爺無双──若返った大魔道士の退屈しない余生──

ナカノムラアヤスケ

文字の大きさ
上 下
43 / 47

第43話 大魔道士イリヤ

しおりを挟む
 動きを止めた魔人は二歩三歩と後ずさると、腹部を抑えて床に倒れ伏す。

 もしかすれば生まれて初めて感じる『痛み』という概念。苦痛に歪んだ視線を持ち上げ、五体満足のイリヤを睨みつける。

「ぎざま……なにをじだ……」
「お前がただ単に間抜けであっただけじゃよ」

 右手を突き出す格好──まさしく掌底を放つ所作を保ったまま、イリヤが魔人に対して言い放つ。魔人の腕が己に届く前に、その腹部を穿ったのだ。

 魔人の強度の由来は、元来の強靭な皮膚の上をモンスターの扱う天然付与と同じく膨大な魔力で覆っているから。

 これを突破する方法はいくつかある。

 代表的なもので言えば、超火力によってその防御力ごと粉砕する、対象が魔力切れを起こすまで徹底的に叩くなどの力押しによるもの。

 だが、今のイリヤでは魔人の攻撃を凌ぎながら大火力を放てる魔法を組み上げる余裕はなかった。ゆえに、相手の体内に直接魔法を発動させたのだ。

 格闘の達人が使う技に『鎧通し』というものがある。強固な鎧を通り越して、相手の体内に直接衝撃を送り込む絶技。それに近しいことを、イリヤは魔法で行ったのである。

 魔人掌──文字通り、魔人をも穿つ技だ。

 今現在、一手間の範囲内で頑強な魔人に通じる、イリヤの奥の手だった。
 
 この技は相手に直接触れる必要があり、求められるのは相手の懐に飛び込む体捌きと、死地に飛び込む胆力。

 この双方を兼ね揃えていたイリヤだったが、高速で動く魔人を正確に捉えるのは困難だった。故に策を仕込んだ。

「魔法使いの宣誓コールってのはな、ただ単に魔法の制御に用いるもんでもないんじゃよ、これが」

 熟練の魔法使いは魔法の暴発を防ぐために、特定動作を精神に刻み込み発動の引き金トリガーとしている。

 だがそれは同時に、魔法の先読みをされる恐れも意味していた。特定の動作を相手に察知されれば、魔法の発動を自ら教えているようなものだ。

 イリヤが宣誓コールをシリウスに教示した際に、彼女が危惧していたのはまさにこれであった。

 ──実はこれにはまだ続きがある。

「中途半端に知識がある、経験の浅い魔人を相手にするならこの手でハメるに限る」
「まさ……か」
「視線でバレバレなんじゃよ。理想的な形で引っ掛かってくれてどうもありがとう」

 イリヤがクルリと指で空に円をけば、たったそれだけで指先に火が灯った。

 結論だけを言えば、宣誓コールというものは便利であれど必要不可欠なものではない。その気になれば、省いてしまったとしても魔法の発動はできる。あるいは正確性に問題が出る可能性もあるが、卓越したイリヤの技量があればほとんど無視できる範囲なのだ。

 魔人はイリヤの手の動きに注意しすぎて、みすみす誘い込まれたのだ。ゆえに、無防備を晒しカウンターを食らったのだ。油断はなかったが、大前提としてイリヤの策に落ちていた。

「だが……この程度で俺は死なんぞ」

 初めてダメージが入ったのは事実。けれども、たかだか内臓を少し焼かれた程度。致命傷には程遠い。これで魔人を殺し切るには後十発も二十発も同じ攻撃を打ち込む必要があるが、そこまでを魔人が許すはずもない。

「じゃろうな。けど、ここで詰みじゃ」

 パチンッ。

 内臓を焼かれた痛みから魔人が立ち上がるよりも早くに、イリヤは今度こそ指を鳴らした。すると、魔人が倒れた場所を中心に魔法陣が浮かび上がり、光の鎖が出現し中心部にいる魔人を雁字搦めに拘束し地面に縫い止めた。

 魔人は力を込め鎖から脱しようとするが、叶わなかった。細い外見からは想像もつかないほどの頑強さを発揮していた。力の限りを振り絞ろうにも鎖はびくともしない。

「なんだとっ」
「いくら魔人といえど、そいつはすぐには壊せんよ。丹精込めて魔法陣を書き上げたからな」
「いつの間に!?」
「そしてまだ気が付かんか。その時点でこの結末は既定路線じゃろうよ」

 イリヤはつぶやくと身軽な動作で背後に飛び退く。

 広間の入り口にまで下がると、両手を叩き地面に触れた。すると、広間全体を占めるほどの巨大な魔法陣が浮かび上がった。

 地面に伏しながらもそれを目の当たりにした魔人や、イリヤの言葉の意味をようやく理解する。

「貴……様……最初から……これを狙って!?」

 イリヤが通用しない魔法でひたすら魔人を狙い打っていたのは、ダメージを与えるためではない。

 真の狙いは、この巨大魔法陣を描くこと。広間の中を飛び回っていたのはこれを形作るためであり、それを悟らせない為にあえて通用しない魔法を使い続けていたのだ。

 魔法の威力というのは、魔法陣の正確性と面積に、込められている魔力の量に比例している。現段階のイリヤで特に問題だったのは魔力出量。都合上、一手間で発動できる魔法で魔人の強靭な体を貫くのは不可能だった。

 ゆえに、広間全域を要するほどの巨大な魔法陣を描く必要があったのだ。
 魔法のトラップも小さな一点に意識を向けさせ、大局的な面から目を逸らす為。

 魔法陣の完成が完成した後は、宣誓コールの意識付けによるカウンターで、魔人を確実に中央部に誘い込む。動きを止めてからあらかじめ作っておいた魔法の鎖で拘束し、完全に固定する。

 最初から最後までがイリヤの策であった。

 だが、魔人が気がついたところでもはや遅い。

「『我、イリヤ・アイズフィールドがここに刻む』」

 いつかの日。シリウスと出会った時、ドラゴンを討つのに使った祝詞の如く。

「『求めるは炎獄。魂をも焼き尽くす灼熱をここに示さん』」

 事象を読み解き再現するのが魔法。それを逆算し、自然では発生しえぬ超常を世に具現化するのもまた魔法の真髄。

 現実を超越した幻想をこの世に呼び出す。

「おのれ……オノレ、オノレ魔法使いィィィ!」
「そういえば一つだけ言い忘れておったな」

 魔法を発動する間際に、イリヤは口の端を吊り上げる。

「大魔道士──儂のかつての通り名じゃ。今際に覚えておけ魔人ひよっこ

 両手を叩いて魔力を循環させると、最後の一押しに魔法陣の端に叩きつけた。

炎獄の檻ヘルヘイズ・ホール

 次の瞬間、この地の底に新たな太陽が生じたかのような、強烈な光と熱が発せられ魔人と部屋の全域を飲み込み、燃やし尽くした。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

魔具師になったら何をつくろう?

アマクニノタスク
ファンタジー
いつもありがとうございます。 ☆お気に入りも3500を突破しました☆ ~内容紹介~ ある日、雷にうたれた事をきっかけに前世の記憶が目醒めました。 どうやら異世界へ転生してしまっているようです。 しかも魔具師と言う何やら面白そうな職業をやっているではないですか! 異世界へ転生したんだし、残りの人生を楽しもうじゃないですか!! そんなこんなで主人公が色んな事に挑戦していきます。 知識チートで大儲けしちゃう? 魔導具で最強目指しちゃう? それともハーレムしちゃう? 彼が歩む人生の先にはどんな結末が待っているのか。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

目覚めたら地下室!?~転生少女の夢の先~

そらのあお
ファンタジー
夢半ばに死んでしまった少女が異世界に転生して、様々な困難を乗り越えて行く物語。 *小説を読もう!にも掲載中

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...