岬ノ村の因習

第15話 加勢

　山の中腹を二人の男が歩いている。
　彼らは生贄の捜索を任された村人だった。

　一人は首にタオルを巻き、片手に剣鉈を持っている。
　麦わら帽子には古い血痕が付いていた。
　たまにタオルで汗を拭きながら目を光らせている。

　もう一人は水平二連散弾銃を所持していた。
　銃身と銃床を切り詰める改造……ソードオフと呼ばれる加工が施されている。
　射程を犠牲に至近距離での殺傷力を向上させる改造だ。
　遠距離への射撃には向かないが、木々の多い山中ではどのみち遠くの敵を狙うことができない。
　出会い頭に相手を確実に仕留めるための工夫だった。

　絶え間ない蝉の鳴き声に辟易しつつ、男達は言葉を交わす。

「男は銃を持っとるらしいぞ。しかもヤクザらしい」

「はっ、それがどうした。向こうが撃つ前にズドンじゃ」

　男が散弾銃を構えた得意げに言う。
　射撃の腕によほど自信があるらしい。

「ヤクザだろうが何だろうが岬ノ村は止められんぞ。邪魔するもんはぶち殺してくれる」

「そうじゃそうじゃ。さっさと片付けて豊穣の儀に戻らなくては」

　男達は意気揚々と山を下っていく。
　その際、死角なりそうな箇所を入念に探る。
　どこに生贄が隠されているか分からないので、ペースは気にせずしっかりと捜索していた。

「逃げた生贄じゃが、女を見つけたらどうする」

「そりゃもちろん犯すさ。えらい別嬪らしいじゃねえか。必ず俺の子を孕ませて、てっててて、っとぉ？」

　散弾銃を持つ男が奇妙な声を上げて立ち止まる。
　首筋にネイルハンマーが刺さっていた。
　鋭利な釘抜き部分が完全に埋まっている。

　ネイルハンマーを持つのは、全身が泥まみれの佐伯だった。
　端々には草や枝が張り付けられている。
　見る者が見ればそれが即席のカモフラージュであることに気付くだろう。
　佐伯は吐き捨てるように告げる。

「あんたの子なんて願い下げよ」

　佐伯がネイルハンマーを勢いよく引き抜く。
　破れた頸動脈から鮮血が噴き出し、彼女の顔を濡らしていった。
　白目を剥いた男は膝から崩れ落ちて動かなくなる。
　どくどくと流れ出す血が地面に広がっていく。

　佐伯が屈み込み、死体の手から散弾銃をひったくる。
　そして銃口をもう一人の男に向けた。

「あっ、おい！」

　佐伯が発砲し、男が真横へ跳んで転がる。
　二発同時に放たれた散弾は男を掠め、その背後の樹木を削り取った。
　地面に倒れた男は苦しそうに呻く。

「うぐぅ……痛てえよ……」

　男の片腕が抉れて筋肉と骨が露出していた。
　右耳がほとんど無くなっており、出血によって首のタオルが赤く染まっていく。
　頬の一部も欠損して歯列が覗いていた。
　それでも男は死なず、憎々しげに佐伯を睨む。

「この、糞雌がァ……ッ！」

　佐伯が散弾銃の引き金を引く。
　しかし弾は発射されない。
　彼女は焦って何度も引き金に触れた。

「な、なんで……！？」

「馬鹿め！　その銃は二発しか撃てんよ！」

　男が剣鉈を振りかぶって襲いかかる。
　斬撃が散弾銃を叩き落とした。
　佐伯がネイルハンマーで反撃を試みるも、これも剣鉈で弾き飛ばされる。

　そうして佐伯は樹木を背に追い詰められることになった。
　男は欠けた耳を庇いながら笑う。

「決めたぞ……お前さんの手足を切り倒し、ダルマにしてから犯し尽くしてやる」

「半田さん」

　静かな声と共に白衣の男が現れた。
　村長宅の会議にも参加していた男である。
　剣鉈の村人は白衣の男を一瞥すると、佐伯を指差して言う。

「伊達、生贄を見つけたぞ。捕まえるから手伝え。くれぐれも殺すなよ」

「分かりました」

　頷いた伊達は白衣の内側からクロスボウを取り出した。
　そのまま躊躇なく矢を放つ。
　発射された矢は村人の後頭部を貫いた。

「お、ぷっ」

　奇妙な声を洩らした村人は前のめりに倒れ込む。
　そして二度と起き上がることはなかった。