恋を知ったら脱兎のごとく

如月 永

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「和輝さんは、がっかりしましたよね」
「え?何をがっかりするの?」
「会いたいってご飯に誘ってくれましたけど、実際会うとこんな平凡なんだから」
すると和輝は首を傾げた。
「あの日と同じだよ。クールなのは寂しいけど、ユウくんに会えて嬉しいし、がっかりなんてするわけない」
「やっぱり身体目当てですか?」
「あのね。メッセージでも送ったよね?会いたいのはエッチがしたいからじゃないって」
確かに言われたけれど。
信じられないという目で黙って凝視していると、和輝は眉を下げて降参のポーズをした。
「そんなに睨まないでよ。えっと……、正直に白状すると寝ても覚めてももふもふのウサ耳のユウくんが脳裏に焼き付いて離れないくて……。でもエッチ目的じゃないのは本当だからね!」
兎耳が相当気に入ったのか、和輝はあの日から僕の事ばかり考えていたらしい。
「そうですか……」
僕の口からは冷たい声が出た。
兎姿を見たいっていうのは結局セックスしたいだけなんじゃないか。
僕があの姿になったら発情して必然的にあの行為になるんだから。
「しつこく誘ったのが、迷惑だったかな」
「いえ、別に」
僕が素っ気なく返したものだから和輝は居心地悪そうにソワソワし始めた。
そんな姿を見ていたら何だか僕がイジメているような気がしてしまって、僕は溜息を吐く。
「今日はお礼を言いたくて来たんです。強引に連れ込んでしまったけれど、付き合ってくれてありがとうございました」
助かったのは事実だ。
あのまま誰にも助けを求めなかったらどうなっていたことか。僕は素直に頭を下げた。
「いいよいいよ。俺の方が役得っていうかラッキーだったというか」
「あの日はたまたま運悪くて出歩いてしまったけれど、満月の夜はもう外には出ないつもりです。だからもう兎にはならないので、和輝さんにウサギ姿をお見せできません」
「そっ、そうだよね!なんかごめんね。そっかぁ……そうだよね」
心底残念そうな声を出す和輝はそこまで兎姿が見たいのか。
僕がじーっと見つめていたら、その視線に気が付いた和輝は顔を赤くして慌て始めた。
「あっ、えっと。ユウくんが、すごく……ものすごく好みだったんだ。好みっていうより理想が目の前に現れたってくらいで」
言葉尻が萎んでいくのと同じように、和輝の視線も落ちていく。
しゅんと下を向いている姿は叱られた犬のようだ。
その姿を見ていたら、なんだか悪い事をした気がしてきた。
「そんなに僕のことを……?」
「うん。……あの日の事が夢にまで出てきて。でも思い出す度に、ウサ耳フェチの気持ち悪い奴だったから嫌われたんじゃないかとか考えたらどうしても会って挽回しなきゃって……しつこく連絡してごめん」
「気持ち悪いとかは思わないですし、その……和輝さんは優しくしてくれたから」
「ねちっこくなかった?朝起きてからも強引にエッチしちゃったし」
僕は素面に戻ってから抱かれた様子を思い出してしまって、ぶわっと顔に熱が集まるのを感じた。
兎耳も消えてしまっていたのに、あんなに僕を欲しがって貪られた事を思い出し、下肢にじわりとした熱が集まる。発情していなくても気持ち良かった。
「こっ、こんなところでする話じゃないですよ」
小声で制すと、周りを見渡した和輝は苦笑いして口を抑えた。
「そ、そうだよね。ごめんね」
僕はバツが悪くてドリンクに口を付けた。和輝も誤魔化すように珈琲を飲み干す。そして二人共暫く沈黙していたけれど、先に口を開いたのは僕だった。
「あの……一回くらいなら、いいですよ」
「えっ?」
「だから一回くらいなら、また満月の日に会ってもいいですよ」
「ほ、本当に?」
和輝が身を乗り出してくる。その顔は期待に満ちていて、僕を見つめる瞳がキラキラと輝いている。
身体目当てだと思ったら不快だったし、兎への変体は自分が自分じゃなくなる気がして恐怖だったが、よくよく考えれば好きな人に似た顔と精力の強い肉体を持った和輝ともう一度蕩けるかと思ったセックスをしてもらえるチャンスなのだ。
「もちろん、満月の日に会うって事は……この前みたいに助けてもらわないといけなんですけど、良いですよね?」
ビッチ臭い事を言ってしまったなと言い終わった後で後悔したが、和輝はそんなこと気にする様子もない。
こうして和輝と満月デートの約束をすることになった。
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