岬ノ村の因習

めにははを

文字の大きさ
上 下
8 / 100

第8話 逃避行

しおりを挟む
 津軽が出刃包丁で安藤を刺そうとする。
 安藤は津軽の腕を掴んで止めると、ダッシュボードに叩きつけた。
 弾みで出刃包丁が手放されて床に落ちる。
 その隙を逃さず、安藤はシートベルトを津軽の首に巻いて絞め上げた。
 呼吸ができなくなった津軽は、顔を赤くして呻く。

「ぐおっ」

 軽トラックが急発進して加速し始める。
 苦しむ津軽の足がアクセルを踏み込んでいた。
 車内が激しく揺れる中、安藤は冷静にシートベルトを引っ張って固定する。

「は、なぜぇっ!」

 泡を噴く津軽が暴れるも、首は絞まり続ける一方だった。
 血走った目があらぬ方向を向き、振り回された手がシートベルトを引っ掻く。
 それでも安藤が力を緩めることはなかった。

 やがて加速した軽トラックが道を外れ、太い樹木に激突した。
 津軽が「ぎゃっ」と声を上げると同時にエアバッグが作動する。
 煙を上げて停止した車内で、安藤は運転席を見る。

 津軽は死んでいた。
 シートベストを剥がそうとする姿勢のまま動かない。
 樹木にぶつかった衝撃で首が折れたのだ。
 口から垂れた血が彼の衣服を濡らしていく。

 安藤は死体を置いて外に出る。
 その時、遠くから銃声が聞こえてきた。
 立ち止まった安藤は、軽トラックの陰に隠れながら気配を殺す。
 その手には自動拳銃が握られていた。

「…………」

 銃声のした方角から誰かが走ってくる。
 茂みから飛び出してきたのは汗だくの松田だった。
 安藤は無言で銃口を向ける。
 ほぼ同時に松田も反応し、持っていたリボルバーを構えた。
 松田は安藤の風貌から素性を察する。

「サツか!」

「そっちはヤクザかな」

「元ヤクザだ」

 言葉を返しながらも松田はリボルバーを下ろさない。
 安藤も軽トラックを盾にした位置から動かず、じっと松田を狙い続けていた。
 松田は慎重に距離を測りながら尋ねる。

「……お前、奴らの仲間か」

「違う。むしろ敵対している」

 安藤は視線で軽トラックの中を示す。
 リボルバーを構えたまま、松田は車内を確かめた。
 首の折れた津軽の死体を見つけた後、彼は再び安藤を注視する。
 説明を求める視線に、安藤は淡々と答えを述べる。

「僕を生贄にすると言って襲いかかってきたんだ。反撃しなければ殺されていた」

「別に責める気はねえよ。俺も似たような状況だった」

 嘆息する松田がリボルバーを下げる。
 肩の傷が痛むのか、顰め面はそのままだった。
 安藤もひとまず自動拳銃を仕舞って訊く。

「さっきの銃声は君かな」

「そうだ。脅されたから撃ってやった」

「よく捕まらなかったね」

「体力と足の速さには自信がある。あんな連中に追いつかれるかよ」

 自信ありげに言う松田であったが、村人の複数の怒声が聞こえてきた。
 距離はおよそ数十メートル程度だろう。
 安藤は首を傾げて指摘する。

「追いつかれそうだね」

「……土地勘で負けただけだ」

「言い訳は格好悪いよ」

「うるせえ。ぶっ飛ばすぞ」

 舌打ちした松田が駆け足で移動を始めた。
 彼は振り返らず一方的に告げる。

「状況が状況だ。敵じゃねえなら誰とでも組んでやる。たとえ気に食わねえサツでもな」

「同感だね。協力しようか」

「馴れ馴れしくすんなよ」

「そっちこそ」

 松田と安藤はその場から足早に立ち去る。
 ほどなくして村人達は軽トラックと車内の死体を発見した。
 村人達は仲間の死に怒り狂い、よそ者の捜索に執着することになった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】世界で一番愛しい人

BL / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:584

黒く嗤う

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:42

堕ちた御子姫は帝国に囚われる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,261pt お気に入り:342

遠い土地に奪われた王子の話~望郷~

BL / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:734

日ノ本国秘聞 愛玩

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:29

因習蔓延る大亀頭沼村!

BL / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:30

【完結】かつて勇者だった者

BL / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:346

【完結】愛する人にはいつだって捨てられる運命だから

BL / 完結 24h.ポイント:1,072pt お気に入り:2,411

【R18】僕のお姫様

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:298pt お気に入り:113

処理中です...