岬ノ村の因習

めにははを

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第12話 堕落する者達

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 田んぼに挟まれた道を一台の軽自動車が走る。
 運転するのは五十代くらいの男で野球帽を被っている。
 助手席には同年代の男が座っていた。
 男は携帯端末に怒鳴っていたが、苛立った様子で通話を終了する。
 端末をポケットに入れた男は、嘆息混じりに言う。

「生贄が二人も逃げたらしい」

「は? あいつら何やっとるんだ……」

「俺達は村に戻らず、麓までの道を見張らにゃならんそうだ」

「面倒だが仕方ねえな。万が一ってこともある」

 二人は渋い顔で愚痴り合う。
 彼らの後ろには縛られた二人の男女が横たわっていた。
 どちらも口にテープを貼られて喋れないようにされている。

 男は明るい茶髪に派手なスーツで、顔はそれなりに整っている。
 床に落ちた名刺には男の顔写真が載っていた。
 店名らしきロゴに加えて"リク"という名前も添えられている。

 女はツインテールに濃いメイクをした少女だった。
 ピンクを基調とした衣服はフリルやレースが多くあしらわれている。
 総括していわゆる地雷系と呼ばれるファションであった。

 縛られた男女はしきりに呻いている。
 女は大粒の涙を流しており、崩れたメイクがドロドロになっていた。
 絶えず聞こえてくる声が気に障ったのか、助手席の男が怒鳴る。

「うるせえな! ちっとは静かにしろ! 殺されてえのかっ」

 一喝された男女は静まる。
 女はまだすすり泣いているが、車の走行音に紛れる程度だった。
 舌打ちした助手席の男は貧乏ゆすりを始める。

「くそ、豊穣の儀の失敗は許されんぞ」

「分かっとる。生贄は必ず……」

 強い衝撃が会話を遮る。
 危うく田んぼに落ちそうになり、運転手の男は慌ててブレーキを踏んだ。
 なんとか停車した男はサイドミラーで後方を確認する。

 無灯火の黒い車が密着していた。
 四人の乗る軽自動車に明らかに追突している。
 追突によるものか、フロント部分の塗装が擦れて剥げていた。

 運転手の男はハンドルを叩いて苛立ちを露わにする。

「何じゃ!? このクソ忙しい時にッ」

「警察呼ばれると厄介じゃ。俺が話を付けてくる」

「頼んだ」

 助手席の男が車外に出る。
 男は黒い車に近寄ると、運転席の窓をコツコツと叩いた。

 乗っているのは白髪の老人だった。
 暗い無地のベストを身に着けて、じっと前を見据えている。
 両手はハンドルではなく足元に隠れており、男の位置からだと見えない。
 皺だらけの顔からは感情が読めず、どこか不気味な雰囲気を醸し出していた。

 老人の雰囲気には動じず、男は顔を近付けて凄む。

「おいこら爺。ボケとるんか。どうしてくれるんじゃ」

「……臭う」

 老人の呟きに男は首を傾げる。
 追突の件も含めて、彼は老人の痴呆を疑った。
 ますます面倒臭さを感じながらも、男は車のドアに手をかける。

「はあ? 何言っとるんじゃ。まずは」

「臭うぞ。鼻が曲がりそうな悪の臭いだ」

 老人がおもむろに両手を持ち上げる。
 その手には猟銃が握られていた。
 老人は男の口に銃を突っ込み、躊躇なく引き金を引く。

 男の頭部が爆発した。
 放たれた散弾が木っ端微塵に吹き飛ばしたのである。
 頭蓋や脳の破片が道にばら撒かれた。
 即死した男は倒れ込み、ひくひくと手足を痙攣させる。

 サイドミラーで一部始終を目撃した運転手の男は激しく困惑していた。
 予想だにしない展開に思考が固まり、ただ見守ることしかできなかった。

「え……っ」

 気が付けば老人が目の前にいた。
 猟銃が火を噴き、窓越しに散弾を叩き込む。

「ばびゅっ」

 首と胸部をずたずたに引き裂かれた男は血を吐いて死んだ。
 ぐったりとハンドルに突っ伏し、クラクションが鳴りっぱなしになる。
 真っ赤な血が座席から床へと流れていく。

 老人は車内に顔を突っ込み、カーナビの目的地を確認する。
 液晶画面に表示された地名は異なるが、山中にある家屋群は岬ノ村を指し示していた。

 次に老人は後部座席の男女を観察する。
 少しの油断も感じられない鋭すぎる視線だった。
 身動きの取れない男女はただ震えることしかできない。

 老人は車のドアを開くと、二人の口に貼られたテープを乱暴に引き剥がした。
 男は戸惑いながらも礼を言う。

「あっ、その、助けてくれて、ありがとうございます。実は俺達……」

「佐久間だ。お前達が拉致される瞬間を見た。こいつらは悪だ。だから殺した」

 猟銃を持つ老人、佐久間は低い声で述べる。
 そこに善意はなく、底無しの憎悪と殺意が込められていた。
 佐久間は男を問いただす。

「行き先について何か聞いたか」

「はっ? それはどういう」

「行き先だ。二度も言わせるな」

 佐久間に銃口を向けられた瞬間、男は仰天して飛び上がった。
 そして大声かつ早口で答える。

「こっ、これからミサキノムラって所に行くと聞きました! 何かすごい! すごい儀式をするんだって! 俺達は生贄だって言ってました! でも他の生贄が逃げたとかで」

「そうか」

 説明の途中だったが、佐久間は行動に移った。
 ポケットナイフで二人を縛る縄を切り、さっさと自分の車に戻っていく。
 そして軽自動車を追い越す形で走り去った。

 車内に取り残された二人は抱き合う。
 女は目を潤ませて男を見上げた。

「りっ君……」

「ナオ……」

 次の瞬間、二人は興奮気味に笑い始めた。
 しきりに拍手をしたかと思えば、むせ返るような血の臭いで嘔吐する。
 それでも気分は削がれず、運転席の死体をスマートフォンで撮り出す始末だった。 

「ヤバかったね! 死ぬかと思った!」

「マジでな! 本物の銃だったし! あの爺さん、殺し屋みてえな目だったな!」

 二人は頬を紅潮させて語る。
 捕まっていた時の恐怖はとっくに消え去っていた。
 地雷系ファッションの女ナオは、涙で崩れたメイクを気にしつつ尋ねる。

「それで、これからどうするの?」

「決まってんだろ」

 派手なスーツの男リクは運転席へと移動した。
 その際、邪魔な死体は車外に蹴り落とす。
 リクはエンジンを吹かして宣言した。

「ミサキノムラに行く。こんなに面白そうなチャンスは逃がせねえよ……!」

「いいね、いいね! それって最高っ!」

「ナオは怖くないか?」

「全然! ワクワクしてきたもん!」

「ははは、俺もだ!」

 ナオが助手席に移ると、軽自動車は猛スピードで発進した。
 蛇行運転で田んぼに落ちかけながらも豪快に走り抜ける。
 危うい挙動すらも楽しいらしく、車内が揺れるたびに二人は大笑いした。

 後部座席には半開きのスーツケースがあった。
 振動で中身の一部がこぼれ出す。
 それは大量の札束と、小さな袋に入った白い粉だった。
 三日前、リクが職場のホストクラブから盗み出したものである。
 駆け落ちした二人の全財産だった。

「一度きりの人生だ! 滅茶苦茶に楽しもうぜ!」

 リクは頭を振りながら上機嫌にアクセルを踏み込む。
 その隣では、ナオが白い粉の袋を開けていた。
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