爺無双──若返った大魔道士の退屈しない余生──

ナカノムラアヤスケ

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第24話 爺、仕事を引き受ける

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「ああ。依頼の説明をする前に、少しばかり事情を説明させてもらう」

 迷宮街ヘルヘイズ。その名の通り迷宮によって発展した街。当然その周囲にはいくつかの迷宮が点在している。

 迷宮は天然資源が豊富な宝の山であると同時に、危険なモンスターの巣窟だ。あるいはそのモンスターも見方によれば宝の一部ではあるが、危険を帯びた宝には違いない。特に何ら力を持たない一般人にとっては脅威の一言だ。

「その迷宮の一つに『活性化』の兆候が現れ始めた」
「そりゃぁ難儀じゃな」

 活性化とは、迷宮の内部に生息するモンスターが凶暴化し数を増大させる現象の事を指している。

 迷宮であっても確実に発生するとは限らない。発見されてから百年以上経過しながら一度も活性化が起こらない迷宮もあれば、十年周期で活性化が発生する迷宮もある。

「今はその前哨拠点を作りながら監視をさせている。活性化が本格的になるのはまだ少し先と考えられているが、油断はできないからな」
「下手を打つと街の一つや二つは平気で壊滅するからな。当然じゃろうて」

 迷宮の活性化によって迷宮にモンスターが収まりきらなくなると、ついには外部へと溢れ出す。

『大氾濫』と呼ばれており、これによって滅んだ国というのは歴史を紐解けばいくらでも見つかる。

「今もちらほらと迷宮の外にモンスターが溢れている。前哨拠点に猟兵が駐在させて狩らせてはいるが、近いうちに大掃討を行う予定だ。本格的な活性化が起こる前に可能な限り迷宮ないのモンスターを間引いておきたい」

 活性化そのものを防ぐことは不可能に近いが、一方で大氾濫を阻止する方法はいくつかある。最も代表的なのは、活性化の影響で増えたモンスターを減らすことだ。

(活性化とそこからくる大氾濫は、濃くなりすぎた迷宮内の魔力が原因なんじゃが、魔法関連の知識が薄れた今ではおそらくそこまでは伝わっておらんじゃろうな)

 魔力というのは一定以上の濃さに集まるとさらなる魔力を呼び込む。増えたによってモンスターが生じる。増えすぎたモンスターによって迷宮内の魔力が更に濃度を増し、迷宮はさらなるモンスターを生み出す。この悪循環によって爆発的にモンスターが増加し迷宮の外に溢れ出すのが、大氾濫のメカニズムなのだ。

 もっとも、魔力の知識が無かろうと、モンスターが増えすぎると大氾濫が起こるという認識でもさほど問題はない。あえてイリヤが口を挟むことではないだろう。

「で、わしらに頼みたいというのは、その拠点への物資運搬か」
「本来なら別途に正規のルートで物資を拠点に運び込む予定だったんだが……」

 実のところ、一度は輸送部隊を編成して物資の輸送を試みたのだ。だが、本来ならば危険も少ない輸送ルートだったのだが、迷宮の活性化はその迷宮のみならず周囲の環境にも影響を及ぼす。本来なら出現しないはずであったモンスターの群れと遭遇してしまったのだ。人的被害は少なかったが、物資運搬に使用していた馬車が破壊され牽引していた馬もモンスターに殺されてしまった。

「もしかして、そのモンスターの群れって、この前私たちがうけた依頼の──」
「おそらくそうじゃろうな」

 赴いた先の街道には、破壊された馬車や物資の残骸が散乱していた箇所があった。襲われた輸送物資の残骸だったのだろう。

 迷宮街であるヘルヘイズであれば破壊された物資の再補充は難しくない。だが問題なのはそれを輸送するための手段だ。

 ギルドで融通できる馬車や馬は既に空きが無い。新たに用意するとなると商人との交渉や手続きが必要になるわけだが、数を揃えるには時間が掛かる。

 幸いかどうかは不明だが、活性化が確認された迷宮の規模はさほど大きくはない。過去に大氾濫にまで至った事例もあるが、ヘルヘイズを飲み込むほどのモンスターは溢れ出さなかったようだ。だがそれでも、大氾濫が起これば周囲の生態系や環境に相当の悪影響を及ぼす。それによってヘルヘイズが被る損害は決して少なくはない。

 それに、活性化から起こる大氾濫は時折に人間の予測を超えてくる。なるべくなら早急に物資を輸送し態勢を整えておきたい。たかが数日のズレが致命的な結果を生むこともあるのだ。

「そこで白羽の矢が立ったのが儂らというわけか」
収納箱アイテムボックスがあれば、輸送手段の手間が大幅に省ける上に護衛に割く人数も減らせる」
「儂らへの迷惑を考慮しなけりゃ最善策じゃろうな」
「それを言われると耳が痛い」

 イリヤの嫌味にジグムの顔に苦みが走る。ギルドマスターを前に全く忌憚のない物言いに、隣で聞いているシリウスはハラハラしっぱなしである。

「俺も元は猟兵だ。必要以上に目立ちたくないというそちらの事情も理解はできる。だが、無理は承知の上で今は頼む」
「断れば?」
「──なるべく穏便に済ませたい」

 この短時間の中で、ジグムは見かけの違和感以上にイリヤが只者ではないと認識したようだ。そうでありながらも、言葉の裏にはギルドの長として強硬手段も辞さないという姿勢が見えていた。大氾濫の防止はそれだけヘルヘイズにとって重大なことなのだ。

 しばしの沈黙の後、イリヤは諦めたように口を開く。

「いくつか条件がある。それを飲んでくれたら引き受けよう」
「できる限りの配慮はしよう。もちろん、限度はあるが」
「そんな無茶振りはせんよ。話を聞いた限りじゃそれほど難しいもんでもないだろう」
「……助かる」

 強張っていた肩を和らげるジグムを一瞥してから、イリヤは隣のシリウスに目を向けた。

「それでシリウス。お前さんはどうする?」
「──え、どういうことよ」
「こりゃ儂が請け負った仕事じゃ。お前さんが無理に付き合う必要はないぞ」

 それを聞いたシリウスはあからさまにムッとした顔になった。

「あのね、今の私はイリヤと組んでるの。……そりゃぁ私なんかいなくてもイリヤ一人でも十分すぎるだろうけど、だからといって相棒一人に全部任せるつもりはないわよ。もちろん私も一緒に行くわ」
「お前さんがいてくれりゃぁ儂も安心して背中を預けられるからな」

 相棒との意思確認を終えると、イリヤは改めてジグムと向き合う。

「ギルドマスター殿もそれで構わんな?」
「それを受ける条件の一つとされれば断れんな」

 そうして彼らは引き受ける条件を含めたこれからのことを話し合った。
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