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第39話 誰が死んだのか
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しばらく泣いていた平野だが、死体を床に置いて立ち上がる。
彼は部屋の中の洗面台の前に行き、曇った鏡を見つめた。
最初、平野はそれが自分の顔だと分からなかった。
鏡に映るのが血みどろの醜い怪物だったからだ。
平野は映画の特殊メイクのようだと思った。
元は黒かった髪は過度のストレスで白くなっている。
血だらけの顔は、長時間の拷問による裂傷や火傷が目立つ。
目の周りは青黒く腫れていた。
口を開けると、歯が何本も欠けている。
舌が蛇のように割れていた。
堤田が刃物で切り裂いたのである。
顔以外も悲惨な状態で、まず手足の爪はすべて剥がされていた。
それどころか指自体がいくつか欠損している。
ヤスリで削ったような痕もあり、もはや原形を留めていなかった。
呼吸のたびに激痛が走るのは骨か内臓……或いはその両方を損傷しているためだろう。
ただ立っているだけでも猛烈な苦痛が絶えず全身を襲ってくる。
それにも関わらず、平野は変わり果てた己の姿を無言で眺めていた。
幸運にも無事だった両目は、先ほどまでとは異なる光を帯びている。
「あ。あー、あー」
平野は何かを確かめるように発声しながら蛇口をひねる。
彼は出てきた水を手ですくって顔を洗い始めた。
手足の汚れもしっかり擦って落としていく。
傷が開いて新たに出血するも、こびり付いた分は無くなっていた。
平野は床に置かれたウイスキーに目を付ける。
それは堤田が拷問の合間に飲んでいたものだった。
平野はウイスキーを掲げると、頭上から無造作にかける。
凄まじい痛みにも平野は顔色一つ変えない。
彼の脳裏ではミヒロの声が反響していた。
『君は死んで私は生き残る』
消毒を終えた平野は、拷問道具からはんだごてを選び取った。
十分に加熱し、躊躇なく腕の傷を焼き固める。
白煙が上がって肉の焦げる臭いがしても、平野は平然としている。
拷問を経たことで、並大抵の苦痛には動じなくなっていた。
「死んだのは僕だ。ミヒロさんじゃない」
平野は他の傷も順に焼き固める。
何度か加減を誤って皮膚が炭化しているが、やはり彼は気にしない。
今は出血を止めるのが最優先だった。
大きめの傷は同じく拷問道具のホッチキスで綴じる。
平野は顔にも遠慮なく使った。
はんだごてで焼き固めるより遥かに痛みは少なかった。
乱雑な処置で頬が不自然に吊り上がり、常に不気味な笑みを浮かべている。
『この感覚……忘れないようにしないとね。二人だけの思い出だよ』
荒療治を済ませた平野は、最後にミヒロの私物を漁る。
手に取ったのはメイク道具だった。
火傷とホッチキスの針だらけの顔に白粉を塗りたくって染めていく。
「僕は役者……演じるんだ」
口も塗ろうとするが、既に血で真っ赤だったので手は加えない。
仕上げに白髪を掻き上げて、出しっぱなしだった水を止める。
鏡の中には、引き攣った笑みのピエロがいた。
平野は「にひっ」と笑った。
彼は部屋の中の洗面台の前に行き、曇った鏡を見つめた。
最初、平野はそれが自分の顔だと分からなかった。
鏡に映るのが血みどろの醜い怪物だったからだ。
平野は映画の特殊メイクのようだと思った。
元は黒かった髪は過度のストレスで白くなっている。
血だらけの顔は、長時間の拷問による裂傷や火傷が目立つ。
目の周りは青黒く腫れていた。
口を開けると、歯が何本も欠けている。
舌が蛇のように割れていた。
堤田が刃物で切り裂いたのである。
顔以外も悲惨な状態で、まず手足の爪はすべて剥がされていた。
それどころか指自体がいくつか欠損している。
ヤスリで削ったような痕もあり、もはや原形を留めていなかった。
呼吸のたびに激痛が走るのは骨か内臓……或いはその両方を損傷しているためだろう。
ただ立っているだけでも猛烈な苦痛が絶えず全身を襲ってくる。
それにも関わらず、平野は変わり果てた己の姿を無言で眺めていた。
幸運にも無事だった両目は、先ほどまでとは異なる光を帯びている。
「あ。あー、あー」
平野は何かを確かめるように発声しながら蛇口をひねる。
彼は出てきた水を手ですくって顔を洗い始めた。
手足の汚れもしっかり擦って落としていく。
傷が開いて新たに出血するも、こびり付いた分は無くなっていた。
平野は床に置かれたウイスキーに目を付ける。
それは堤田が拷問の合間に飲んでいたものだった。
平野はウイスキーを掲げると、頭上から無造作にかける。
凄まじい痛みにも平野は顔色一つ変えない。
彼の脳裏ではミヒロの声が反響していた。
『君は死んで私は生き残る』
消毒を終えた平野は、拷問道具からはんだごてを選び取った。
十分に加熱し、躊躇なく腕の傷を焼き固める。
白煙が上がって肉の焦げる臭いがしても、平野は平然としている。
拷問を経たことで、並大抵の苦痛には動じなくなっていた。
「死んだのは僕だ。ミヒロさんじゃない」
平野は他の傷も順に焼き固める。
何度か加減を誤って皮膚が炭化しているが、やはり彼は気にしない。
今は出血を止めるのが最優先だった。
大きめの傷は同じく拷問道具のホッチキスで綴じる。
平野は顔にも遠慮なく使った。
はんだごてで焼き固めるより遥かに痛みは少なかった。
乱雑な処置で頬が不自然に吊り上がり、常に不気味な笑みを浮かべている。
『この感覚……忘れないようにしないとね。二人だけの思い出だよ』
荒療治を済ませた平野は、最後にミヒロの私物を漁る。
手に取ったのはメイク道具だった。
火傷とホッチキスの針だらけの顔に白粉を塗りたくって染めていく。
「僕は役者……演じるんだ」
口も塗ろうとするが、既に血で真っ赤だったので手は加えない。
仕上げに白髪を掻き上げて、出しっぱなしだった水を止める。
鏡の中には、引き攣った笑みのピエロがいた。
平野は「にひっ」と笑った。
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