1 / 3
1.
しおりを挟む
◇◇◇
───────好きです。
同性で特に親しいわけでもない相手にそう言われて、受け入れられる者はどれくらいいるだろうか。
余程顔が好みでなければ、ほぼ100%断って当然だ。
容姿は高身長で細マッチョ系。ちょっとタレ目で泣きボクロまである優しそうな甘いマスクの若い男だった。
女性からの告白だったら速攻でよろしくお願いしたいところだが、残念なことに男性だったので当然ながら俺はごめんなさいをした。
だが、断っても相手は食い下がってきた。
「どうしてですか?」
「え?どうしてって、お前の事知らないし、それに……」
「なんだ!そんなことだったんですね!」
男同士だし、と言う前にパッと顔を明るくさせた。
いや、知った所で俺がお前を好きにならないからな。
角を立てずにお断りする言い訳だから。
「俺、鎌田祥太って言います。盛島さんの3個下です」
「そうじゃなくて!」
名前まで知られてる?
3個下ってことは18か19くらいか。大学生っぽい。
こんなヤツ知り合いじゃないはずだし、そもそも俺は交遊関係も広くない。
それなのに、なんで初対面の奴に告白されるんだ?
あぁ、もう分わかんねぇ……。
頭を抱えて悩んでいると、目の前の男、祥太は楽しげに笑った。
そして、俺の手を取って握るとまたあのキラキラした目で見つめてきた。
「はじめましてから始めましょう」
やめろ。その目で見てもお前の望む答えなんか言わないからな。
これが俺が祥太を認識した出会いだった。
◇◇◇
俺は、盛島直樹。
しがない苦学生だ。
大学とバイト先くらいしか行く場所が無いため、友人との交流も少ない。
そもそも人付き合いは好きじゃないから、必要最低限の交流しかしたくないのだが。
講義が終わったらバイトに行って、帰って寝るだけ。
そんな生活を繰り返していたら男に告白された。
断ったのにソイツ、祥太はバイト帰りを狙ってよく現れた。
大学生だが、俺とはレベルの違う大学に通ってた。
いつも尻尾を振った柴犬みたいに懐いて話しかけてきて、最初は鬱陶しいと思っていたが、回数を重ねたら段々と慣れてしまった自分がいた。
祥太が色恋の雰囲気を一切出さなかったせいもある。
だから、魔が差してしまった。
バイト終わりの俺は、たっぷり作った二日目のカレーを食べて寝るくらいだったから、まだ夕食を食べていないという祥太を家に誘った。
カレー作りには少しこだわっていて自信作だ。
出来立ては食べるのを我慢して、味が馴染んで味がまとまった二日目に食べるのがいつものことで、しかも久々に作ったから浮かれていたのかもしれない。
そうでなければ祥太を家になんて入れなかった。
物に執着しない一人暮らしの部屋は殺風景で、見るものも無いが祥太はそわそわキョロキョロとしていた。
そんなことも気にならず、カレーと味噌汁を熱々に温めて出してやった。
カレーに味噌汁っていうのも賛否はあるだろうが、俺はサラダにするよりキャベツたっぷり味噌汁のほうが野菜が取れて好きだ。
時々レタスの味噌汁の時もあるが、スーパーで安い方にしている。ちなみに安上がりなチキンカレーだ。
高い肉を少し入れるより、安くても肉たっぷりのほうが満足度が高い。数日間毎日カレーでもチキンのプリプリ食感がほろほろになり、煮崩れてきたら和風出汁で溶いてカレーうどんにしたり、ひき肉を足してドライカレー風にリメイクするのも好きだ。
「盛島さんの手料理が食べれるなんて夢みたいです。もう、死んでもいい」
「大袈裟な。さっさと食え。美味いぞ」
「写真撮っても良いですか?!」
「勝手にしろ」
俺は構わず、カレーを頬張った。
祥太は何枚か角度を変えてスマホで写真を取り終えると、いただきますと手を合わせて食べ始めた。
「うんまっ!何これ美味いです!」
リスみたいに頬を膨らませながら本当に美味しそうに食べるから、つい口元が緩む。
人に自分の作ったものを褒められるのは初めてで照れ臭い。
でも悪い気はしなかった。
祥太はあっという間に完食する。
「おかわりは?遠慮するな」
「いいんですか?」
まだまだ育ちそうな祥太に俺は多めにご飯を盛り付けて渡した。
嬉しそうに受け取ってお代わりをする姿を見ると、まるで餌付けをしている気分になった。
まぁ、実際そうなんだけど。
「ご馳走様でした!美味かったです!」
満足してくれたようで良かった。作った者の冥利に尽きる。
食器を下げようとすると、慌てた様子で止められた。
「ご馳走になるだけじゃ悪いので皿洗いくらいさせてください」
「それはありがたいけど、少し浸け置きしたほうが洗いやすいと思うから、ちょっとテレビでも見るか」
洗い物を流しに運んでくれた祥太はさっきの場所に座るだろうと勝手に考えて、俺は何となくベッドに背を預けて座った。
すると、わざわざ座布団を俺の隣にずらして座ってきた。
確かにテレビはこっちの位置が見やすい。
狭い部屋だし、そもそも友人を呼ぶ想定をしていないレイアウトだったのが悪い。
平常心を装いながらバラエティ番組を流していると、横から視線を感じた。
チラッと見ると祥太がジーっと見ていた。
目が合うと、にっこりと笑って俺を見つめる。
「テレビ、面白くないか?」
「テレビなんていつでも見れるけど、今日の盛島さんは今日しか見れないので」
「…………」
なんだコイツ。やっぱり変だ。
俺なんか見て楽しいのかよ。
理解出来ない。
「お前、変わってんな」
思わず口に出すと、祥太は心外だと言わんばかりに眉を寄せた。
だってそうだろ。俺なんか眺めて何が面白いんだ。
そこで思い出した。
いや、忘れてはいなかったのだが、コイツから好きだと言われたことを。
急に意識してそわそわしてしまう。落ち着かない。
祥太は変わらずニコニコしたまま、また俺をジッと見つめてくる。
耐えきれなくて目を逸らす。
なんなんだよ。
そうやって黙っている間も、祥太の視線を感じた。
「どうかしたんですか?」
「お前がっ……見るから……」
恥ずかしくなって声が小さくなる。なんで顔が熱くなるんだ。
こんなの初めてでどうしたら良いかわからなくなる。
「もしかして俺のこと意識してくれてます?」
「なっ!?そんなわけあるか!」
図星を突かれて咄嵯に出た言葉だったが、祥太は楽しげに笑っていた。
「盛島さん、可愛い」
「うるせー。俺のほうが年上だぞ。可愛くない」
「ふふっ、そういうところも全部好きです」
好きだと言われ慣れていないから、いちいち反応して戸惑ってしまう。
俺は動揺を悟られないように俯いた。
祥太が熱い視線を向けながら囁く。
「俺、本気です。盛島さんが好きなんです。だから部屋に入れてもらえて嬉しかった」
「ちょっ、ただカレーが食べに呼んだだけだろ」
「盛島さんは無意識だったかもしれないけど、貴方を好きだって相手に手料理食べさせて、テレビなんて見ようなんて口実で引き止めて、これでおあずけするなんて悪い人ですね」
そんなつもりは無くて、ただカレーを食べさせるだけのつもりだった。
でも言われてみれば、部屋に招き入れた時点でその気にさせてしまっていたのだろう。
祥太の手が伸びてきて、頬に触れそうになった時、反射的に避けてしまった。
祥太は驚いたような表情をして、すぐに悲しそうな顔に変わる。
俺は慌てて言い訳をした。
「違う!お前が飯食ってなくて、部屋には呼んだけど、それはカレーだったからで」
自分で言っていて何言っているんだろうと混乱してきた。
「俺の気持ち知ってるのに、優しくするし、俺はいつまで我慢したら良いの?」
「それは、だって……男同士だろ」
祥太は俺の腕を掴んで、引き上げるとベッドへ押し倒す。
抵抗しようとしたが、祥太は俺の腰の上に跨って馬乗りになった。
「男同士?……ねぇ、そんな理由でやめてあげれると思った?盛島さん、俺の気持ち甘く考えすぎだよ」
顔は微笑んでいるのに目は真剣で、心臓がキュッと絞まった。
「落ち着けって!なっ?落ち着いて」
その場しのぎで言う俺にギラギラとした目で祥太は見ていた。
「もしかして……誰か好きな人がいるんですか?」
「……そんなのっ、いない!」
低くなった声に冷や汗が流れる。
バイト先の女性くらいしかまともに話せる相手はいないけれどだからといって恋愛相手にはならない。
「それなら、盛島さんは俺が嫌いなの?」
「好き嫌いの問題じゃなくて、友達だろ?」
「いいえ。好きだから友達だとは思えません。だから盛島さんが俺を嫌ったとしても、俺はずっと盛島さんを愛します」
「正気か?」
「はい。でも怖がらないで。男同士でも気持ち良くしてあげるますから」
祥太はそう言うと、俺の服を脱がそうとしてくる。
俺は必死にそれを阻止した。
こんなこと望んじゃいない。
祥太の顔が近付いてきて、俺は思わず目を瞑った。
しかし降り注いできた声は弱々しくて、俺は抵抗していたことも忘れて祥太の顔を見た。
「ごめんなさい……。でもずっと……ずっと昔から好きだったんです」
「昔からって?」
知り合ったのはたった数ヶ月前のはずだ。だから自然と出た言葉だったが、俺の言葉に祥太は苦しげに顔を歪める。
「ナオお兄ちゃん、僕のこと覚えてない?」
そう言った祥太の目が潤んでいる。
まさかと思ってじっくりと顔を見たが、全く記憶になかった。
だが「ナオお兄ちゃん」という言い方には覚えがあった。
家庭の事情で、ほんの短い間だけご近所に住んでいた男の子。
仲良くしてやってね、と近所のおばあちゃんが連れて遊びに来ていた子で、いつも俺の後を追いかけていたショーちゃん。
「お前、まさか」
「思い出してくれた?!嬉しい!苗字も変わったし、姿だって面影もないでしょ」
祥太は泣き笑いのような表情を浮かべた。
あんな幼い頃から今まで好きだったなんて……いや、まさか。いくらなんでも。
「お兄ちゃんに会った頃、僕は寂しくて苦しくて仕方なかった時期だったんだ。でもお兄ちゃんに救われた」
親が離婚する間近で親権を巡って殺伐としていた環境の祥太の気持ちは絶望にも近くて、親戚に預けられても疎外感が強く塞いでいた。
でも引き合わされた年上のお兄ちゃんは強くて格好良くて、3歳しか違わなくても随分大人に見えて憧れた。
しかも弟のように可愛がってくれて余計に好きになった。
引っ越してしまって接点はなくなってしまったけど、忘れたことなど無かったし、もう一度会いたくてお小遣やバイト代を貯めて探したと祥太は言う。
ずいぶん苦労したらしい。
でも記憶を頼りに俺の家に辿り着いた時には俺も引っ越していたから、手がかりが無くなってしまった。
「もう諦めかけてたんだけど、盛島さんのバイト先で偶然見かけて、もう奇跡だって!だからもう逃しません」
「待って、ちょっと情報多過ぎ」
頭が追いつかない。
「盛島さん、好きです。ずっと忘れられなかったんです」
そんな前から想われていたことにも驚いたし、純粋な恋慕だと知らされて無下に断るのも気が引ける。
だからといって、この状況はピンチに違いない。
「わっ分かったから!とりあえず退いて!」
「好きになってくれるって約束してくれるなら良いですよ」
「えぇー……そんな強引な」
「ダメですか?」
上目遣いに見つめてくる。
俺はそれに弱い。
そしてまた絆される。
「盛島さん、好きです」
「うぅ……」
でも簡単に返事も出来ずにいると、ズシッと体重がかかり、祥太は俺の首筋に鼻をくっつけて匂いを嗅いだ。
「くすぐったいからやめろ!」
「盛島さん、汗の匂いがします。このまま抱きたい」
耳元で囁かれてゾクッとする。
祥太が勃起までしているのに気付いて、全身鳥肌が立った。
「無理!絶対無理っ!!」
俺の貞操の危機である。しかも男にと思ったら怖くなって全力で祥太を押し返した。
───────好きです。
同性で特に親しいわけでもない相手にそう言われて、受け入れられる者はどれくらいいるだろうか。
余程顔が好みでなければ、ほぼ100%断って当然だ。
容姿は高身長で細マッチョ系。ちょっとタレ目で泣きボクロまである優しそうな甘いマスクの若い男だった。
女性からの告白だったら速攻でよろしくお願いしたいところだが、残念なことに男性だったので当然ながら俺はごめんなさいをした。
だが、断っても相手は食い下がってきた。
「どうしてですか?」
「え?どうしてって、お前の事知らないし、それに……」
「なんだ!そんなことだったんですね!」
男同士だし、と言う前にパッと顔を明るくさせた。
いや、知った所で俺がお前を好きにならないからな。
角を立てずにお断りする言い訳だから。
「俺、鎌田祥太って言います。盛島さんの3個下です」
「そうじゃなくて!」
名前まで知られてる?
3個下ってことは18か19くらいか。大学生っぽい。
こんなヤツ知り合いじゃないはずだし、そもそも俺は交遊関係も広くない。
それなのに、なんで初対面の奴に告白されるんだ?
あぁ、もう分わかんねぇ……。
頭を抱えて悩んでいると、目の前の男、祥太は楽しげに笑った。
そして、俺の手を取って握るとまたあのキラキラした目で見つめてきた。
「はじめましてから始めましょう」
やめろ。その目で見てもお前の望む答えなんか言わないからな。
これが俺が祥太を認識した出会いだった。
◇◇◇
俺は、盛島直樹。
しがない苦学生だ。
大学とバイト先くらいしか行く場所が無いため、友人との交流も少ない。
そもそも人付き合いは好きじゃないから、必要最低限の交流しかしたくないのだが。
講義が終わったらバイトに行って、帰って寝るだけ。
そんな生活を繰り返していたら男に告白された。
断ったのにソイツ、祥太はバイト帰りを狙ってよく現れた。
大学生だが、俺とはレベルの違う大学に通ってた。
いつも尻尾を振った柴犬みたいに懐いて話しかけてきて、最初は鬱陶しいと思っていたが、回数を重ねたら段々と慣れてしまった自分がいた。
祥太が色恋の雰囲気を一切出さなかったせいもある。
だから、魔が差してしまった。
バイト終わりの俺は、たっぷり作った二日目のカレーを食べて寝るくらいだったから、まだ夕食を食べていないという祥太を家に誘った。
カレー作りには少しこだわっていて自信作だ。
出来立ては食べるのを我慢して、味が馴染んで味がまとまった二日目に食べるのがいつものことで、しかも久々に作ったから浮かれていたのかもしれない。
そうでなければ祥太を家になんて入れなかった。
物に執着しない一人暮らしの部屋は殺風景で、見るものも無いが祥太はそわそわキョロキョロとしていた。
そんなことも気にならず、カレーと味噌汁を熱々に温めて出してやった。
カレーに味噌汁っていうのも賛否はあるだろうが、俺はサラダにするよりキャベツたっぷり味噌汁のほうが野菜が取れて好きだ。
時々レタスの味噌汁の時もあるが、スーパーで安い方にしている。ちなみに安上がりなチキンカレーだ。
高い肉を少し入れるより、安くても肉たっぷりのほうが満足度が高い。数日間毎日カレーでもチキンのプリプリ食感がほろほろになり、煮崩れてきたら和風出汁で溶いてカレーうどんにしたり、ひき肉を足してドライカレー風にリメイクするのも好きだ。
「盛島さんの手料理が食べれるなんて夢みたいです。もう、死んでもいい」
「大袈裟な。さっさと食え。美味いぞ」
「写真撮っても良いですか?!」
「勝手にしろ」
俺は構わず、カレーを頬張った。
祥太は何枚か角度を変えてスマホで写真を取り終えると、いただきますと手を合わせて食べ始めた。
「うんまっ!何これ美味いです!」
リスみたいに頬を膨らませながら本当に美味しそうに食べるから、つい口元が緩む。
人に自分の作ったものを褒められるのは初めてで照れ臭い。
でも悪い気はしなかった。
祥太はあっという間に完食する。
「おかわりは?遠慮するな」
「いいんですか?」
まだまだ育ちそうな祥太に俺は多めにご飯を盛り付けて渡した。
嬉しそうに受け取ってお代わりをする姿を見ると、まるで餌付けをしている気分になった。
まぁ、実際そうなんだけど。
「ご馳走様でした!美味かったです!」
満足してくれたようで良かった。作った者の冥利に尽きる。
食器を下げようとすると、慌てた様子で止められた。
「ご馳走になるだけじゃ悪いので皿洗いくらいさせてください」
「それはありがたいけど、少し浸け置きしたほうが洗いやすいと思うから、ちょっとテレビでも見るか」
洗い物を流しに運んでくれた祥太はさっきの場所に座るだろうと勝手に考えて、俺は何となくベッドに背を預けて座った。
すると、わざわざ座布団を俺の隣にずらして座ってきた。
確かにテレビはこっちの位置が見やすい。
狭い部屋だし、そもそも友人を呼ぶ想定をしていないレイアウトだったのが悪い。
平常心を装いながらバラエティ番組を流していると、横から視線を感じた。
チラッと見ると祥太がジーっと見ていた。
目が合うと、にっこりと笑って俺を見つめる。
「テレビ、面白くないか?」
「テレビなんていつでも見れるけど、今日の盛島さんは今日しか見れないので」
「…………」
なんだコイツ。やっぱり変だ。
俺なんか見て楽しいのかよ。
理解出来ない。
「お前、変わってんな」
思わず口に出すと、祥太は心外だと言わんばかりに眉を寄せた。
だってそうだろ。俺なんか眺めて何が面白いんだ。
そこで思い出した。
いや、忘れてはいなかったのだが、コイツから好きだと言われたことを。
急に意識してそわそわしてしまう。落ち着かない。
祥太は変わらずニコニコしたまま、また俺をジッと見つめてくる。
耐えきれなくて目を逸らす。
なんなんだよ。
そうやって黙っている間も、祥太の視線を感じた。
「どうかしたんですか?」
「お前がっ……見るから……」
恥ずかしくなって声が小さくなる。なんで顔が熱くなるんだ。
こんなの初めてでどうしたら良いかわからなくなる。
「もしかして俺のこと意識してくれてます?」
「なっ!?そんなわけあるか!」
図星を突かれて咄嵯に出た言葉だったが、祥太は楽しげに笑っていた。
「盛島さん、可愛い」
「うるせー。俺のほうが年上だぞ。可愛くない」
「ふふっ、そういうところも全部好きです」
好きだと言われ慣れていないから、いちいち反応して戸惑ってしまう。
俺は動揺を悟られないように俯いた。
祥太が熱い視線を向けながら囁く。
「俺、本気です。盛島さんが好きなんです。だから部屋に入れてもらえて嬉しかった」
「ちょっ、ただカレーが食べに呼んだだけだろ」
「盛島さんは無意識だったかもしれないけど、貴方を好きだって相手に手料理食べさせて、テレビなんて見ようなんて口実で引き止めて、これでおあずけするなんて悪い人ですね」
そんなつもりは無くて、ただカレーを食べさせるだけのつもりだった。
でも言われてみれば、部屋に招き入れた時点でその気にさせてしまっていたのだろう。
祥太の手が伸びてきて、頬に触れそうになった時、反射的に避けてしまった。
祥太は驚いたような表情をして、すぐに悲しそうな顔に変わる。
俺は慌てて言い訳をした。
「違う!お前が飯食ってなくて、部屋には呼んだけど、それはカレーだったからで」
自分で言っていて何言っているんだろうと混乱してきた。
「俺の気持ち知ってるのに、優しくするし、俺はいつまで我慢したら良いの?」
「それは、だって……男同士だろ」
祥太は俺の腕を掴んで、引き上げるとベッドへ押し倒す。
抵抗しようとしたが、祥太は俺の腰の上に跨って馬乗りになった。
「男同士?……ねぇ、そんな理由でやめてあげれると思った?盛島さん、俺の気持ち甘く考えすぎだよ」
顔は微笑んでいるのに目は真剣で、心臓がキュッと絞まった。
「落ち着けって!なっ?落ち着いて」
その場しのぎで言う俺にギラギラとした目で祥太は見ていた。
「もしかして……誰か好きな人がいるんですか?」
「……そんなのっ、いない!」
低くなった声に冷や汗が流れる。
バイト先の女性くらいしかまともに話せる相手はいないけれどだからといって恋愛相手にはならない。
「それなら、盛島さんは俺が嫌いなの?」
「好き嫌いの問題じゃなくて、友達だろ?」
「いいえ。好きだから友達だとは思えません。だから盛島さんが俺を嫌ったとしても、俺はずっと盛島さんを愛します」
「正気か?」
「はい。でも怖がらないで。男同士でも気持ち良くしてあげるますから」
祥太はそう言うと、俺の服を脱がそうとしてくる。
俺は必死にそれを阻止した。
こんなこと望んじゃいない。
祥太の顔が近付いてきて、俺は思わず目を瞑った。
しかし降り注いできた声は弱々しくて、俺は抵抗していたことも忘れて祥太の顔を見た。
「ごめんなさい……。でもずっと……ずっと昔から好きだったんです」
「昔からって?」
知り合ったのはたった数ヶ月前のはずだ。だから自然と出た言葉だったが、俺の言葉に祥太は苦しげに顔を歪める。
「ナオお兄ちゃん、僕のこと覚えてない?」
そう言った祥太の目が潤んでいる。
まさかと思ってじっくりと顔を見たが、全く記憶になかった。
だが「ナオお兄ちゃん」という言い方には覚えがあった。
家庭の事情で、ほんの短い間だけご近所に住んでいた男の子。
仲良くしてやってね、と近所のおばあちゃんが連れて遊びに来ていた子で、いつも俺の後を追いかけていたショーちゃん。
「お前、まさか」
「思い出してくれた?!嬉しい!苗字も変わったし、姿だって面影もないでしょ」
祥太は泣き笑いのような表情を浮かべた。
あんな幼い頃から今まで好きだったなんて……いや、まさか。いくらなんでも。
「お兄ちゃんに会った頃、僕は寂しくて苦しくて仕方なかった時期だったんだ。でもお兄ちゃんに救われた」
親が離婚する間近で親権を巡って殺伐としていた環境の祥太の気持ちは絶望にも近くて、親戚に預けられても疎外感が強く塞いでいた。
でも引き合わされた年上のお兄ちゃんは強くて格好良くて、3歳しか違わなくても随分大人に見えて憧れた。
しかも弟のように可愛がってくれて余計に好きになった。
引っ越してしまって接点はなくなってしまったけど、忘れたことなど無かったし、もう一度会いたくてお小遣やバイト代を貯めて探したと祥太は言う。
ずいぶん苦労したらしい。
でも記憶を頼りに俺の家に辿り着いた時には俺も引っ越していたから、手がかりが無くなってしまった。
「もう諦めかけてたんだけど、盛島さんのバイト先で偶然見かけて、もう奇跡だって!だからもう逃しません」
「待って、ちょっと情報多過ぎ」
頭が追いつかない。
「盛島さん、好きです。ずっと忘れられなかったんです」
そんな前から想われていたことにも驚いたし、純粋な恋慕だと知らされて無下に断るのも気が引ける。
だからといって、この状況はピンチに違いない。
「わっ分かったから!とりあえず退いて!」
「好きになってくれるって約束してくれるなら良いですよ」
「えぇー……そんな強引な」
「ダメですか?」
上目遣いに見つめてくる。
俺はそれに弱い。
そしてまた絆される。
「盛島さん、好きです」
「うぅ……」
でも簡単に返事も出来ずにいると、ズシッと体重がかかり、祥太は俺の首筋に鼻をくっつけて匂いを嗅いだ。
「くすぐったいからやめろ!」
「盛島さん、汗の匂いがします。このまま抱きたい」
耳元で囁かれてゾクッとする。
祥太が勃起までしているのに気付いて、全身鳥肌が立った。
「無理!絶対無理っ!!」
俺の貞操の危機である。しかも男にと思ったら怖くなって全力で祥太を押し返した。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説




性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる