岬ノ村の因習

めにははを

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第17話 覚悟を決めた者達

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 伊達がじっと机を見つめる。
 自然と組んだ手は小さく震えていた。
 恐怖ではなく、怒りだった。

「村に閉じ込められて狂気じみた祭事に加担しなければならない。逃げることは許されず、些細な失敗で殺されかねない。そのような環境に感謝し、順応できるほど私は器用ではありませんでした」

「……大変ね」

「ええ、死ぬほど苦労しました。いっそストックホルム症候群になれたら楽だったのですが」

 伊達は本音か冗談か分からないことを言う。
 佐伯は笑うこともできず、ただ眉間に皺を寄せた。
 自分が同じ状況で正気を保つことができるか、彼女には自信がなかった。
 伊達がまだ正気であるかはともかく、それが地獄に等しい環境なのは間違いない。

 伊達は床に置かれた段ボール箱を抱えて机に乗せる。
 湿った表面は所々が破れていた。
 上部はガムテープで厳重に閉じられている。

「これは?」

「過去の犠牲者の遺品や骨です。彼らの目を盗んで集めました」

 伊達がガムテープを剥がして中身を見せる。
 そこには財布や免許証、血の付いた衣服に加えて、割れた無数の骨が入っていた。
 手足以外にも頭蓋骨が丸ごと収められており、佐伯は椅子から転げ落ちそうになる。
 伊達は段ボール箱を持って頼む。

「これらの証拠を持って村を脱出してください。写真を撮ってネットにアップロードするのもいいでしょう。警察にも相談してほしいのですが、必ず市外まで移動してください。最寄りの駐在は村の人間なので頼ってはいけません」

「どうして自分でやらないの。それこそネットなんてすぐに使えるでしょ。危険なことはしたくないとか?」

「この村ではあらゆる電子機器の所持を禁じられています。村の外に行く時のみ許可されますが、それも場合によりますね。犠牲者のスマホもすぐに破壊されるので調達が困難なのです」

 遺品の中にはスマートフォンや携帯電話があるが、いずれも破壊されていた。
 真っ二つに折られていたり、高熱で焼けていたりと、とても使える状態ではない。
 村の所業が外部に漏れないないための処置だった。

「監視の目も厳しく、私は今まで山から出ることができませんでした。こうして動いた時点で裏切りは察知されたでしょう」

 そう語る伊達に焦りはない。
 既に覚悟が決まっているのか、落ち着き払った様子だった。
 目だけが彼の激烈な怒りを主張している。
 伊達は前のめりになって告げる。

「佐伯さん。あなたが逃げ出せたのは千載一遇のチャンスです。ようやく奴らの悪行を告発できる。岬ノ村を滅ぼしてください」

「…………」

「私は死が恐ろしくありません。しかし、奴らを野放しにして朽ち果てたくない。道連れにするために今日まで生きてきました。この復讐にすべてを懸けているのです」

 伊達が佐伯に顔を寄せる。
 狂気に憑かれた人間の顔だった。
 佐伯は息を呑むも、正面から見つめ返す。
 目を逸らすつもりはなかった。
 伊達は瞬きせずに問う。

「協力してくれますか」

「どうせ選択肢なんてないんでしょ」

「はい。このままだとお互いに悲惨な死を遂げるでしょう」

 伊達の正直な予想に、佐伯は思わず苦笑する。
 不思議と絶望感は薄かった。
 彼女は立ち上がって手を差し出す。

「生き残るために力を貸して。証拠は必ず外に届けるから」

「ええ、よろしくお願いします」

 握手を交わした二人はすぐに廃屋を発つ準備を始めた。
 佐伯はショルダーバッグを借りると、そこに遺品と骨の一部に加え水と食料も入れた。
 サイドのポケットには、いつでも取り出せるように予備弾を詰める。
 剣鉈はベルトを使って腰に固定し、身のこなしに支障がないことを確かめた。
 仕上げに伊達から散弾銃の取り扱いについて習う。

「散弾は弾が散らばるので狙いが大雑把でも当たります。ただし射程が短いので注意してください。弾の装填方法は問題ありませんか」

「大丈夫。もう憶えたわ」

 佐伯は教わった通りに散弾銃の弾を装填する。
 まだぎこちないが丁寧な動作で完了させた。
 構えた姿も最初の発砲とは比較にならないほど安定している。
 この状況から生きて脱出するため、佐伯は人生最大の集中力と学習速度を発揮していた。

 伊達は廃屋から伸びる僅かな獣道を指差す。

「ここをまっすぐに下れば麓に辿り着きます。地形的に見つかりにくいですが、捜索範囲は広がっています。隠れながら進んでください」

「伊達さんは一緒に行かないの?」

「私は捕まっている他の方々の救出に向かいます。儀式を滅茶苦茶にするほど、佐伯さんが逃げ切れる可能性も上がりますからね」

「ありがとう。優しいね」

「私は目的達成に全力を尽くしているだけですよ」

 伊達は穏やかに言い、あるかないかの微笑みを覗かせる。
 そんな彼の手にはクロスボウが握られていた。

「それではお元気で」

「伊達さんもね」

 二人は別々の方向へと歩む。
 振り返ることなく進む彼らは、全身から強固な殺意を発散させていた。
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