屋根裏のネズミ捕まる

如月 永

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自由を得たネズミ

17.後日談

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   ◇◇◇◇

二週間ほどして、俺は辰彦と共に父上様の所へ向かった。
辰彦が事前に手紙で連絡をしていたらしいが、面会の日時だけだったようだ。
だから父上様は俺と辰彦が二人で来るとは思っていなくて目を丸くしたが、俺の無事を確認すると厳つい顔を緩めて笑んだ。
「疲れただろう。さあさあ、上がりなさい」
上京した息子がたまに帰省した時みたいに、家の中へ急かす。
でも俺は緊張のせいか土間で立ち尽くしてしまっていて、辰彦に手を引かれてようやく上がり框を上がることが出来た。
俺はおずおずと父上様の前に座った。
すると辰彦は、俺の隣に座り、抱き寄せて肩を抱いた。
「辰彦様っ!?何やってんですか!」
「こうしたほうが話が早い。友厚、お前の息子を貰い受けたい」
ここに来た目的はそれを伝えるためだが、横柄な態度で言うものだから俺はヒヤヒヤした。
父上様は辰彦の真意を確かめるように、じっと見据えていた。
「すぐにお前の元へ返さなかったのは恋仲だったからだ。もっとも、帰れと行っても帰らなかったのはコイツだが」
父上様の眉間の皺が更に深くなった。
その顔が俺に向き、ビクリと肩を竦める。あれは雷が落ちる前の顔だ。
「紫苑、どういう事か説明しなさい」
「俺は……辰彦様と……、生涯を共したいと思っています。だから、その……お許し頂きたくて……」
俺は段々声が小さくなって俯いた。
沈黙が流れる。
「辰彦が優秀な良い男だとは俺も知っている。お前が娘だったら喜んで嫁に出していたかもしれない。だかな、紫苑。お前はゆくゆくは私の跡を継がなければならないのだぞ」
「はい。俺もそう思っておりました。けれど、俺はその夢よりも辰彦様を選んだのです。ですから父上様の跡は継げません……」
俺の身体は震えて涙が出そうになるのを必死に耐えた。
それでも父上様から放たれている威圧感のようなものに気圧されてしまう。
「親不孝をして申し訳ありません。俺は死んだ事としてもらって結構ですから」
「許さん!許さんぞ!」
「友厚、見苦しいぞ。紫苑が頑固なのはお前に……いや、白菊に似たのかな?どちらにしろ意見を曲げないのは親譲りだ」
全く焦ってもいない声でのんびり言う辰彦を見やると、何故か余裕の表情を浮かべている。
「時に、友厚。お前、最近頻繁に通う女がいるそうじゃないか」
「なっ、何故それを……?」
「情報集めは私の本業だよ。まだまだ引退するまでに跡取りをこしらえるくらい造作も無いだろう?」
何も知らなかった俺は二人の顔を交互に見た。
「ち、違うぞ紫苑!幼子がいるに早くに夫を無くして、苦労している娘なんだ。俺は少し手助けているだけで」
「えっ、子供いる人なの?」
「3歳の女の子だそうだ。母親は26歳の白菊とは違う雰囲気の美人との話だけれど」
辰彦の言葉になんだかドキドキしてきた。
幼い頃、村の子供が兄弟で遊んでいる姿を見て羨ましかったのだ。
「俺に妹が出来るの?」
「気が早い!それにあの子は前夫の子だ」
「その子を溺愛していると聞いたが?」
「お前は何処まで情報を仕入れているんだ?!紫苑の前でやめろ!」
父上様は真っ赤になって狼のように吠えた。
こんなに感情的になる父上様は初めて見る。
辰彦は父上様を揶揄うように笑っており、父上様は振り回されているようだ。
そこからきっと昔は仲良かったんだろうなと垣間見る。
「父上様。俺は再婚には反対しませんよ?」
俺の声で我に返った父上様は咳払いをして、辰彦を睨む。
「お前、俺が断れないようにその話題を出しただろう。でも駄目だ!紫苑は家に帰って来なさい!」
「嫌です!」
親子喧嘩が勃発しそうな状態を辰彦が止めた。
大丈夫だとばかりに俺の背中を一撫ですると、真剣な表情で姿勢を正した。
そして父上様に頭を下げた。
「紫苑を必ず幸せにすると約束する。だから、私に紫苑をくれまいか」
父上様は何も言わずに、俺達二人を眺めていた。
俺は居ても立ってもいられなくなって、父上様の前に両手をつくと額が畳につく程下げた。
「父上様、お願いします。俺を辰彦様のお側にいさせて下さい」
父上様はしばらく無言だったが、やがてため息を吐いた。
「私が反対しても、どうせお前達は一緒になるのだろう。ならば私はお前達の仲を認めるしかないじゃないか」
父上様は寂しそうに笑った。
俺は思わず顔を上げて父上様を見た。
父上様は俺を見て優しく微笑んでくれたので、俺は胸がいっぱいになった。
「だが、死んだことにはしないからな。怪我をして任務は行えなくなったとでも報告しておこう。ほとぼりが冷めたら顔を見せに来なさい」
「ありがとうございます!」
俺はまた深々と頭を下げる。
「それから辰彦。お前も一度白菊の墓参りに行きなさい。あいつも喜ぶはずだ」
「分かった」
辰彦は静かに返事をした。
「次来る時は、子育ての手伝いでにでも来てやるさ」
「だからその話は……」
「お前はまだ知らないのか?その娘は最近具合が悪そうにしてるんじゃないのか」
「まさかっ、何か病を?!」
父上様は慌てて立ち上がった。そんなに心配するなんてその人の事が好きなんだと分かった。
ただ俺は父上様と辰彦の会話を理解しておらず、ただその様子を見ていた。
辰彦がそんな俺の手を引いて立ち上がらせた。
そのまま手を握って退室のために襖に手をかけた。
そして意味深な笑みを浮かべた辰彦が最後の爆弾を落とす。
「種は仕込んだんだろう?滋養の良い物を贈ってやる」
まさかと呟いて父上様は俺達を押しのけるように駆けて行ってしまい、感動で潤んでいた俺の目から涙が引っ込んだ。
「紫苑と幾つも変わらない歳の娘を孕ませるなんてなぁ」
「辰彦様、最初から知ってたんですか?!」
辰彦はクククと喉を鳴らす。
「さぁ、紫苑。友厚の許しも得たことだし、白菊の墓参りを済ませたら私達もたくさん種付けしようかね」
俺と辰彦は、花売りからあるだけたくさんの美しい花を買って墓へ向かった。

終わり

==========

平凡な終わりになりましたが、お読みくださりありがとうございます。

紫苑は辰彦の影として仕事をしながら愛され、10年後くらいに、再婚した友厚の四番目の子を養子にもらったりして、幸せに暮す予定です。
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