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第28話 爺、とりあえず寝る
しおりを挟む初っ端からモンスターの集団に出くわしはしたが、迎え撃った猟兵の中で負傷らしい負傷をした者は皆無。輸送用の馬車もほぼ無事であった。それ以降は特に障害が発生することもなく、日が暮れ始める頃になれば無事に目的の拠点に辿り着くことができた。
「こいつがマスターからの書状だ」
「……はい、承りました」
ベイクは拠点の責任者であるギルドの職員に預かっていた書状を手渡す。受け取った彼は内容に目を通すと驚いたそぶりを見せ、荷が乗った馬車とイリヤを交互に見る。イリヤは他のものに気取られないように口元に指を立てた。
書面の中身は、馬車に乗せた物資が全てでは無いこと。本命はイリヤの持つ収納箱に収められた分であること。正式な補給物資の受け渡しは深夜に行われる旨等々。無論、イリヤとシリウスはこれについては関知していた。
職員は驚きの声を発しそうになるがどうにか飲み込んだ。ベイクも書状の中身がどのようなものかは知らなかったようで、挙動が怪しい職員に首を傾げたが、特に深く追求するようなことはなかった。
「して、お前らはどうするんじゃ?」
「ここでそのまま迷宮の間引きに参戦するつもりだ。活性化は確かにヤベェが、猟兵にとっちゃ新手の迷宮と同じくらい稼ぎ時だからな。そっちは?」
「さてな。とりあえず一晩寝てから考えるわい」
「ちっ。そちらさんと肩を並べて戦うとか御免だからな」
吐き捨てるように言葉を述べた後、ベイクは仲間を連れて他所へ行ってしまった。とりあえず、移動の間に諍いが発生しなかったのは良かった。
「お前さんもよう我慢したな」
険しい表情を浮かべたままのシリウスに、イリヤが労いの声をかけた。
「……私だけが騒いだらそれこそ馬鹿みたいじゃない。それにベイクはあれで中堅どころの腕利き。それに隠れ蓑とはいえギルドマスター──ジグムさんから直接仕事を回されるほどなのよ。恥の一つや二つ、飲み込む度量はあるでしょうね」
初対面の時にイリヤに突っかかってしまったのは、外見上は子供の彼に言い負かされたからだ。もしイリヤの外見が年齢相応であればああはならなかっただろう。
「なんだかんだで認めてはいるんじゃな」
「見捨てられた恨みは忘れてないわよ。この先も絶対に許さない。でも、改めて思い返せば、ベイクもリーダーとして最善を尽くしたかもしれないって感じ始めてるわ」
単純な問題だ。一人を見捨てて他の仲間全てを救うか、助けることに固執して全滅するか。そしてその一人がまだ日も浅い人間であったら。
「猟兵ってのは結局は命懸けの仕事だしね。信頼できる仲間を失うくらいなら、新参者を見捨てるくらいはするでしょ」
「薄情じゃが道理でもあるな」
おそらくこれ以降、両者の関係は修復しないだろう。だが必要以上に歪み合うこともなくなるはずだ。余計な諍いの種がひとつなくなったのは良いことだ。
「それで、ベイクにはああ言ったけど実際のところはどうするつもりなの? マスターからはこのまま掃討戦に参加してもいいって聞いてるけど」
「さて、どうしたものかな」
元々、急ぎの用事はないところに半ば無理やりに近い形で仕事を任されたのだ。それが終わった以上、何をするのも自由だ。
何気なく目を向けた先は、件の迷宮がある方角。
おそらく、イリヤが掃討戦に参加する意向を出せば、必然的にシリウスも同行することになる。付与術も習得した今の彼女であれば実力的には申し分ない。ただ、どうせなら新たに一つでも魔法を習得してからでも良いかと思わなくもない。
(活性化した迷宮モンスターの中には稀にヤバいのがいるからな。シリウスがもうひとつ上の段階に到達してからの方が無難じゃろうて)
ふむと腕を組んでから、イリヤはぽふっと息を吐いた。
「なにはともあれ、まずは『本命』をきっちり終わらせて一眠りしてからじゃ」
日も落ちてしばらくした夜半。
手はず通りに、イリヤは人目を忍んで職員と落合い、物資の受け渡しを行う。
収納箱から馬車数台分の荷が出てきた時には流石に職員も驚いたが、それからの対応は落ち着いたものだ。シリウスの手も借りて、積んであった元々の中に運び込んだ荷物を紛れ込ませていく。
翌朝に、もしかしたら荷物置き場の物資が嵩を増したことに違和感を感じるものが居るかもしれないが、その程度だろう。
荷物の受け渡しを証明する書類を受け取ってから、二人はあてがわれたテントで一晩を明かすことになった。
だが、寝息を立て始めたちょうどその頃に、拠点内にけたたましい鐘の音が響き渡った。
「むぅ……なんじゃいまったく。うるさいのぅ」
寝ぼけ眼を擦りながら、起き上がるイリヤ。硬い地面の上に薄い布を引いた寝心地最悪な寝床であったが、そろそろ気持ち良く夢に旅立てそうであった。気分は最悪である。
とはいえ、これでも一時は魔王討伐の旅にも参加した経験のある身。どれほど深く眠り込んでも、有事の際には目が覚める。欠伸を噛み殺しながら、テントから顔を出すと猟兵たちが各々の得物を手に駆け出している光景だ。
試しに索敵魔法を起動して周囲を調べてみる。
「うるさいわね。なんなのよ一体」
一緒のテントで寝ていたシリウスがのそりと起き上がる。
「どうやらモンスターが出張ってきておるようじゃな」
大小合わせてさまざまなモンスターが迷宮から飛び出し、この拠点に向けて接近しているのが索敵魔法で捕捉できた。この鐘の音は、襲撃を知らせる緊急警報だ。
「手の空いてるものは今すぐに現場に迎え! 一匹も逃すなよ!」
誰かしらの声が響いてくる。なかなかに緊迫した空気である。
「ここで無視を決め込んだら、次からは仕事を干されそうじゃな」
「同感。私たちも行きましょう」
眠いのは他の猟兵だって同じだ。二人は気持ちを切り替えてテントを飛び出した。
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