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第22話 爺、真っ当に指導する
しおりを挟む魔法の鍛錬を数日行なってから、合間合間に猟兵の依頼をこなしていくという日々が続く。その日もシリウスはイリヤの指導の元、鍛錬に明け暮れていた。
とはいうが、派手に動き回ったり改めて知識を学ぶようなものではない。
剣や武道も同じように、鍛錬とながつくものは大概が地味な作業の繰り返しである。
「ぬぬぬぬぬ……」
もはや定位置となりつつある街の郊外。シリウスは地面に座り、妙な声を発しながら己の人差し指に集中する。
一本立った指の先端には小さな炎が灯っていた。まさしく魔法で生み出された炎であるが、風前の蝋燭のように頼りない。
額に汗をかき、目を見開いて唸るが、その甲斐もなく炎はやがてあっけなく消え去ってしまった。
「だぁぁっ、むっず! これなら着火剤を使った方が楽だわ!」
胸に溜まった空気を一気に吐き出してから、シリウスは苛立たしげに声を発した。
「一朝一夕で習得されたらこちらも教えがいがないじゃろうて」
側で樹木の幹に背を預けていたイリヤの掌には、シリウスが浮かべていたそれよりも何倍も大きな炎が絶え間なく灯っていた。見るからに安定感が違う。
「それに、別に火の魔法を本格的に教えようというつもりはない。ただ、着火剤くらいの火を身一つで起こせるようになっておけば、これからも何かと役に立つだろうしな」
火打ち石を使った火起こしは慣れたものであってもそれなりに手間がかかる。その点、着火剤を使えば一息に終わる。ただそのどちらもなかった場合の手段として、指先に火を灯す程度の魔法は覚えておいて損はない。
イリヤの火魔法の魔法陣をシリウスが観察し、それを真似るというもの。これは魔法使いが弟子をとった際、古来より魔法を伝授する指南としては至極真っ当な手段だ。
シリウスに魔法──あるいは魔力を自覚させるための初手こそかなり常識から外れた荒療治であったが、それ以降の指導はこのように手順通りに行なっている。
究極的な話をしてしまえば、魔法というのは個人技術。同じ結果を生み出す魔法であったとしても、十人の魔法使いがいれば十通りの魔法陣が生じる。似たり寄ったりはあれど全く同じ魔法陣というのはまず存在しない。
ゆえに、シリウスもシリウスだけの魔法陣が存在する。他者の魔法を模倣するのはその前段階。別の誰から生み出した魔法陣の一割でも理解を得られれば、そこから自ずと己に適した魔法陣が生み出せる──はずなのだ。
「とはいっても、ね。ちょくちょく教わってはいるものの、火付けできる程度の魔法もいまだにできずじまいなのよねぇ」
「シリウスはセンスがないわけじゃない。そもそも才能がなけりゃ身体強化もできるはずがない」
「これに関してはまぁ……付き合いはそれなりに長いからね」
シリウスは己の体に手を当てると、胸元に円陣が出現する。彼女の扱う身体強化魔法の魔法陣だ。
「魔法陣を発現できるということは、その魔法について使用者が理解できている証拠。逆に魔法陣の介在しない魔法は、ただ力を垂れ流しているだけの紛い物じゃ。世の中にはその紛い物でもそれなりに使えちまう輩がいるがな」
「それって私のことを褒めてる? 貶してる?」
「感心と呆れが半々といったところじゃな」
身体強化魔法は使い手自身の肉体に作用する魔法。それだけに少しでも制御を誤ればたちまちに肉体に損傷を与える。魔力の消費効率こそ劣悪ではあったものの、実戦レベルで通用するほどに扱えていたのだ。遠くないうちに彼女も着火剤程度の火を自前で発現することができるとイリヤは踏んでいた。
(とはいえ、ちょいと気になってはいるんじゃよな)
身体強化魔法の精度を高める訓練の合間に、イリヤはこうやってシリウスに少しずつであるが新たな魔法を教えようと試みていた。
魔法使いが習得する魔法で、最初に学ぶのは基本的に四属性『地風水火』のどれかだ。イリヤがこれらの初歩的な魔法陣を見せたところ、一番最初にシリウスが発現できたのは火の魔法だった。それから幾度となくこうして指導を行っているのだが、成果は芳しくはない。
(徐々に形にはなりつつあるが、進みがちと遅い気がするな)
最初の一歩が早かったことを考えれば、そろそろ魔法陣を具現化できる程度には仕上がってもいい頃なのだが、まだその域に到達していない。もちろん、シリウスに才能が無いわけではないし、魔法使いとしての常識としてはむしろ順調である。ただ、イリヤの想定で言えば、少し違った。
(火魔法の基礎は熱量操作。つまりそのあたりに関しては無意識にでも理解はし始めているはずなんじゃよな──ん?)
ふと、イリヤの脳内に一つの仮説が生じた。
もしかしたら、己は勘違いをしていたのかもしれないと。
「どうしたのイリヤ。何だか難しい顔をしてるけど」
「……いや、ちょいと気になったことがってな。それについては次までに考えておく。今日はこの辺りで切り上げよう」
「まだ日は高いけどいいの?」
「時間を掛けりゃぁいいってもんじゃないからな」
街の郊外から戻った二人は昼食を取った後に、一度ギルドに赴いた。
特に金に困っているわけでもないが、鍛錬にちょうどよさそうな依頼があれば、という軽い気持ちだった。
「ここはいつ来ても混んでおるな」
「猟兵っていうのはみんな金欠だからね。迷宮街なら尚更よ」
高い報酬を得られる仕事というのはそれに見合うだけのリスクが伴う。逆に、危険が少ない依頼というのは報酬が低い。当然と言えば当然だ。
だが危険が少ないというだけで、モンスターを相手にするのであれば命懸けには違いない。戦闘で扱う魔術機の整備や使用した消耗品の補充。それらの経費を換算すると、ただでさえ低い報酬がまさしく雀の涙ほどしか残らないというのはよくある話。ゆえに数をこなさないと猟兵の生活もままならなくなってくる。
出生になんら後ろ盾なく、その上で老後に何不自由なく暮らせるようになるほどの稼ぎを得られる猟兵というのはほんの一握りだ。
それはともかく。
大剣を背負った少女と小柄な少年という組み合わせはどうにも人目を引くが、もはや慣れたものだ。周囲からの視線を軽く受け流しながら依頼が張り出されている掲示板に向かう。
「次はどんな依頼にするの?」
「そうじゃなぁ……」
会話をしながら張り紙を精査していく二人だったが、そこに近づいてくる人の姿があった。
「あの……イリヤさんとシリウスさんですよね?」
掛けられた声に二人が揃って振り返れば、ギルドの制服を纏った職員の姿があった。納品の際に何回か応対した記憶がある。
「申し訳ありませんが、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
何事かと顔を見合わせる二人である。
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