爺無双──若返った大魔道士の退屈しない余生──

ナカノムラアヤスケ

文字の大きさ
上 下
35 / 47

第35話 シリウス、覚悟を決める

しおりを挟む

 ──バァァンンッ!!

 両開きの扉がけたたましい音を発しながら押し開かれた。

「……ねぇちょっと、これで良いの?」
「戦いってのは勢いが大事じゃ。こう言う時には景気よくやったほうがいいんじゃよ」

 扉を破らんばかりの勢いで蹴り開いたシリウスの疑問にイリヤは揚々と答える。

 迷宮の未踏域に踏み込んだ二人を待ち受けていたのは、それまでの洞窟然だった様相とは明らかに異なる。壁には等間隔に配置され、床や壁は岩肌ではなく平面。明らかに人の手が加えられたものとわかる。

「イリヤと初めて会った場所を思い出すわね」
「おそらくは同じ時期に作られたんじゃろうな」

 イリヤたちが入ってきた場所から対面には、さらに奥へと続く通路。見据えたイリヤの目が鋭さを帯びた。それと同じく、シリウスは剣の柄に手を掛ける。

 通路の奥から強烈な魔力──そして剥き出しの殺気が溢れ出していた。

 鈍重な足音を立てながら、やがてそれは姿を現した。

 ミノタウロス──人の体に牛の頭部を有する半人半獣のような出立。シリウスのような獣人種との最大の違いは意思疎通がほぼ不可能であり、遭遇すればほぼ間違いなく人間を襲う凶暴性を有している。身の丈はオーガに匹敵しながらも威圧感はより一層に濃く、手にしているのは無骨な大鉈だ。

(魔力の強さからして、オーガよりも一段階ぐらい格上じゃな)

 イリヤの内心と同じものをシリウスも感じているのだろう。気圧されるようなことはないにしろ、引き抜いた剣の柄を握る手に力が篭るのが見てとれた。

 単純な話、あのミノタウロス一体であればどうとでもなる。だがそれはイリヤとシリウスが一緒になって戦う場合だ。

(半ば予想していたとはいえ、いるな)

 イリヤの視線はミノタウロスの背後。モンスターが姿を現した通路のその先へと向けられる。奥から感じられる気配に険しい心境を抱く。

 思考できる時間は限られている。今の状況で下せる最適解を、瞬時に導き出さなければならない。

 そうしてイリヤは決断した。

「シリウス、あいつの足止めを頼む。儂は一足先に奥へ向かう」
「────ッ」

 動揺は一瞬。だが、同時に理解もする。イリヤが口にしたと言うのであれば、相応に深刻な事情がある。今更あれこれと深く問いただす余地もない。

「無理に倒そうと考えなくて良い。儂が戻ってくるまでに、この場に留めておいてくれればいい」

 言葉の裏には、今のシリウス単独では荷が重たいのだと含みがあった。事実、肌に触れる殺意は優にオーガを超えていた。それだけに否定のしようもなくシリウスは頷く──。

「……………ねぇイリヤ」

 だが、首を縦に振る直前、口の端を吊り上げた。

「別に私が倒しちゃっても良いのよね、あれ」
「おい、こんな時に何を」

 冗談を言っている場合ではないと、シリウスを横目で見ればイリヤは言葉に詰まった。

 恐怖が僅かに滲み出ている。無理やり浮かべた笑みは明らかに引き攣っている。賢い理性ではやめろと叫んでいるのがわかる。だがしかし、決意を感じられるものだった。
 
 えてして、老人というのは若者のこういう顔に弱いのだ。

 並々ならぬ覚悟を受け取ったイリヤは言った。

「少しばかり訂正しようか。やれそうだったらやっちまって構わん」
「了解!」

 言葉と共に、シリウスは一気に駆け出した。身体強化魔法で強化された脚力から繰り出される踏み込み。二十歩以上はあった間合いを瞬時に詰める。

 ────ガギンッ!!

 シリウスの振るった大剣に対して、当然ながらミノタウロスも大鉈で迎え撃つ。二つの刃がぶつかり合った衝撃が撒き散らされ風が吹き荒れる。

 肌が痺れるような余波を感じながら、シリウスは魔法を展開。自身の背後に突風を巻き起こして身体を前方へと一気に押し出す。シリウスの踏み込みに勝るとも劣らない速度でミノタウロスの脇を抜けていく。

 だがそれを黙って見逃すほどミノタウロスも愚かではない。シリウスとの鍔迫り合いも僅かな間に過ぎず、巨体から繰り出される膂力がシリウスを薙ぎ払った。そして、次にイリヤに向けて大鉈を向けようとするが。

「あんたの相手はっ! 私っ!!」

 吹き飛ばしたはずのシリウスが瞬時に体勢を立て直すと即座に詰め寄り、再度大剣を振り下ろす。やはりミノタウロスは大鉈の刃で受け止めるが、その結果イリヤが奥の通路へ消えていくのを見逃すこととなった。

 ミノタウロスの殺意のこもった視線がシリウスを射抜くが、対して彼女は笑って答えた。

「しばらくの間付き合ってもらうわよ。もしかしたら短い間柄になるかもしれないけどね」

 言葉が通じたかどうかは不明だが、シリウスの挑発にも近しい言葉にさらに殺気が膨れ上がる。受け止めた大剣ごとシリウスを弾き飛ばす。

「くぅぅっ!?」

 耐える耐えないの次元ではない。内臓の位置が変わるような圧力に、シリウスは剣を手放さないようにするのが精一杯だ。地面に叩きつけられると二度三度と体が跳ね、止まった時には空間の扉辺りまでミノタウロスと距離が離れていた。

「分かりきってはいたけど……キツイわね」

 もし僅かにでも剣を握る力が緩めば、自由になった大鉈の刃で体の何処かが胴体と泣き別れしていたに違いない。膂力に限っただけでも明らかにオーガを上回っている。

「けど、これでいい」

 鈍い痛みを感じながらもシリウは立ち上がり、改めて剣を構え直す。その間にミノタウロスはイリヤを追うことも出来ただろうに、目は一点にシリウスに注がれていた。

 ミノタウロスをこの場に止めるという、イリヤからの要望はこれで達成できた。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】

雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。  そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!  気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?  するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。  だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──  でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

処理中です...