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「はァ……ッ、はァ……、くっそ……、月が登る前には帰らせてくれるって言ったのに……ハァッハァッ、嘘つき!」
僕はシャツの胸元を握りしめて呻くように声を出した。
苦しすぎて悪態をつく事で気を紛らわせようとしたが、そんなことで体調が改善するわけが無い。
僕は今、インフルエンザにも似た高熱と倦怠感で、大量の汗で背中もぐっしょりに濡れるほどだった。
本当ならば今日は夕方にはバイトを上がり、家にいるはずだった。
それなのに急遽バイトの欠員が出て、代わりが見つかるまでもう少し働いてほしいと店長に泣きつかれたのだ。
一時間の残業なら良いと引き受け、どんなに長くて二時間が限度だと言ったのにあれよあれよと店が混み、約束は反故にされて結局遅番が出勤する20時まで勤務させられた。
時間なんて気にする余裕も無いくらいの混みようだったよ。
幸いカラオケ店は外が見える窓も無かったので月の光の影響も出ず、外に出るまで何ともなかったから出来たことだ。
それに完全な満月には一日早いから大丈夫かななんて一瞬でも思った俺が馬鹿だった。
スーパームーンとかいう月が地球に近づく現象にこんなに影響を受けるとは思ってもみなかった。
今まではスーパームーンだけではなく、基本的に満月の夜は月の光を浴びないように引き籠っていたせいもあって知らなかった。
あぁ早く帰って横になりたい……。
そう思いながら重たい身体を引きずって歩いていたら、よろめいた拍子にすぐ傍に立っていた人にぶつかってしまった。
ガシッ!とその人の大きな掌が、よろけた僕の肩を支えてくれたのだ。
僕より大きなシルエット。がっしりとした筋肉が付いたラグビー選手みたいな体躯で、支えてくれる手も肉厚で大きい。
汗で湿った身体が密着した事に嫌悪感を覚えるどころか、その安心感にホッとして身体の力が抜けそうになる。
もっとくっつきたい……なんて思ったのはこの忌ま忌ましい体質のせいだろう。
そのまま身を任せて寄り掛かりたいという願望が湧いてきたことは恥ずべきことだ。
僕はよろけた足を踏ん張り、顔を上げて謝ろうとした。
だけど、その人の顔を見た瞬間、何も言えなくなってしまったんだ。
だってその人はあまりにも似過ぎていたのだ。
かつて、遠くから眺めるしか出来なかった想い人に……。
僕は反射的に俯いて、顔を隠した。
それを倒れそうだと勘違いしたのかその人は僕の両肩を掴んで支えてくれた。
僕は首を振る。あの人とは顔立ちは似ているけどこんなに逞しくなかった。
でもドッドッドッと胸がハードロックのフットドラムのように鳴り響いている。
「大丈夫?具合悪そうだけど」
心配するような優しげな声にもときめいてしまう。骨格が似ていると声まで似るのだろうか。
いや、憧憬の君に近付くことすら出来ずに遠くから眺めるしかなかった僕の記憶なんて今や曖昧だ。
でも突然思い出したくらいなのだから、勘違いではなくやっぱり似ているのだろう。
もう一度大丈夫かと聞かれ、我に返った僕は頷く。
「いや、全然大丈夫じゃないでしょ?」
「いい、からっ、放して」
あまり力の入らない手を厚い胸板を突っ張ってみたが、びくともしなかった。
だから顔を上げてもう一度抗議しようとしたのに、目を合わせたら下肢に熱が集まった。
だって憧れだった人に似ているんだよ。それに月の光のせいで僕の身体はほぼ変体を遂げていたのだ。
なにも満月の夜に変身するのは狼男だけではない。
兎族の血を継いでいる僕も満月の夜には変身してしまうのだ。
真冬でもないのにゆったりめのニット帽をかぶっていたのもそのせいで、ニット帽の中には兎の長い耳が生えてしまっていた。
熱っぽいのは身体の変化する時の副作用と、繁殖力の強い兎ならではの特徴が出たからだ。
その特徴とは、とにかく交尾がしたくなるというものだ。
月光を少し浴びたくらいならば、月の光を遮ってオナニーでもすれば治まるから、タクシーでも拾ってさっさと家に帰ってしまえばここまで酷く症状は出なかっただろうに、タクシー代をケチったばかりに許容量を越えてしまいもう欲求の方が強くて身体が言うことを聞かない。
しかも、よりにもよって憧れの人に似た人だ。
ああ、ダメだ。抱いてほしい……。
「このまま一人で帰したら俺が気になって仕方ないから家まで送って行くよ」
結構礼を欠いた塩対応をしてしまっているのに優しくしてくれるこの人に、頼りたくなってしまう。
潤んだ紅い瞳でその男を見上げて言った。
「……助けて、くれるんですか?」
「ん?俺が助けられるならいいけど、何をすれば良いんだ?」
普通は見知らぬ人物から助けてなんて言われたら警戒する。
それなのにこの男は、警戒心の欠片も見せずに僕の言葉を待っている。
この優しさにつけこんでしまうのは申し訳ないと思うが、身体の方がもう限界だった。
「あそこ、入りましょう。家までなんて無理だから」
僕は目の前にあるラブホテルを指差した。
早くこの身体の火照りを鎮めたかったんだ。
「家まで帰れないくらい体調悪いの?それなら救急車を呼んだほうが……」
「助けてくれるって言った貴方が悪いんですよ。責任とって介抱してください」
僕はシャツの胸元を握りしめて呻くように声を出した。
苦しすぎて悪態をつく事で気を紛らわせようとしたが、そんなことで体調が改善するわけが無い。
僕は今、インフルエンザにも似た高熱と倦怠感で、大量の汗で背中もぐっしょりに濡れるほどだった。
本当ならば今日は夕方にはバイトを上がり、家にいるはずだった。
それなのに急遽バイトの欠員が出て、代わりが見つかるまでもう少し働いてほしいと店長に泣きつかれたのだ。
一時間の残業なら良いと引き受け、どんなに長くて二時間が限度だと言ったのにあれよあれよと店が混み、約束は反故にされて結局遅番が出勤する20時まで勤務させられた。
時間なんて気にする余裕も無いくらいの混みようだったよ。
幸いカラオケ店は外が見える窓も無かったので月の光の影響も出ず、外に出るまで何ともなかったから出来たことだ。
それに完全な満月には一日早いから大丈夫かななんて一瞬でも思った俺が馬鹿だった。
スーパームーンとかいう月が地球に近づく現象にこんなに影響を受けるとは思ってもみなかった。
今まではスーパームーンだけではなく、基本的に満月の夜は月の光を浴びないように引き籠っていたせいもあって知らなかった。
あぁ早く帰って横になりたい……。
そう思いながら重たい身体を引きずって歩いていたら、よろめいた拍子にすぐ傍に立っていた人にぶつかってしまった。
ガシッ!とその人の大きな掌が、よろけた僕の肩を支えてくれたのだ。
僕より大きなシルエット。がっしりとした筋肉が付いたラグビー選手みたいな体躯で、支えてくれる手も肉厚で大きい。
汗で湿った身体が密着した事に嫌悪感を覚えるどころか、その安心感にホッとして身体の力が抜けそうになる。
もっとくっつきたい……なんて思ったのはこの忌ま忌ましい体質のせいだろう。
そのまま身を任せて寄り掛かりたいという願望が湧いてきたことは恥ずべきことだ。
僕はよろけた足を踏ん張り、顔を上げて謝ろうとした。
だけど、その人の顔を見た瞬間、何も言えなくなってしまったんだ。
だってその人はあまりにも似過ぎていたのだ。
かつて、遠くから眺めるしか出来なかった想い人に……。
僕は反射的に俯いて、顔を隠した。
それを倒れそうだと勘違いしたのかその人は僕の両肩を掴んで支えてくれた。
僕は首を振る。あの人とは顔立ちは似ているけどこんなに逞しくなかった。
でもドッドッドッと胸がハードロックのフットドラムのように鳴り響いている。
「大丈夫?具合悪そうだけど」
心配するような優しげな声にもときめいてしまう。骨格が似ていると声まで似るのだろうか。
いや、憧憬の君に近付くことすら出来ずに遠くから眺めるしかなかった僕の記憶なんて今や曖昧だ。
でも突然思い出したくらいなのだから、勘違いではなくやっぱり似ているのだろう。
もう一度大丈夫かと聞かれ、我に返った僕は頷く。
「いや、全然大丈夫じゃないでしょ?」
「いい、からっ、放して」
あまり力の入らない手を厚い胸板を突っ張ってみたが、びくともしなかった。
だから顔を上げてもう一度抗議しようとしたのに、目を合わせたら下肢に熱が集まった。
だって憧れだった人に似ているんだよ。それに月の光のせいで僕の身体はほぼ変体を遂げていたのだ。
なにも満月の夜に変身するのは狼男だけではない。
兎族の血を継いでいる僕も満月の夜には変身してしまうのだ。
真冬でもないのにゆったりめのニット帽をかぶっていたのもそのせいで、ニット帽の中には兎の長い耳が生えてしまっていた。
熱っぽいのは身体の変化する時の副作用と、繁殖力の強い兎ならではの特徴が出たからだ。
その特徴とは、とにかく交尾がしたくなるというものだ。
月光を少し浴びたくらいならば、月の光を遮ってオナニーでもすれば治まるから、タクシーでも拾ってさっさと家に帰ってしまえばここまで酷く症状は出なかっただろうに、タクシー代をケチったばかりに許容量を越えてしまいもう欲求の方が強くて身体が言うことを聞かない。
しかも、よりにもよって憧れの人に似た人だ。
ああ、ダメだ。抱いてほしい……。
「このまま一人で帰したら俺が気になって仕方ないから家まで送って行くよ」
結構礼を欠いた塩対応をしてしまっているのに優しくしてくれるこの人に、頼りたくなってしまう。
潤んだ紅い瞳でその男を見上げて言った。
「……助けて、くれるんですか?」
「ん?俺が助けられるならいいけど、何をすれば良いんだ?」
普通は見知らぬ人物から助けてなんて言われたら警戒する。
それなのにこの男は、警戒心の欠片も見せずに僕の言葉を待っている。
この優しさにつけこんでしまうのは申し訳ないと思うが、身体の方がもう限界だった。
「あそこ、入りましょう。家までなんて無理だから」
僕は目の前にあるラブホテルを指差した。
早くこの身体の火照りを鎮めたかったんだ。
「家まで帰れないくらい体調悪いの?それなら救急車を呼んだほうが……」
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