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第32話 爺の幸運

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 オーガを含んだモンスターの襲撃から四日が経過。その後も何度かモンスターが攻めてはきたものの、拠点にいる猟兵の総出で対処するような事態にはならなかった。むしろ、イリヤが到着した晩に出てきた数が異常だったのだ。

 だが、あの異常な事態を除いていたとしても、迷宮から漏れ出るモンスターの数は徐々にだが数を増してきていた。間違いなく本格的な活性化の迫ってきているのを誰もが感じていた。

 拠点の周囲にモンスターが好む香りを発する木材を適宜燃やすことで、迷宮のモンスターを引き寄せているが、これ以上の数ともなれば匂いに吊られずに他所へ行く個体も出てくる。拠点と街を繋ぐルートにモンスターが出現し始めているのもその一環だ。

 拠点で迷宮から溢れたモンスターたちを対処する一方で、ギルドは掃討戦の依頼を発行。十分な数を招集した段階でついに出発した。大半が四位でいくつかは三位の猟兵だ。上級二位以上の猟兵は非常に数が少ないので仕方がない。

「参加を決めてくれたようだな」

 猟兵たちを引き連れて拠点にまできたジグムが声をかけたのは、イリヤとシリウスだ。

「ギルドマスターが直々にお出ましとは。現役を引退したのでは無いのか?」
「ちょ、ちょっとイリヤ。失礼でしょ」

 イリヤの挑発とも取れる台詞にシリウスは慌てるが、ジグムは肩を竦めて苦笑した。

「前線には立てないが口は出せる。職員だけだと、一部の猟兵が暴走してしまうからな」

 今のジグムは職員の制服ではなく現役時代に使っていたと思われる鎧を身に纏っている。歴戦を思わせる傷だらけの鎧は威厳すら感じられる。そんな彼と気さくに言葉を交わしているイリヤたちに、後からやってきた猟兵たちがちらちらと視線を向けてくる。イリヤは気に求めていないがシリウスは少し居心地が悪そうだ。

「それでどうして参加を。街を出た時点ではあまり気乗りがしていない様子だったが」
「いささか事情が変わってな」

 イリヤは自身の右の目元に触れながら言った。

儂の相棒シリウスも一緒じゃが、文句はないじゃろ?」
「部下から話は聞いた。オーガを仕留めたようだな。実質二人でオーガを仕留められる猟兵はヘルヘイズの猟兵でもそうはいない。おかげで拠点の構築も無事に済んだ。お前たち二人の参加にケチをつけるような輩がいれば俺が黙らせる」
「いたとしても、お前さんが後から連れてきた奴らだけじゃろうな」

 拠点にいた猟兵の中には、シリウスが『半端者』であることを知る者も多くいが、あのオーガの襲撃に居合わせた者の中で、もはや彼女の実力を疑う者はいなかった。

 注意を前線が引きつけ、後衛が大威力の魔術機を使って一気に仕留めるというのは強力なモンスターを相手にする際の常套手段。しかし、オーガが相手となれば前線を請け負う猟兵は複数人が常識。それをたった一人で、しかもあのまま倒してしまうのではないかというほどの奮闘を見せつけたのだから当然だ。

 他の猟兵から視線が集まっているのは、ギルドマスターと一緒にいるだけではない。シリウス自身にも並々ならぬ注目がされ始めているのだ。

「き、期待に添えるように頑張ります……」
「ああ、頼むぞ」

 やはりギルドマスターの前だと少し萎縮してしまうようだ。己に言い聞かせるようにシリウスは宣言すると、ジグムは彼女に笑いかけながら肩を叩いた。

「さて、こちらから声をかけて悪いがそろそろ行かせてもらう。明日の掃討戦に向けていくつか話をつけておく必要があるからな」
「また後ほど、な」

 去っていくジグムを見送る二人。

 彼の姿が遠くに離れてから、シリウスは心配そうな表情を浮かべながらイリヤに語りかける。

「ねぇ。あの事、本当にマスターに言わなくていいの?」

 言うまでもなく、イリヤの目の件についてだ。

 ──激痛と共に右目の色が変化したあの後。

 目の色が変化したこと以外には特に異常はなく、一晩寝れば黒色に戻っていた。それ以降、激痛もなく色が変化するようなこともなかった。

 我が身にああした変化が訪れた経験は、記憶にある限り前世を含めてなかった。

 その一方、あの目の色に心当たりが無いわけではなかった。自身の経験を省みると、わずかばかりの可能性が浮かび上がってきた。

 致命的では無いにしろ、かなり厄介な可能性。それを確かめるためにも、掃討戦の参加を決めたのだ。

 念のために、現場に居合わせていたベイクには口止めをしておいたが、とりあえず了承はしてくれた。イリヤをもはやただの子供とは思っていない彼にとって、余計な深入りはドツボにハマると感じたのだろう。むしろ関わり合いになりたく無いと言った風であった。

「説明したところで、今の人間には伝わらんじゃろうしな。それに、こいつは儂のツケみたいなもんだからな。なるべくなら他の人間を巻き込みたくはない。本来なら、お前さんもそうなんじゃが──」

 口にした途端、ムッとした顔になるシリウスだったがイリヤは笑いかける。

「──ついてくるなと言っても聞かないじゃろうしな。この際、存分に頼らせてもらう」
「もちろんよ」

 互いに笑い合った二人は、健闘を祈るように拳を軽くぶつけ合わせた。

 シリウスにも事情は詳しく説明していない。「もしかしたら心当たりがある」程度にしか伝えない。だが、シリウスは気にも留めた様子もなく深く問いただすようなことはしなかった。そんな彼女の気遣いを、イリヤは嬉しく思う。

 この時代に転生してから早々に、シリウスのような人間に出会えたことは、今世において稀に見る幸運だったに違いない。
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