岬ノ村の因習

めにははを

文字の大きさ
上 下
97 / 100

第97話 学び

しおりを挟む
 佐伯は遅々とした足取りで麓を目指していた。
 疲労と眠気で頭が回らず、たまに倒れそうになる。
 それでも必死に意識を繋ぎ留め、一歩ずつ着実に進んでいた。

「村人が来たら全力で逃げる。村人が来たら……」

 佐伯は呪文のように繰り返す。
 今の彼女が逃げるのは体力的に厳しいが、不安や焦りはなかった。
 むしろ彼女はぎらついた眼差しをしている。
 手には石と枝を握り、いつでもそれらを振るえるように意識していた。
 言葉とは裏腹に、状況次第で殺し合うことも辞さない心構えだった。

 岬ノ村に関わったことで、佐伯は様々な人間を目にしてきた。
 彼らの大部分は狂気じみた行動を取っていた。
 佐伯は名前も素性も分からない者達に感化され、不可逆の変貌を遂げた。
 その変貌がなければここまで生き延びられなかったので、彼女自身に後悔はない。
 平気で人を殺せるようになった自分を褒めたいとまで考えていた。

「村人が来たら全力で逃げる。村人が来たら……」

 道に死体が落ちている。
 村人と警官の死体だ。
 佐伯は包丁と拳銃を拾うとまた進む。
 もはやこの程度の光景では欠片の動揺さえなかった。

「村人が来たら全力で逃げる。村人が来たら……」

 周囲の木々は炎に包まれている。
 もはや一刻の猶予もなかった。
 佐伯は最後の力を振り絞って急ぎ、ついには麓まで戻ってくる。

 森を抜けた先には血みどろの光景が広がっていた。
 ブルーシートに隠された死体がそこかしこに並べられている。
 大勢の警官達が険しい面持ちで現場の処理を行っていた。
 彼らは佐伯に気付くと、大慌てで保護した。
 そのままパトカーへと案内される。

 武器を渡すように言われたが、佐伯は頑なに拒んだ。
 また何か予想外の不運により窮地に陥るかもしれないと思ったからだ。
 二度に渡って希望を踏み躙られたことで、佐伯はひどく用心深くなっていた。

 パトカーに向かう間、大量のフラッシュが焚かれる。
 殺到する報道陣が立ち入り禁止のテープ越しに佐伯を撮っていた。
 大声で何事かを質問をしている。

 報道陣に対し、佐伯は無反応を貫いた。
 もう何かアクションを起こすことが面倒くさかったのだ。
 向けられるカメラに一瞥もくれず、彼女はパトカーの後部座席に乗り込む。
 パトカーが発進した直後、佐伯はふと気になって尋ねる。

「こういう時ってまずは救急車に乗るんじゃないですか」

「救急車は怪我人の搬送に追われています。想像以上の犠牲が出ていまして……申し訳ないです」

「大丈夫ですよ。あたしは軽傷なんで平気です」

 佐伯の受け答えに車内の警官は目を丸くした。
 困惑する警官をよそに、佐伯は座席にもたれかかって目を閉じる。

(本当に、終わったんだ……)

 緊張の糸が切れたのか、佐伯はすぐに気を失った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】世界で一番愛しい人

BL / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:584

黒く嗤う

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:42

堕ちた御子姫は帝国に囚われる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,203pt お気に入り:341

遠い土地に奪われた王子の話~望郷~

BL / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:734

日ノ本国秘聞 愛玩

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:29

因習蔓延る大亀頭沼村!

BL / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:30

【完結】かつて勇者だった者

BL / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:346

【完結】愛する人にはいつだって捨てられる運命だから

BL / 完結 24h.ポイント:1,171pt お気に入り:2,411

【R18】僕のお姫様

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:284pt お気に入り:113

処理中です...