爺無双──若返った大魔道士の退屈しない余生──

ナカノムラアヤスケ

文字の大きさ
上 下
25 / 47

第25話 シリウス、ムッとする

しおりを挟む

 イリヤが提示した条件というのは、表立ってイリヤの持つ収納箱アイテムボックスの存在が明かされないように偽装を行うこと。

 具体的に言えば、収納箱アイテムボックスに収める分とは他に、実際に馬車を用意して可能な限りの物資を載せて輸送するというものだ。ジグムの口ぶりからして、複数の馬車を借りるのは無理でも、一台ぐらいならどうにかなるとイリヤは推測していた。

 これで表向きはイリヤたちは単なる輸送の護衛。本命がイリヤの持つ収納箱アイテムボックスというのは隠せるはずだ。拠点に到着したら、現地で物資の管理を任されている職員に秘密裏に収納箱の中身を納品すれば良いのだ。

 どんな難題を吹っかけられるかとジグムは思っていたようだが、イリヤの掲示した条件の内容を聞くと拍子抜けしていた。同時に、イリヤの想定通り特に難しくない内容の上に騒ぎ立てたくないという彼の希望を叶えるものであると納得もした。

 すぐに物資とそれを運送する馬車の用意も終わり、とんとん拍子に話が進んでいく。イリヤに話が持ちかけられた三日後には出立の準備が完了していた。

 早朝。街の入り口付近には物資を載せた馬車が一台。御者席にはギルドから派遣された、心得のある職員が一人。そばには輸送馬車の護衛として駆り出された猟兵たちだ。そのうちの一人がイリヤであり、またシリウスであったのだが、まだ他にも人の姿があった。

「もう一組、猟兵のチームをよこすとは聞いていたがな」

 腕を組み顔を顰めるイリヤ。傍のシリウスはあからさまに嫌な顔をしている。

 それもそのはずだ。

「まさかお前らと一緒になるとわなぁ」
「それはこっちのセリフだな」

 盛大に表情筋を引き攣らせているのは、あのベイクだ。背後では彼の仲間である他の猟兵たちが胡散臭そうな表情でイリヤたちを見据えていた。

 本命の数分の一の量ではあるが、それでも馬車一台分となれば結構な量になる。たった二人組──しかも若い女と子供──に任せるのは怪しまれるので、という旨はジグムから聞かされた。イリヤの希望に沿うためというギルドマスターなりの配慮なのだろうが、残念ながらありがた迷惑になったようだ。

「ギルドマスター直々に任せられた仕事だから何事かと思えば、まさか子守を任されることになるとは思っていなかった」
「言ってくれるのぅ……どうどう。落ち着け」
「うぅぅぅぅぅぅ……」

 いきなりの挑発にシリウスが激情しかけるが、イリヤが手で制止する。ベイクの顔を見るなりずっとこれだ。踏みとどまりはするものの、低い唸り声を上げてベイクを威嚇する。

「相方がすまんのぅ。こっちもギルドマスターたっての依頼ってことでちょいと意気込みが過ぎてな」

 彼は、今はなくなった豊かな顎髭を撫でるような仕草でベイクを見る。ノってこない彼にベイクは舌打ちをする。

「せっかく仕事を回してくれたマスターの顔に泥を塗るような真似はゴメンだ。せいぜい足を引っ張ってくれるなよ」
「お互いにな」
「──ッ」

 最後の皮肉をそのまま返されたようになり、ベイクは目元をピクリと痙攣させるがそれ以上は何も言わなかった。仲間を連れて、イリヤたちがいる位置から馬車を挟んだ対面に向かった。必要以上に馴れ合うつもりはないといったところか。

 以前にイリヤにコケにされたことはまだ記憶に新しいだろうに、私情を挟むことよりも請け負った仕事の遂行を優先した。やはりベイクは思っていた以上に冷静な男のようだ。あるいは彼に取って、ギルドマスターであるベイクはそれだけ大きな存在だということか。おそらくはその両方だろう。

 猟兵第三位。数ある猟兵の中で上級にまで至れるのはごく一部の人間だけだ。単に強力な魔術機を持っているというだけではなく、持ち手自身の高い能力を求められている。

「お手並み拝見じゃな」
「がるるるるるる……」
「いや、あっちよりもこっちの方が心配じゃったか」

 犬歯を剥き出しにして本当に狼さながらに威嚇をしているシリウスを尻目に、イリヤは嘆息する。経緯を知るだけに彼女の気持ちもわからなくもないが、この仕事の最中には爆発しないことを祈る。

 本命はイリヤの収納箱アイテムボックスに収めた輸送物資だが、かといって馬車に載せた分を無駄にして良いわけでもない。

 仮に馬車が進行不能になったとしても、その物資も収納箱アイテムボックスで運んでしまえば良いのだが、なるべくならしたくはない。確実にベイクには収納箱アイテムボックスがバレてしまうし、運び込んだ拠点でも色々とやりにくくなる。

 と、唸り声を上げていたシリウスだったが、目を瞑ると「ん」と唾を飲み込む。次に目を開くと表面上は落ち着きを取り戻した顔になっていた。

「お?」

 意外な切り替えにイリヤは声を発する。

「今の私じゃ、イリヤの足を引っ張りかねないのは事実よ。それに、今はどれだけ口上を並べてもアイツらに伝わらないのも分かってる」

 シリウスはむすっとした顔になりながらも、言葉からは努めて冷静になろうという気持ちが伺えた。ベイクに対して思うところは山ほどあれど、猟兵としての優先事項があるのをシリウスは分かっていた。

「大丈夫、下手に騒ぎを起こして仕事に支障をきたすような真似はしないから」

 シリウスはイリヤが思っていたよりもずっと落ち着いている。どうやらいらぬ心配だったようだ。相棒の努力を労うように、イリヤは彼女の背中を叩いた。
 
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】

雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。  そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!  気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?  するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。  だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──  でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

処理中です...