爺無双──若返った大魔道士の退屈しない余生──

ナカノムラアヤスケ

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第25話 シリウス、ムッとする

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 イリヤが提示した条件というのは、表立ってイリヤの持つ収納箱アイテムボックスの存在が明かされないように偽装を行うこと。

 具体的に言えば、収納箱アイテムボックスに収める分とは他に、実際に馬車を用意して可能な限りの物資を載せて輸送するというものだ。ジグムの口ぶりからして、複数の馬車を借りるのは無理でも、一台ぐらいならどうにかなるとイリヤは推測していた。

 これで表向きはイリヤたちは単なる輸送の護衛。本命がイリヤの持つ収納箱アイテムボックスというのは隠せるはずだ。拠点に到着したら、現地で物資の管理を任されている職員に秘密裏に収納箱の中身を納品すれば良いのだ。

 どんな難題を吹っかけられるかとジグムは思っていたようだが、イリヤの掲示した条件の内容を聞くと拍子抜けしていた。同時に、イリヤの想定通り特に難しくない内容の上に騒ぎ立てたくないという彼の希望を叶えるものであると納得もした。

 すぐに物資とそれを運送する馬車の用意も終わり、とんとん拍子に話が進んでいく。イリヤに話が持ちかけられた三日後には出立の準備が完了していた。

 早朝。街の入り口付近には物資を載せた馬車が一台。御者席にはギルドから派遣された、心得のある職員が一人。そばには輸送馬車の護衛として駆り出された猟兵たちだ。そのうちの一人がイリヤであり、またシリウスであったのだが、まだ他にも人の姿があった。

「もう一組、猟兵のチームをよこすとは聞いていたがな」

 腕を組み顔を顰めるイリヤ。傍のシリウスはあからさまに嫌な顔をしている。

 それもそのはずだ。

「まさかお前らと一緒になるとわなぁ」
「それはこっちのセリフだな」

 盛大に表情筋を引き攣らせているのは、あのベイクだ。背後では彼の仲間である他の猟兵たちが胡散臭そうな表情でイリヤたちを見据えていた。

 本命の数分の一の量ではあるが、それでも馬車一台分となれば結構な量になる。たった二人組──しかも若い女と子供──に任せるのは怪しまれるので、という旨はジグムから聞かされた。イリヤの希望に沿うためというギルドマスターなりの配慮なのだろうが、残念ながらありがた迷惑になったようだ。

「ギルドマスター直々に任せられた仕事だから何事かと思えば、まさか子守を任されることになるとは思っていなかった」
「言ってくれるのぅ……どうどう。落ち着け」
「うぅぅぅぅぅぅ……」

 いきなりの挑発にシリウスが激情しかけるが、イリヤが手で制止する。ベイクの顔を見るなりずっとこれだ。踏みとどまりはするものの、低い唸り声を上げてベイクを威嚇する。

「相方がすまんのぅ。こっちもギルドマスターたっての依頼ってことでちょいと意気込みが過ぎてな」

 彼は、今はなくなった豊かな顎髭を撫でるような仕草でベイクを見る。ノってこない彼にベイクは舌打ちをする。

「せっかく仕事を回してくれたマスターの顔に泥を塗るような真似はゴメンだ。せいぜい足を引っ張ってくれるなよ」
「お互いにな」
「──ッ」

 最後の皮肉をそのまま返されたようになり、ベイクは目元をピクリと痙攣させるがそれ以上は何も言わなかった。仲間を連れて、イリヤたちがいる位置から馬車を挟んだ対面に向かった。必要以上に馴れ合うつもりはないといったところか。

 以前にイリヤにコケにされたことはまだ記憶に新しいだろうに、私情を挟むことよりも請け負った仕事の遂行を優先した。やはりベイクは思っていた以上に冷静な男のようだ。あるいは彼に取って、ギルドマスターであるベイクはそれだけ大きな存在だということか。おそらくはその両方だろう。

 猟兵第三位。数ある猟兵の中で上級にまで至れるのはごく一部の人間だけだ。単に強力な魔術機を持っているというだけではなく、持ち手自身の高い能力を求められている。

「お手並み拝見じゃな」
「がるるるるるる……」
「いや、あっちよりもこっちの方が心配じゃったか」

 犬歯を剥き出しにして本当に狼さながらに威嚇をしているシリウスを尻目に、イリヤは嘆息する。経緯を知るだけに彼女の気持ちもわからなくもないが、この仕事の最中には爆発しないことを祈る。

 本命はイリヤの収納箱アイテムボックスに収めた輸送物資だが、かといって馬車に載せた分を無駄にして良いわけでもない。

 仮に馬車が進行不能になったとしても、その物資も収納箱アイテムボックスで運んでしまえば良いのだが、なるべくならしたくはない。確実にベイクには収納箱アイテムボックスがバレてしまうし、運び込んだ拠点でも色々とやりにくくなる。

 と、唸り声を上げていたシリウスだったが、目を瞑ると「ん」と唾を飲み込む。次に目を開くと表面上は落ち着きを取り戻した顔になっていた。

「お?」

 意外な切り替えにイリヤは声を発する。

「今の私じゃ、イリヤの足を引っ張りかねないのは事実よ。それに、今はどれだけ口上を並べてもアイツらに伝わらないのも分かってる」

 シリウスはむすっとした顔になりながらも、言葉からは努めて冷静になろうという気持ちが伺えた。ベイクに対して思うところは山ほどあれど、猟兵としての優先事項があるのをシリウスは分かっていた。

「大丈夫、下手に騒ぎを起こして仕事に支障をきたすような真似はしないから」

 シリウスはイリヤが思っていたよりもずっと落ち着いている。どうやらいらぬ心配だったようだ。相棒の努力を労うように、イリヤは彼女の背中を叩いた。
 
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