爺無双──若返った大魔道士の退屈しない余生──

ナカノムラアヤスケ

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第30話 爺、教え子の成長を喜ぶ

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 予想はしていただろうが、シリウスは舌打ちをする。憤りをその程度に押し留めると、シリウスはチラリと背後で魔法を撃っていたイリヤに目配せをする。

 意図を読み取ったイリヤは頷く。彼の首肯を確認すると、シリウスはあらためてオーガへと切っ先を向けた。

「シリウスがデカイのを引きつけてるうちに、負傷者を下がらせろ! 戦いの邪魔だ! 動けるものはまずは取り巻きのゴブリンを仕留めろ!」

 声を張り上げるイリヤであったが、猟兵たちの動きは曖昧だ。最前線で果敢に戦っているシリウスならともかく、まだ子供のシリウスに素直に従うにはためらいがあるのか。こういう時には本当に今の己の肉体に苛立ちを感じるしかない。

 と、そんな時に意外なところから手助けが入る。

「ガキと女にばかり格好つけさせてどうする! それでも一端の猟兵か!」

 荒々しい声と共にゴブリンを斬り付けたのはベイクであった。彼の仲間も各々の得物を使ってゴブリンを倒していく。

「後で他の連中に笑われたくなけりゃ働けノロマ共が!」

 ベイクの挑発まがいの檄と戦う様に呼応するように、猟兵たちが動き出した。負傷者たちを複数人で担ぎ上げ、手の空いたものはゴブリンに向かっていく。

 同数の猟兵とゴブリンがぶつかり合えば、よほどの下手を打たない限り猟兵に軍配が上がる。

「とりあえずこれで取り巻きはこれでええじゃろう。問題は──」

 イリヤの険しい視線は、激しいぶつかり合いを見せるシリウスとオーガに向けられた。



 身体強化魔法の制御に成功したシリウスの動きは、魔力を垂れ流していた頃よりも機敏だ。速度そのものはさほど変わりはしないが動きのキレが違う。魔力の消費に無駄がなくなった分、細部にまで身体の強化が行き渡るようになった影響だ。

 加えて付与術による攻撃力の底上げ。今の彼女であれば、かつては苦戦したあのドラゴンの鱗ですら傷を与えるほどであろう。

 だが、成長したシリウスであっても未だにオーガに有効打を与えるには至っていなかった。

 オーガの動きは何ら技術のない単なる力任せ。それだけに繰り出される一撃は強大。振るわれる棍棒はオーガ自身が有する魔力によって覆われており、破壊力は人間が正面から受ければ剣で防ごうがそれごと圧殺するだろう。

 シリウスの大剣も頑強を誇ってはいるが、オーガの一撃を真正面から受け止められるほどではない。仮に剣は無事であったとしても握っているシリウスが耐えきれない。それが分かっているだけに、いくらオーガが大ぶりであろうとも攻め手を考えざるを得ない。

 付与術の施されたシリウスの大剣であればオーガの分厚い筋肉にも食い込むだろうが、残念ながらあのオーガに匹敵するほどの魔物と正面からぶつかり合った経験はシリウスにはない。あったとしてもそれはイリヤから付与術を伝授される以前だ。

 己の攻撃が本当に目の前のモンスターに通用するのか。賭けに出るにはリスクが高すぎる。

 そもそも、彼女の役割はオーガの注意を引き、他の猟兵が動きやすくすること。倒すのが難しいと判断した時点で割り切っている。だとしてもオーガの攻撃を回避し続けることは肉体的、精神的にも負担が大きいのには違いなかった。

 ──ドドンッ!!

 対峙していたオーガの頭部を爆発が覆った。振り返る必要すら感じられない。イリヤの放った魔法だ。

「雑魚はあらかた片付いた! あとはそのデカイのだけじゃ!」

 相棒から声が投げられると、シリウスの疲弊した心身に喝が入った。

 今の自分には背中を預けられる仲間がいる事実が、これほどまでに心強いとは。いや、久しく感じていなかっただけでかつてはいた。それを思い出しただけだ。

 直上からの棍棒を横跳びで回避したシリウスは、懐深くへの踏み込みを行う。魔力を帯び切れ味の増した刃をモンスターの胴体に滑らせた。

 深手とはいかずとも無視できない傷にオーガは叫ぶと、空いている側の腕をシリウスに叩きつけようと振りかぶる。棍棒でなくともその膂力は油断ならない。掴まれれば人間の骨など容易く握りつぶせる。

 しかし、オーガの腕が彼女に届く前にイリヤの放った火の魔法がオーガを揺さぶる。モンスターが怯んだ隙にシリウスは飛び退き、離れ側に剣を振るってさらに傷を加えた。

 一度、シリウスはイリヤの付近にまで下がった。

「まだいけるか?」
「愚問ね」
「良い返事じゃ。では、デカイのをぶちかますから──」
「大丈夫。イリヤには絶対に近づかせない」

 言葉の先を取り、シリウスは剣の柄を握りなおすと一直線にオーガの元へと駆け出した。出会った頃の、己を『壁役』と卑下していた彼女からは考えられない、頼もしさを感じられる声だった。

「若者の成長は早いのぅ。大変結構じゃ」

 イリヤは満足げに頷きつつも気を引き締める。肩の力を抜くのはあのオーガを討伐してからだ、イリヤはモンスターを討つための魔法を頭の中に組み始めた。 

「やぁぁぁぁぁっっっ!!」

 魔力の気配からイリヤが魔法の準備態勢に入ったのを背中に感じ、シリウスは声を発しながら剣を翻す。

 オーガも棍棒で迎え撃つが、勢いの乗った彼女の剣裁きは力だけでは押しきれぬほどの圧。放たれた刃のいくつかはオーガの身にも届いていく。

「────────ッッ!!」

 オーガが怒りに吼えるが、シリウスの剣筋にわずかな澱みも生じない。もしかすれば、この時のオーガはシリウスの剣に恐怖を抱いていたのかもしれない。だからこそ、離れた位置で強い魔力を放ち始めた存在を感知できなかった。

「疾ッ!!」

 シリウスの鋭い一閃が、オーガの棍棒の断ち切った。

 先端のごく一部には過ぎなかったが、度重なる撃ち合いとシリウスの気迫に押されて、本能で行っていた棍棒への付与術が甘くなっていた。魔力の覆いコーティングが薄くなったところを見定めたシリウスが切断したのだ。

 もちろん棍棒の大部分は健在だ。体に刻まれた傷も無視できる程度。だが、己よりも小柄である人間に、この瞬間のオーガは間違いなく気圧されていた。

 モンスターの動きが止まると、シリウスは即座にその場から離脱した。

 もはや言葉を交わす必要もない。

「良い位置じゃ」

 小さな呟きと共に魔力が溢れ出した。声は届かずとも魔力の奔流には気がついたようで、オーガは咄嗟に離れた位置にいるイリヤの方を向くが、もう遅い。すでに準備は終わっている。

「穿て、紅蓮の戦槍フレア・ランス

 魔法陣から放たれたのは、炎の槍。

 超高温を先端に宿したそれは矢の如く疾駆すると、オーガの胸部に直撃し貫通。心臓を失い余波の高温で内臓を焼き尽くされたオーガは、血反吐の代わりに煙を吐きながらゆっくりと地に倒れ伏した。
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