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第43話 大魔道士イリヤ
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動きを止めた魔人は二歩三歩と後ずさると、腹部を抑えて床に倒れ伏す。
もしかすれば生まれて初めて感じる『痛み』という概念。苦痛に歪んだ視線を持ち上げ、五体満足のイリヤを睨みつける。
「ぎざま……なにをじだ……」
「お前がただ単に間抜けであっただけじゃよ」
右手を突き出す格好──まさしく掌底を放つ所作を保ったまま、イリヤが魔人に対して言い放つ。魔人の腕が己に届く前に、その腹部を穿ったのだ。
魔人の強度の由来は、元来の強靭な皮膚の上をモンスターの扱う天然付与と同じく膨大な魔力で覆っているから。
これを突破する方法はいくつかある。
代表的なもので言えば、超火力によってその防御力ごと粉砕する、対象が魔力切れを起こすまで徹底的に叩くなどの力押しによるもの。
だが、今のイリヤでは魔人の攻撃を凌ぎながら大火力を放てる魔法を組み上げる余裕はなかった。ゆえに、相手の体内に直接魔法を発動させたのだ。
格闘の達人が使う技に『鎧通し』というものがある。強固な鎧を通り越して、相手の体内に直接衝撃を送り込む絶技。それに近しいことを、イリヤは魔法で行ったのである。
魔人掌──文字通り、魔人をも穿つ技だ。
今現在、一手間の範囲内で頑強な魔人に通じる、イリヤの奥の手だった。
この技は相手に直接触れる必要があり、求められるのは相手の懐に飛び込む体捌きと、死地に飛び込む胆力。
この双方を兼ね揃えていたイリヤだったが、高速で動く魔人を正確に捉えるのは困難だった。故に策を仕込んだ。
「魔法使いの宣誓ってのはな、ただ単に魔法の制御に用いるもんでもないんじゃよ、これが」
熟練の魔法使いは魔法の暴発を防ぐために、特定動作を精神に刻み込み発動の引き金としている。
だがそれは同時に、魔法の先読みをされる恐れも意味していた。特定の動作を相手に察知されれば、魔法の発動を自ら教えているようなものだ。
イリヤが宣誓をシリウスに教示した際に、彼女が危惧していたのはまさにこれであった。
──実はこれにはまだ続きがある。
「中途半端に知識がある、経験の浅い魔人を相手にするならこの手でハメるに限る」
「まさ……か」
「視線でバレバレなんじゃよ。理想的な形で引っ掛かってくれてどうもありがとう」
イリヤがクルリと指で空に円を描けば、たったそれだけで指先に火が灯った。
結論だけを言えば、宣誓というものは便利であれど必要不可欠なものではない。その気になれば、省いてしまったとしても魔法の発動はできる。あるいは正確性に問題が出る可能性もあるが、卓越したイリヤの技量があればほとんど無視できる範囲なのだ。
魔人はイリヤの手の動きに注意しすぎて、みすみす誘い込まれたのだ。ゆえに、無防備を晒しカウンターを食らったのだ。油断はなかったが、大前提としてイリヤの策に落ちていた。
「だが……この程度で俺は死なんぞ」
初めてダメージが入ったのは事実。けれども、たかだか内臓を少し焼かれた程度。致命傷には程遠い。これで魔人を殺し切るには後十発も二十発も同じ攻撃を打ち込む必要があるが、そこまでを魔人が許すはずもない。
「じゃろうな。けど、ここで詰みじゃ」
パチンッ。
内臓を焼かれた痛みから魔人が立ち上がるよりも早くに、イリヤは今度こそ指を鳴らした。すると、魔人が倒れた場所を中心に魔法陣が浮かび上がり、光の鎖が出現し中心部にいる魔人を雁字搦めに拘束し地面に縫い止めた。
魔人は力を込め鎖から脱しようとするが、叶わなかった。細い外見からは想像もつかないほどの頑強さを発揮していた。力の限りを振り絞ろうにも鎖はびくともしない。
「なんだとっ」
「いくら魔人といえど、そいつはすぐには壊せんよ。丹精込めて魔法陣を書き上げたからな」
「いつの間に!?」
「そしてまだ気が付かんか。その時点でこの結末は既定路線じゃろうよ」
イリヤはつぶやくと身軽な動作で背後に飛び退く。
広間の入り口にまで下がると、両手を叩き地面に触れた。すると、広間全体を占めるほどの巨大な魔法陣が浮かび上がった。
地面に伏しながらもそれを目の当たりにした魔人や、イリヤの言葉の意味をようやく理解する。
「貴……様……最初から……これを狙って!?」
イリヤが通用しない魔法でひたすら魔人を狙い打っていたのは、ダメージを与えるためではない。
真の狙いは、この巨大魔法陣を描くこと。広間の中を飛び回っていたのはこれを形作るためであり、それを悟らせない為にあえて通用しない魔法を使い続けていたのだ。
魔法の威力というのは、魔法陣の正確性と面積に、込められている魔力の量に比例している。現段階のイリヤで特に問題だったのは魔力出量。都合上、一手間で発動できる魔法で魔人の強靭な体を貫くのは不可能だった。
ゆえに、広間全域を要するほどの巨大な魔法陣を描く必要があったのだ。
魔法のトラップも小さな一点に意識を向けさせ、大局的な面から目を逸らす為。
魔法陣の完成が完成した後は、宣誓の意識付けによるカウンターで、魔人を確実に中央部に誘い込む。動きを止めてからあらかじめ作っておいた魔法の鎖で拘束し、完全に固定する。
最初から最後までがイリヤの策であった。
だが、魔人が気がついたところでもはや遅い。
「『我、イリヤ・アイズフィールドがここに刻む』」
いつかの日。シリウスと出会った時、ドラゴンを討つのに使った祝詞の如く。
「『求めるは炎獄。魂をも焼き尽くす灼熱をここに示さん』」
事象を読み解き再現するのが魔法。それを逆算し、自然では発生しえぬ超常を世に具現化するのもまた魔法の真髄。
現実を超越した幻想をこの世に呼び出す。
「おのれ……オノレ、オノレ魔法使いィィィ!」
「そういえば一つだけ言い忘れておったな」
魔法を発動する間際に、イリヤは口の端を吊り上げる。
「大魔道士──儂のかつての通り名じゃ。今際に覚えておけ魔人」
両手を叩いて魔力を循環させると、最後の一押しに魔法陣の端に叩きつけた。
「炎獄の檻」
次の瞬間、この地の底に新たな太陽が生じたかのような、強烈な光と熱が発せられ魔人と部屋の全域を飲み込み、燃やし尽くした。
もしかすれば生まれて初めて感じる『痛み』という概念。苦痛に歪んだ視線を持ち上げ、五体満足のイリヤを睨みつける。
「ぎざま……なにをじだ……」
「お前がただ単に間抜けであっただけじゃよ」
右手を突き出す格好──まさしく掌底を放つ所作を保ったまま、イリヤが魔人に対して言い放つ。魔人の腕が己に届く前に、その腹部を穿ったのだ。
魔人の強度の由来は、元来の強靭な皮膚の上をモンスターの扱う天然付与と同じく膨大な魔力で覆っているから。
これを突破する方法はいくつかある。
代表的なもので言えば、超火力によってその防御力ごと粉砕する、対象が魔力切れを起こすまで徹底的に叩くなどの力押しによるもの。
だが、今のイリヤでは魔人の攻撃を凌ぎながら大火力を放てる魔法を組み上げる余裕はなかった。ゆえに、相手の体内に直接魔法を発動させたのだ。
格闘の達人が使う技に『鎧通し』というものがある。強固な鎧を通り越して、相手の体内に直接衝撃を送り込む絶技。それに近しいことを、イリヤは魔法で行ったのである。
魔人掌──文字通り、魔人をも穿つ技だ。
今現在、一手間の範囲内で頑強な魔人に通じる、イリヤの奥の手だった。
この技は相手に直接触れる必要があり、求められるのは相手の懐に飛び込む体捌きと、死地に飛び込む胆力。
この双方を兼ね揃えていたイリヤだったが、高速で動く魔人を正確に捉えるのは困難だった。故に策を仕込んだ。
「魔法使いの宣誓ってのはな、ただ単に魔法の制御に用いるもんでもないんじゃよ、これが」
熟練の魔法使いは魔法の暴発を防ぐために、特定動作を精神に刻み込み発動の引き金としている。
だがそれは同時に、魔法の先読みをされる恐れも意味していた。特定の動作を相手に察知されれば、魔法の発動を自ら教えているようなものだ。
イリヤが宣誓をシリウスに教示した際に、彼女が危惧していたのはまさにこれであった。
──実はこれにはまだ続きがある。
「中途半端に知識がある、経験の浅い魔人を相手にするならこの手でハメるに限る」
「まさ……か」
「視線でバレバレなんじゃよ。理想的な形で引っ掛かってくれてどうもありがとう」
イリヤがクルリと指で空に円を描けば、たったそれだけで指先に火が灯った。
結論だけを言えば、宣誓というものは便利であれど必要不可欠なものではない。その気になれば、省いてしまったとしても魔法の発動はできる。あるいは正確性に問題が出る可能性もあるが、卓越したイリヤの技量があればほとんど無視できる範囲なのだ。
魔人はイリヤの手の動きに注意しすぎて、みすみす誘い込まれたのだ。ゆえに、無防備を晒しカウンターを食らったのだ。油断はなかったが、大前提としてイリヤの策に落ちていた。
「だが……この程度で俺は死なんぞ」
初めてダメージが入ったのは事実。けれども、たかだか内臓を少し焼かれた程度。致命傷には程遠い。これで魔人を殺し切るには後十発も二十発も同じ攻撃を打ち込む必要があるが、そこまでを魔人が許すはずもない。
「じゃろうな。けど、ここで詰みじゃ」
パチンッ。
内臓を焼かれた痛みから魔人が立ち上がるよりも早くに、イリヤは今度こそ指を鳴らした。すると、魔人が倒れた場所を中心に魔法陣が浮かび上がり、光の鎖が出現し中心部にいる魔人を雁字搦めに拘束し地面に縫い止めた。
魔人は力を込め鎖から脱しようとするが、叶わなかった。細い外見からは想像もつかないほどの頑強さを発揮していた。力の限りを振り絞ろうにも鎖はびくともしない。
「なんだとっ」
「いくら魔人といえど、そいつはすぐには壊せんよ。丹精込めて魔法陣を書き上げたからな」
「いつの間に!?」
「そしてまだ気が付かんか。その時点でこの結末は既定路線じゃろうよ」
イリヤはつぶやくと身軽な動作で背後に飛び退く。
広間の入り口にまで下がると、両手を叩き地面に触れた。すると、広間全体を占めるほどの巨大な魔法陣が浮かび上がった。
地面に伏しながらもそれを目の当たりにした魔人や、イリヤの言葉の意味をようやく理解する。
「貴……様……最初から……これを狙って!?」
イリヤが通用しない魔法でひたすら魔人を狙い打っていたのは、ダメージを与えるためではない。
真の狙いは、この巨大魔法陣を描くこと。広間の中を飛び回っていたのはこれを形作るためであり、それを悟らせない為にあえて通用しない魔法を使い続けていたのだ。
魔法の威力というのは、魔法陣の正確性と面積に、込められている魔力の量に比例している。現段階のイリヤで特に問題だったのは魔力出量。都合上、一手間で発動できる魔法で魔人の強靭な体を貫くのは不可能だった。
ゆえに、広間全域を要するほどの巨大な魔法陣を描く必要があったのだ。
魔法のトラップも小さな一点に意識を向けさせ、大局的な面から目を逸らす為。
魔法陣の完成が完成した後は、宣誓の意識付けによるカウンターで、魔人を確実に中央部に誘い込む。動きを止めてからあらかじめ作っておいた魔法の鎖で拘束し、完全に固定する。
最初から最後までがイリヤの策であった。
だが、魔人が気がついたところでもはや遅い。
「『我、イリヤ・アイズフィールドがここに刻む』」
いつかの日。シリウスと出会った時、ドラゴンを討つのに使った祝詞の如く。
「『求めるは炎獄。魂をも焼き尽くす灼熱をここに示さん』」
事象を読み解き再現するのが魔法。それを逆算し、自然では発生しえぬ超常を世に具現化するのもまた魔法の真髄。
現実を超越した幻想をこの世に呼び出す。
「おのれ……オノレ、オノレ魔法使いィィィ!」
「そういえば一つだけ言い忘れておったな」
魔法を発動する間際に、イリヤは口の端を吊り上げる。
「大魔道士──儂のかつての通り名じゃ。今際に覚えておけ魔人」
両手を叩いて魔力を循環させると、最後の一押しに魔法陣の端に叩きつけた。
「炎獄の檻」
次の瞬間、この地の底に新たな太陽が生じたかのような、強烈な光と熱が発せられ魔人と部屋の全域を飲み込み、燃やし尽くした。
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