ホラー短編集

ショー・ケン

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死臭

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 Aさんがにおいに敏感になったのは、とある時期からだった。女性だがもともとにおいに関しては鷹揚なほうで、別段こだわりもなかったのだが、会社の同僚がくれたアロマキャンドルが気に入ったときから変化が起こり始めた。

「なんか、臭い」

 電車ですれ違う人の中に、悪臭を放つ人がいるのが気になり始めたのだ。それまで気にしていなかったのに、ひどく気になる。それでも通勤時くらいのことで、気に病むことはなかった。

数週間後に職場で異変が生じた。職場でも悪臭を感じ始めたのだ。しばらくはその原因がつきとめられなかったが、二つ隣の席の先輩社員だとわかった。あまり関わりがないし、普段物静かだし、きにしないようにしていたが、ある理由があって、だんだんにおいに耐えられなくなってきた。

そこで、それとなくプレゼントを渡すことにした。人気の香水でもしかしたらこれで変わるかもとおもった。彼は快くプレゼントを受け入れてくれた。それで少しにおいが収まってきたので安心していたときだった。

彼が自殺した。突然のことだったが、ある日仕事終わりに、あるビルにしのびこみ屋上から飛び降りたのだという。

人の死はショックなもので、Aさんは友人のBさんに近頃のことを相談した。友人は少し霊感がある人で、Aさんを見るなりいろいろと察した顔になった。そして彼女が自分のせいで亡くなったのではないかと気にしていると彼女はいった。
「いいえ、違うわ、たぶんあなたは死臭を嗅いだのよ……」
そういわれて、ふと思い当たるふしがあったのだ。同僚などに最近においがきついとそれとなく相談したことがあったのだが、だれも同意はしなかった。むしろ、亡くなった方からはいい匂いがするという人もいたのだ。それに、そう、彼女が彼の匂いを気にしていたのはわけがあった、通勤時に嗅ぐにおいと、なくなった方からかぐ匂いがあまりにも似ていたのだ。

すこし、Bさんにいわれて気持ちが軽くなった彼女は、再び仕事に打ち込むようになった。だがまたしばらくして、友人Bと別の友人Cと一緒にあそんでいたとき、ふとまたあの匂いを感じた。気づかれないようにCに鼻をちかづけてみると、明らかにその匂いだ。

Bもいたことだし思い切ってたずねてみた。
「もしかしたら、死臭がするかも、あなた最近、死にたいと思ったことはない?」
亡くなった男性のこともあり、思わずそう聞いてしまうと
「ばかなこといわないでよ、そんなわけないよ」
それからもしつこく聞いてしまったので、見かねたBが
「A、こまってるからそのくらいにして、うーんそうね……私もちょっときになっていたけど、腹部に違和感があるからちょっと病院にいってみるといいかも」
 そういわれてCは納得して、しばらくして病院に、そこで早期のがんが発見された。幸い、早期のおかげで、すぐに手術して大事にはいたらなかったが、Aさんはそこでぴんときた。

人の情報なので、あまり詳しく聞くことはしたくなかったが、上司にかけあって、亡くなった社員の自殺の原因について詳しくきいてみたのだ。これまでの経緯を説明すると上司は、絶対人に言うなと念押ししたうえで、しぶしぶおしえてくれた。
「彼は重いがんだったらしい」
 それをきいて、Aさんは納得した。自分のこれは死臭を嗅ぐ能力というより、病気を嗅ぐ能力なのだと、それからは通勤でも何でもかまわず、においをしたときには、できるだけ人に怪しまれないように声をかけたりしているのだという。



















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