36 / 47
第36話 爺、仇敵と面を合わせる
しおりを挟む通路を駆けるイリヤの背後から、激しい剣戟の音と震動が伝わってくる。
いかに稀有な才能を有していようが、シリウスが未だに発展途上には違いない。将来的にはともかく、今のシリウスにミノタウロスは荷が重たすぎる。ゆえに最初は『足止め』に徹するように言ったわけだが。
「死ぬなよ、シリウス」
後ろを振り返ることはせず、だがシリウスは祈るように呟いた。
シリウスが見せたあの顔には覚えがある。
自らの限界に命を懸けてでも挑もうとする、戦士の顔だ。
あんなものを見せられて首を横に触れるはずがない。いかなる危険があろうとも、もし拒絶などすれば、たとえその場を生き残ったとしても、今後は一生恨まれるに違いない。
「……どちらにせよ、儂は儂の仕事をきっちり終わらせにゃならんか」
シリウスがどのような形で生き残ろうとも、イリヤが仕損じれば全てがご破算だ。心配する気持ちはあれどそちらにばかり気を取られているわけにも行かない。断腸の思いでシリウスのことを思考の片隅に追いやると、イリヤは目の前のことに集中する。
しばらく走ると、広い部屋にたどり着く。
やはり人工的な作りであるが様相はかなり異なっている。部屋の至る所にパイプが張り巡らされており、壁には大小さまざまな、円柱状ガラス容器のようなものが並んでいる。内部は液体で満ちており生物と思わしき何かしらが収まっていた。
「……旧文明時代の遺跡か。まだ稼働してるモノが存在しているとはな」
この迷宮──あるいは遺跡──は、イリヤの前世よりも更に大昔に建造されたものだ。過去にイリヤも何度か目にしたことがあり、だからこそこの遺跡がどのような意図で作られたのかも知っている。
「……やはり来たか、魔法使い」
言葉を発したのは、その深奥にいる人の姿。
否、見てくれこそは人間に近しいがそれは人と似て非なる存在だ。
「──っ」
ズキリと右目が痛む。頭蓋の中央に突き刺さるような痛みだが、半ば予想していたことでありもはや動揺はなかった。
「仲間を置いてきたのは以外だ」
「あのミノタウロスと戦っている最中にお前に割り込まれちゃ敵わんからな」
自身からは見えないが、おそらく右目は再び金色に変じていることだろう。間違いなく、目の前にいる存在が起因している現象。これまで己が辿った軌跡を顧みればそれが何を意味しているのかを推し量ることは可能だ。
「まさかこの時代で面を合わせることになるとは思わんかったよ──『魔人』」
それはかつて、『魔王』が率いていた尖兵の一つ。姿形は人にこそ似ているが、うちに秘めた力は強大。中にはたった一人で当時の人間戦力一個師団と同等とされるほど個体も存在していた。
無論、それも過去の話。かつての戦いにおいて魔人は、勇者を筆頭にイリヤを含んだパーティーによって全てが打ち滅ぼされていたはず。
はず──なのであるが、イリヤの目の前にいるのはやはり魔人に相違なかった。
「儂らの戦いをこっそり見てたのはお前か」
「然り。これまで観測した人間の平均値から大きく逸脱した魔力を二つ感知した。故に、モンスターを放って観察した」
二つ──イリヤだけでなくシリウスのことを指しているのだろう。口ぶりからするに、あのオーガを放ったのもこの魔人。イリヤたちの能力を把握するための当て馬だったと考えられる。
「とりあえずあれだ。一応は確認しておきたい」
「なんだ?」
「お前たちの親玉であった魔王はもうこの世に存在していない。その辺りは理解してるか?」
「ああ。我ら魔人は魔王様の存在をどこからでも知覚できる。故に知覚できていない時点で魔王様が消滅しているのは当然の帰結だ」
「ってことは、お前たちに命令を下していた者はいないわけなんじゃが──」
「我らの存在意義は魔王様のご意志に沿うこと。そして魔王様の意志は人間の殲滅だ」
「だよなぁ。お前らはそういう存在じゃもんなぁ」
一縷の望み──むしろ0.1ほどの望みではあったが、予想通り取り付く島もないようだ。判り切っていたことではあるのだが。
「こちらからも質問だ」
「まぁこっちの疑問には答えてくれたわけだし……なんじゃ?」
「どうして貴様がその目を持っている」
魔人の言葉がイリヤの金眼を指しているのは聞き返すまでもなかった。
「あー、これな。とばっちりというか事故というか。正直、神様の悪戯とかそのレベルの偶然じゃな」
「その目を持っている貴様に対して私は激しく苛立ちを感じている」
「気持ちはわからんでもない。儂だって逆の立場だったらキレ散らかしてるじゃろうしな」
タダでさえ張り詰めた緊張がいよいよ昂っていく。
パチンッ!
イリヤは短く息を吐き指を鳴らして、魔法陣を展開。解き放たれたの数多の鋭利な氷の礫。弓から放たれた矢の如く、魔族に向けて殺到する。
けれども魔人が振るった腕によってその全てが破砕された。
「そりゃそうなるわな」
魔人の腕はそれまでの人型とは違った形状に変貌していた。筋肉が異様に肥大化し、まるで肉でできた鎧のようなものへと変じていた。
「卑怯とは言ってくれるなよ」
「我らと貴様ら人間とは元来そのような関係と認識している。是非を問うつもりもない」
「お前ら、エセ貴族とか腐った王族とかよりも本当に潔すよすぎる。愛憎交々の戦いの方がまだやりやすいんじゃがな」
自身に定められた仕事を当然のように行う。まるで熟練の職人が口にするようなセリフに、イリヤは苦味が走った顔になる。感情の伴わない行動原理を前にするといつもこうだ。
しかし、だからと言って手心を加えるつもりもない。
10
お気に入りに追加
903
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈

魔具師になったら何をつくろう?
アマクニノタスク
ファンタジー
いつもありがとうございます。
☆お気に入りも3500を突破しました☆
~内容紹介~
ある日、雷にうたれた事をきっかけに前世の記憶が目醒めました。
どうやら異世界へ転生してしまっているようです。
しかも魔具師と言う何やら面白そうな職業をやっているではないですか!
異世界へ転生したんだし、残りの人生を楽しもうじゃないですか!!
そんなこんなで主人公が色んな事に挑戦していきます。
知識チートで大儲けしちゃう? 魔導具で最強目指しちゃう? それともハーレムしちゃう?
彼が歩む人生の先にはどんな結末が待っているのか。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました
紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。
国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です
更新は1週間に1度くらいのペースになります。
何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。
自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m


特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる