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第41話 シリウスの願い
しおりを挟む凄まじい衝撃で壁に叩きつけられたシリウス。壁面が陥没するほどの勢いではあったが、肉体はかろうじて五体満足をとどめていた。ミノタウロスが大鉈を振るう寸前、刃と体の間に大剣を差し込む事に成功したのだ。
しかし、胴体の上下が泣き別れするような事態は避けられたが、かと言って無事とは程遠い状態であった。
「──がはっ、ごほぉ、お──ぇぇええっ……」
壁から落ちたシリウスは手をついて立ちあがろうとするが、その前に喉奥から込み上げるものを吐き出した。胃液に混じって赤いものが多く含まれている。壁に叩きつけられた衝撃で内臓にかなりの負荷がかかっている。もしかしたら折れた骨が内臓を傷つけている恐れもある。
内側も中々だが、もっと深刻なのは外側の負傷だ。全開の身体強化によってただでさえ傷んでいたところに今の衝撃だ。至る所の骨に罅が入り、何箇所かは折れている。筋肉も各所が断裂している。
一番深刻なのは右腕だ。大剣を片手で扱っていた上、ミノタウロスの角に渾身の一撃を受け止められた。その反動がモロに腕に伝わり、ほとんど感覚が失われている。
ショック死しかねないほどの激痛に苛まれるが、どうにか意識を保っていられるのは、長年に身体強化魔法を無意識に使ってきた故の強靭な体があってこそである。
どうにか視線を巡らせれば傍の大剣は半ばで砕け散っていた。
ミノタウロスの強靭な一撃を防ぐ際に、反射的に付与術の魔力を更に上乗せし、衝撃を相殺。威力の全てを殺しきれはしなかったがおかげで命拾いした。が、代わりに大剣が付与術の過負荷に耐えきれずに崩壊したのだ。そうしなければ、おそらく壁に叩きつけられた時点でシリウスの体は原型を留めず潰れていた。
(これが、身の程知らずに調子に乗った結果か……)
激痛に攪拌される思考の片隅で、わずかに残った冷静な思考が今の己を笑う。
あのイリヤが『足止め』に徹するように言った相手なのだ。自分のような半端者が仕留め切れるような存在ではない。それが調子に乗って倒そうと意気込んだらこのザマだ。
ミノタウロスがシリウスの乾坤一擲を防いだのは偶然ではない。明らかに彼女の動きを読み取った結果だ。直前によろめいて見せたのも、シリウスに己の背後を取らせるための陽動だったのだ。
確信はなかったはずだ。あの隙を晒したとして、シリウスが背後に回るという保証はどこにもなかった。だが、あのミノタウロスはその賭けに勝ったのだ。
まるで戦士としての格の違い、己の未熟を見せつけられたかのような気分だ。
見ればミノタウロスは徐々にこちらに近づいてきている。
あれほどの一撃だ。肉体で最も強靭な部位で受け止めたとはいえ、それを支える肉体には多大な負荷がかかるのは必然だ。その足取りは重い。けれども、五体は健在であり、遅いながらも着実にシリウスとの距離を縮めている。
己を見誤ったシリウスが地に伏せ、それを読み切ったミノタウロスは立っている。彼我の優劣を表した光景だ。
(ははっ、やっぱり私はどこまでいっても半端者じゃない)
痛みとはまた違った涙が目から溢れ出す。
脳裏に浮かび上がるのは始めてイリヤと出会った時の光景。
そういえば彼に出会った時も自分は死にそうになって。
突如として現れた少年。たった一人でドラゴンを討伐してしまったその力。
彼が放った氷結の魔法は今でもありありと目に浮かぶ。
あの美しい光景に目を──心を奪われた。
(そうか──私は──)
強くなりたいという気持ちに嘘偽りはなかった。昔の仲間を見返したいという思いは今でも胸の中にある。最初は確かにこれだけだったはず。
けれども、それ以上に今の自分を己を突き動かす衝動がある。
──憧憬だ。
あれほどのことを人の身でなしえるのか。
あれほどに美しい光景がこの世にあるのか。
あれほどの偉業に、憧れ渇望した。
あれほどの英雄に、私もなりたい。
私は──。
「──イリヤの隣に立ちたい」
これまで漠然としていた望みが急速に形を帯びる。砕けた性根を叩き伏せ、より強靭な信念を形成していく。曖昧蒙古としていた思考が急速に熱を帯び、それに反して頭の芯が冷静になっていく。
口から漏れる言葉をシリウスは認識していなかった。だが、言葉は紛れもなく彼女の本心。恥も外聞も何もなく、ありのままの気持ちが力を呼び覚ます。
生命の危機に至って到達した限界を超えた集中力と、心の奥底から湧き上がる衝動が、余計な一切を削ぎ落としていく。
「イリヤの本当の相棒になるの」
見据えた先にいるのはミノタウロス。けれども今の彼女の目には、かつてイリヤが放った魔法が今もなお刻まれている。あのドラゴンを倒した氷結の魔法。忘れたくても忘れられない衝撃だった。
「────…………?」
気がつけば、シリウスは立ち上がっていた。骨が砕けている右腕に大剣を携えて。視線を下ろせば、腕は半透明の固形物──『氷結』に覆われていた。
「そうか──これは──」
シリウスが立ち上がったのを見たミノタウロスが野太い野生の声を発しながら地を駆け出した。全身から地を流すともその踏み込みには力強さがある。
対してシリウスも動き出す。しかし、先ほどの野生的な動きは見る影もない。足取りも頼りなく今にも倒れそうだ、どうにか立っていられるという様相。
だがその踏み込みに悲壮感はない。
地を踏み締める姿に絶望がない。
あるのはただ、前に進むという確固たる意志。
大鉈を振りかぶったミノタウロスと、シリウスが交錯する。
痛みの悲鳴はモンスターのものであった。僅かに遅れて、金属が地に刺さる音が届く。
すれ違いざまに振るわれた大鉈は根元近くから切り落とされており、腕には深い傷が穿たれていた。シリウスの大剣は既に折れており、リーチは圧倒的に劣っていたにも拘らずだ。
ミノタウロスの背後で、シリウスは己の腕を改めて顧みる。
右腕を覆った氷はさらに手に続き、半ばとなった大剣を飲み込みついには氷の刃を具現化するに至っていた。
今のシリウスには知る由もなかった。
それこそが付与術の真骨頂。魔力付与の更にもう一つ上の段階に位置する技。
命の危機に直面した極限の集中力と、自身の中にある強い憧れ。イリヤから賜った魔法の鍛錬が絡み合うことで、ついに一つの技術が開花する。
──『魔装化』。魔法を器物に上乗せする事によって、性能限界を突破する術。
これはシリウスが真に魔法使いとして──剣技と魔法を併せ持つ『魔法剣士』としての第一歩を踏み出した証左であった。
右腕は至る所が折れていたが、氷を貼ることで固定化。握力も死んでいるがこれも手と柄を丸ごと凍り付かせることで対処する。
振り返れば、ミノタウロスは血走った目でこちらを見据えている。鉈を破壊されていようとも、まだ両足には力が篭っている。そしてミノタウロスには武器が残されていた。
片側となったミノタウロスの角。その先端をシリウスに向ける。
「……いいわ、決着をつけましょう」
シリウスは氷の大剣を構える。
そして──。
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