岬ノ村の因習

第84話 不死身の峠

　傷だらけの村長が山道を駆け下りていく。
　彼は一歩ごとに命がこぼれる感覚に苛まれていた。
　死の気配がひたひたと迫ってくるのを感じている。

　しかし、村長に恐れはなかった。
　激烈な怒りと殺意が些細な感情を塗り潰し、死にかけの肉体を衝き動かしていた。
　村長は血反吐を垂らして獣のように唸る。

「皆殺しじゃ……誰一人、生きては……帰さぬ……」

　ぼやけた視界に有栖川の背中が映る。
　彼女は泣き喚く村人をチェーンソーで解体しているところだった。
　村長は全力疾走で背後から飛びかかる。

「死ねいッ！」

　折れて短くなった仕込み杖が、有栖川の胴体を貫通した。
　有栖川は振り向きざまにチェーンソーを振るう。
　村長は咄嗟に身を反らした。
　ところが高速回転する刃は衣服を巻き込み、皮膚を切り裂いて肋骨を削った。

「ばぁ、はっ！？」

　猛烈な痛みに村長は飛び退く。
　ぱっくりと開いた傷からはあまり血が出てこない。
　体内に流れ出すほど血液が残っていないのだ。

　一方、有栖川はゆっくりとチェーンソーを構え直す。
　破れたペストマスクからは狂気に染まった目が覗いていた。
　胴体に仕込み杖が刺さったままとなっている。
　その異様な姿を村長は訝しむ。

（この女……痛みを感じとらんのか？）

　有栖川はチェーンソーを振りかぶって村長に突進する。
　村長はなんとか攻撃を躱してすれ違った。
　その際、仕込み杖を引き抜いて有栖川を斬りつける。

　有栖川は気にせず反撃に移った。
　横殴りのチェーンソーが村長の頭部を掠めて抉る。
　頭蓋に走る衝撃に顔を顰めつつ、村長は尚も仕込み杖を振るう。

　そこから壮絶な殺し合いが始まった。
　村長はチェーンソーを紙一重で避けながら仕込み杖で斬りかかる。

　対する有栖川は何度斬られようと、圧倒的なタフネスに任せて反撃を繰り出す。
　大振りの攻撃はあまり当たらないが、満身創痍の村長にとってはあまりにも脅威だった。
　強引に割り込んでくるチェーンソーが、村長の人体を少しずつ削り飛ばしていく。

「ええい、さっさと！　くたばれっ！」

　仕込み杖による必殺の連続突きが放たれた。
　刃が有栖川の喉を穿ち、片目を刺し、心臓を打ち抜く。
　後ずさる有栖川はそれでも倒れず、頭上にチェーンソーを掲げた。
　村長は避けようとして、足腰が痺れて動かないことに気付く。
　村長は背筋が凍りつく感覚に襲われた。

（――これは避けられん）

　村長が死を覚悟したその時、村の方角から陽気な声が聞こえてきた。

「おーい！　そこのお二人さーん！」

　猛速で突っ込んでくるのは殺戮装甲車"方舟"だった。
　運転席のリクが笑顔で手を振っている。

　方舟は有栖川と村長のそばを一瞬で通り過ぎた。
　刹那、車体後部のコンテナの側面から何かが射出されて村長の腹を貫く。

　それはワイヤー付きの銛だった。
　銛の返しが村長の胴体に食い込み、凄まじい力で引っ張る。
　走り去る方舟に釣られる形で、村長は宙を舞った。

「ぬがっ」

　方舟は村長を引きずりながら走り去る。
　置き去りにされた有栖川は、間もなく喉から血を噴いて倒れた。