岬ノ村の因習

めにははを

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第10話 愉快な同乗者達

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 山道の只中で、一人の青年が立ち尽くしていた。
 青年は動かないバイクを前に呆然としている。

「あー、嘘だろ、こんな場所で……」

 色々と操作してもバイクは一切反応しない。
 青年は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
 ぐったりとして悲痛な声を洩らす。

「くそ、最悪だ……明日の仕事どうしよう。これだと帰れないし……」

 青年は何もできずに無気力にうなる。
 次に彼が顔を上げたのは、近くでクラクションを鳴らされた時だった。
 ミニバンの運転席から顔を出した男が青年に声をかける。

「こんな所で何してんだ」

「バイクが故障してしまいまして……近くに修理できそうな場所ってないですかね」

 青年は立ち上がって答える。
 困った様子を見た運転手の男は、青年を手招きしながら言った。

「俺の村なら直せる奴がいる。ここから二キロくらいだ。俺はバイクに詳しくないから、一緒に来て説明してくれ」

「僕は助かるんですが、いいんですか?」

「気にすんな。そら、さっさと乗れ」

「ありがとうございます……」

 青年はバイクを押して進めると、近くの樹木にチェーンで繋ぎ停めた。
 チェーンが外れないことを確かめた青年は「まあ盗まれないとは思うけど……」と呟きつつ、男の運転するミニバンへと近付いた。
 スモークガラスが張られているので後部座席は見えない。
 男は助手席を開けて青年を呼んだ。

「後ろは満員でな。助手席に乗ってくれるか」

「わ、分かりました……うわっ!?」

 車内に乗ろうとした瞬間、青年は奥から伸びてきた手に掴まれる。
 慌てる青年を押さえ込むのは、毒々しい色の服を着たピエロメイクの女だった。
 後部座席から身を乗り出した女は、首をカクカクと揺らしながら爆笑する。

「おっ、おっ、怖がってる? 震えてるじゃん! あははははははっ!」

 青年は恐怖で固まる。
 さすがに同情したのか、運転手の男が紹介する。

「ミヒロちゃんだ。路上パフォーマンスに一目惚れしてな。その場で依頼して、村でも披露してもらうことになったんだ」

「たくさんお金を貰ったからね! 張り切って頑張るよ! にひっ」

 ピエロメイクのミヒロは青年を解放してダブルピースをする。
 青年は呆気に取られて反応できなかった。
 何も言えずに狼狽えていると、今度は別の人物が話しかけてくる。

「あなた顔色が悪いですわね。野菜が足りていないのではなくて?」

 後部座席で優雅に座るのは紫色のドレスを着た女だった。
 頬杖をついてキュウリを齧っている。
 困惑する青年を見て、運転手がまた説明する。

「有栖川さんだ。ヒッチハイクで拾ったんだ。明日、山の向こうまで送ることになっている」

「お礼の品は用意してありますわ」

 有栖川が持参のバッグを開く。
 そこには多種多様な野菜が大量に詰め込まれていた。
 バッグからトマトを手に取った有栖川は「挨拶代わりですわ」と言って青年に差し出す。

「なぜトマト……」

 考え込む青年の肩に手が置かれる。
 振り向くとローブ姿の女が目を見開いていた。
 女は早口で宣告する。

「良くない相が出ています。自己を失う危機です。心を強く保てば防げますが、変化を受け入れるのも一つの手でしょう」

「は、はぁ……」

 青年は曖昧な返事をする。
 おかしな出来事が連続したせいで思考が麻痺しつつあった。
 案の定、運転手が女に関する説明を行う。

「星原さんは占い師らしい。運命の導きとやらで山に来たそうだ。俺にはよく分からんがね」

「わたくしの占いは絶対です。必ず的中しますよ」

 星原は水晶を掲げて自信満々に言い放つ。
 その目はどこか別の世界を見つめているようであった。

(電波系……かな?)

 青年は失礼な感想を抱くも、口に出すことはしなかった。
 一方、運転手の男が力こぶを見せて名乗る。

「俺は堤田。よろしくな」

「ひ、平野です……役者をやってます、一応」

「おお、役者さんか! ドラマとか映画に出とるんか!」

「いえ! そこまで有名じゃなくて……というか本当に無名でして……」

 勢いよく首を振る青年、平野は辛そうな顔で否定する。
 自分の言葉に自分で傷付いたようだった。
 平野の心境をよそに、運転手の堤田は元気よくミニバンを発進させる。

「まあ、こうして出会ったのも何かの縁だ。仲良くしようぜ」

「イエーイ!」

「皆様はどの野菜がお好きかしら」

「死相が出ました。この場の大半が三日以内に惨死するそうです」

 後部座席の三人はそれぞれ好き勝手なリアクションを示す。
 不吉な発言が混ざっていたが、いちいち気にする者はいなかった。
 唯一、平野だけが不安そうに下を向いている。

(やばい、変なのに巻き込まれた……)

 平野は背中を丸めて顔を青くする。
 祈るように組んだ手は小刻みに震えていた。

「いつもこうだ。僕は昔から運が悪くて……」

 平野の泣き言は、ミニバンの走行音に掻き消された。
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