爺無双──若返った大魔道士の退屈しない余生──

ナカノムラアヤスケ

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第26話 爺、講義する

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 イリヤたち輸送部隊が辿るルートは、本来ならほとんどモンスターの出現しない安全なルート。だが、件の迷宮が活性化しつつある現状、周囲の環境にも変化が生じているため安全とは言い難い。実際に、前回の輸送計画は破綻しているのだ。油断して良いものでもない。

 かといって気の張りっぱなしでは精神的な疲労がかさみ、有事の際には本領を発揮できないと言うのもままあることだ。長く戦う術を身につけた戦士ほど、適度な緊張と気のぬき方と言うものを心得ているものだ。

 イリヤとシリウスも今は簡単な魔法についての会話を続けていた。

「そう言えば前々からちょっと気になってたことがあるんだけど」
「なんじゃ?」
「イリヤって魔法を使う時っていつも指を鳴らしてるわよね。アレってなんなの?」

 シリウスは問いかけてから、己の指をパチンと小気味よく鳴らした。

「ありゃ一種の『癖』みたいなもんじゃよ」
「癖? 考え事をするときに爪を噛んじゃったりするようなアレのこと?」

 首を傾げるシリウスに、イリヤは自身の頭をトントンと指で叩く。  

「専門用語だと『宣誓コール』と呼ばれている技法でな。人間、特定の動作をするときに本人も無意識に何かしらの素振りを見せることがあるじゃろ。そいつを逆手に取って、特定の動作をすることで思考の回路を通常から魔法仕様に切り替えるんじゃ。それがわしの場合、『パッチンこれ』じゃと言う話じゃ」

 イリヤが小気味よく指を鳴らすと、目元に魔法陣が浮かび上がる。微細な魔力の波を己を中心に放ち、その波の反射をもとに周囲の地形を把握する索敵魔法だ。周囲に怪しい気配はない。野生動物がちらほらといるくらいだ。

「つってもまぁ、こりゃぁ魔法の暴発を防ぐための措置じゃ」

 熟練した魔法使いは片手間で魔法を発動させることができる。だが逆を言えば無意識に行った片手間でも、魔法を発動してしまう危険性を有している。これでは常に魔法を使ってしまわないように注意しなければならず、普段生活もままならない。

「酒癖の悪い魔法使いが酔っ払った拍子に魔法を暴発させて死にかけたなんて話、儂の時代ではよくある笑い話じゃったな(体験談)」

 巻き込んだ巻き込まれたし過去を思い出してちょっと懐かしさが込み上げる。

「つまりイリヤは、指を鳴らして、魔法を使う思考と使わない思考を切り替えるように自身に刷り込んだってわけね」
「じゃらかといってシリウスがこいつを真似する必要はない。あくまでそういうことをする魔法使いもいるという程度の認識で良いぞ。この時代に儂以外の魔法使いがどれほど残っているかは不明じゃがな」

 前線で動き回るシリウスにとって、下手な癖をつけることは動きの阻害になり得る。

 知識というのは得るのはいいがその全てを実践し取り入れる必要はない。溜め込んだ知識の中で己に必要なモノだけを習得し体現していけばいいのだ。

「──ん? でもちょっと待って。イリヤのそれってまずいんじゃないの?」
「お、良い所に気が付いたな」

 どうやらシリウスは、魔法使いの使う『宣誓コール』の問題点にいち早く気が付いたようだ。教え子の聡さを称賛しつつ、さらに知恵を仕込もうとする。

「おい、そこのお二人さん。いつまで遊び気分でいるつもりだ」

 と、馬車を挟んだ対面にいるベイクの声が割って入ってきた。どうやらお喋りがすぎていたようだ。

「まったく、これじゃ本当に子供のお守りじゃないか」
「そういってくれるな。お守りが嫌ならそろそろお仕事の時間じゃぞ」
「なんだと?」

 ここからでは見えないが声色からベイクが怪訝な顔を浮かべているのは容易に想像できた。

 イリヤは会話を続けている最中にも、絶えず索敵の魔法を継続。効果範囲の外周部からこちらに向かって接近してくる集団を捕捉していた。

「こりゃ思っていたよりも活性化が進行してるかもしれんな」
「数は?」
「まぁまぁの図体が六ほどか。儂らだけでもまぁ問題ないが、馬車を守ると考えれば一頭一人として妥当じゃな」

 イリヤの言葉に疑う余地を挟まず、シリウスは剣を引き抜くと臨戦体制に移った。最初は何事かと思っていたベイクたちであったが、二人の様子がただの冗談ではないと察知するとこちらも警戒心を強めた。

 そして──。

「きたぞベイク! でかい鹿が六つだ!」

 仲間の一人の声に振り向けば、指さされた方向から土煙が舞い上がってきていた。
 


 ──かつて、イリヤが生きていた時代の話。

『野生動物』と『モンスター』を明確に分ける定義は『魔力』の有無であった。

 体内の一部──あるいは各部に魔力が集積する部位が存在しており、これを有するものを広義的に魔生物モンスターと呼称するようになった。

 時は巡って現代。魔法──あるいは魔力という概念が薄れている今の時代において、モンスターとはすなわち人を積極的に襲う動物の総称となりつつあった。

「吹き飛べっっ!」

 ベイクの仲間の一人が手にした杖型の魔術機から火球を放つ。以前にシリウスが森で見かけた駆け出しの猟兵。アレが使っていたものよりもはるかに強力な熱量を宿した炎だ。突進してくる鹿型のモンスターに命中すると爆炎と共に衝撃が撒き散らされた。

 モンスターの足を爆発で止め、もう片方の手に持っていた剣でトドメを刺す算段だったのだろう。

 だが、舞い上がった土埃の中から速度を落とさずモンスターが突っ込んでくる。間違いなくダメージは入っているが、巨体ゆえの生命力で構わずに走り続けている。

 通常の鹿よりもさらに発達したツノを構えてこちらを貫かんと迫なる中、「仕切り直しだ」と舌打ち混じりに回避しようとするベイクの仲間。

 逃れようとする彼の傍を、一陣の黒い風が駆け抜けた。

 シリウスである。

「──ッ、馬鹿が! 無茶するんじゃねぇ!」

 背中にぶつけられた咄嗟の声を聞き流しながら、シリウスは長剣を担いだ格好のまま正面から迫るモンスターに意識を集中する。

(一番魔力が濃いのは──やっぱり角!)

 魔法の修練を始めるようになってから、シリウスはぼんやりとだか他の生物が宿す『魔力の流れ』というものを感知できるようになっていた。これは魔法使いにとっては当たり前の技術であるが、かといって前線で戦うものにとっての無用の長物ではない。むしろ、モンスターと戦う上では非常に有用だ。

 鹿型のモンスターの武器はやはり大きく発達した角だ。モンスターの内包する魔力が多分に宿ったそれから繰り出される一撃は岩盤すら貫通するだろう。

 モンスターの一番厄介な点はこの魔力が集中した部位の存在。言い換えれば野生で培われた天然の付与術。強度が大幅に上昇し単純な物理攻撃では効果が薄いのだ。

 昔のシリウスであれば無理であろう。いかに膂力を込めた一撃であろうが、魔力で覆われた物質を破壊するのは並大抵ではない。

 だが、今は違う。付与術によって魔力を宿した大剣であれば別だ。

 モンスターの刺突を見切って回避。すれ違いざまにシリウスが刃を翻す。

「──────ッッッッ」

 ギンっと硬質な音が鳴り響き、鹿型の有する角の片割れが半ばから両断された。
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