爺無双──若返った大魔道士の退屈しない余生──

ナカノムラアヤスケ

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第21話 爺、教え子に飴をあげる

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 赴いたのは、前に少しばかり騒ぎを起こしてしまった店だ。

 色々と弁償はしたがその後に気になって何度か足を運ぶうちに、いつの間にか馴染みの店になりつつあったのだ。お手頃価格に味もそこそこで、気軽に食べるにはうってつけだ。

「あ、いらっしゃい」
「店主、いつものを頼む」
「わかりました。適当な席に座っててください。すぐにお持ちしますね」

 店の扉を潜ったイリヤと、それを見つけた店員のやりとり。まるで気心してたもの同士の息のあった会話だ。注文を厨房に届けにいく店員を尻目に、イリヤとシリウスは他に比べて真新しくなったテーブル席に腰をかけた。

 見た目は子供であるイリヤを相手にしても、金を払う以上は客という態度で接してくれるのもまた、好感の持てるポイントだ。

 程なくして飲み物と料理が運ばれてくると、食事と共に本日の反省会になる。

「何度もしつこく言っておるが、付与術は便利じゃが過信はできん。武器性能の底上げにはなるが限度もあるからな」
「魔力を込め過ぎると武器が壊れちゃうんだっけ?」
「そうじゃ。人間の体にも過剰な魔力が宿ると負荷が掛かるのと同じで、やたらめったらに魔力を注ぎ込むと武器の強度が著しく低下する」

 ナイフで切った焼いた肉を口の中に放り込み、咀嚼し飲み込んでからイリヤが話す。手元の果実酒でちびちび唇を湿らせながらシリウスは話に耳を傾ける。

「幸い、お前さんの持ってる武器は白銀ミスリルとの合金じゃ。あれは軽くて丈夫なだけではなく、魔力の親和性が鉄に比べて高い。おそらく、身体強化魔法に割いた分を除く全部の魔力を注ぎ込まない限りそう簡単には壊れんじゃろうけど、一応は留意しておけ」
「ただの丈夫な剣じゃなかったんだ」
「付与術がポピュラーな技術であった頃なら、剣士にとっちゃ割と垂涎な一品じゃがな」

 白銀は魔法を織り込んだ道具を作る際には非常に有用な素材であり、魔術機を作るのにも最適な素材だ。しかし、それらの処理を行うにはかなりの技術を要する。おそらく、今の時代でそれを行える職人がいなかったのだろう。

 イリヤはこの一ヶ月、シリウスの指導をする傍らにこの時代についてを色々と調べ回っていた。ヘルヘイズの街は猟兵が稼ぎの拠点として利用しているため、街並みに並んでいる店は武具屋であったり飯屋であったりがほとんどだ。ただそれでも細々と経営している本屋の類もあり、イリヤはそこで目ぼしい本を買い漁って夜な夜な読み耽っていた。

 結論から言えば、この世界はかつてイリヤが勇者と共に魔王と戦った世界から時系列を共にする未来なのは間違いない。古い伝承の記された本の中に、見知った名前をいくつか発見したのでこれは確定的だろう。残念ながら自身の名を見つけられなかったのは少し寂しかったが、今更に名誉欲を出すほどでもないのでこれはすぐに諦めがついた。

 それとやはり、この時代では『魔法』という概念はほぼ廃れていると言っても良い。かつてはそのような技術があったという文献はちらほらと見つけたが、空想の扱いに近い。

 代わりに魔力が扱えれば誰でも等しい効果を発揮できる『魔術』が主流となっており、それを付与された魔術機が主流だ。

 予想外だったのが魔術機の起動に必要なはずの『魔力』についての知識も多くが失われていることだ。その具体的な操作方法や鍛錬についてはどの書物を調べても出てこなかった。

 ただ、よくよく考えてみればシリウスも自身が魔術機を使えない理由をわかっていなかった。他にも猟兵の多くが、己の魔術機をどうやって発動するかを知らないで使っている。

 仕組みがわからなくても使えているのなら使うというのは、人としては普通にありふれたものだ。特別に疑問は抱かない。

 あるいはもっと学術方面に発展した街でなら関連書物を見つけられるだろうが、少なくとも購入した本の中に付与術については記載はなかった。

 おそらく、何らかのきっかけで魔術及びに魔術機が普及し始め、代わりに魔法が廃れたのだ。具体的に何がどうあってそのような経緯を辿ったかは今後の調査次第だ。

 思考を一度打ち切ったイリヤは、ミルクの注がれた盃を口元に一度傾けてからシリウスに問いかける。

「ところでお前さん、魔術機を使う気にはならんのか?」
「え?」
 
 シリウスがとても意外そうな顔になるのを見て、イリヤは「おいおい」と呆れる。

「いやだって、私は魔法をイリヤから教わってるわけだし……」
「結局のところ、お前さんが実戦に通用するような魔術機を使えなかったのは、身体強化に魔力を割り振りすぎてたからじゃ。それが解消された今なら、実戦に通用する威力の魔術機を扱う分には何ら問題はないじゃろう」
「……そういえばそうね。言われるまで全く考えもしなかったわ」
「魔術機が使えないから魔法を教えてくれという話じゃっただろ、最初は」

 本当に今になってようやく気がついたのか。あれほどに悩んでいただろうに。

 イリヤは魔術機を率先して使おうとは思わないが、それそのものを否定するつもりは毛頭ない。あれはあれで研鑽された技術の賜物だ。

 人が『魔法使い』と呼ばれるほどに至るには、相応の知識と鍛錬が要求される。シリウスは無意識ながらに魔法を使い続けていたために導入がしやすかったが、通常は一から学ぶとなれば年単位での修行が必要になる。だが、魔術機を用いればその手間の大半を省けるのだ。

(発動に必要なのは使用者の意思のみ。あとは魔術機に込められた機構が勝手にやってくれる。一度見たからそこそこマネこそできるじゃろうが、ゼロから理論を構築しろと言われたら儂でもめちゃくちゃ時間がかかるだろうな)

 歳若くなった今のイリヤなら生きているうちにもしかしたら実現は可能かもしれないが、もし年老いたかつての己であれば完成の日を迎える前に寿命が尽きてあの世からの迎えが来てしまう。

 ゆえに、魔術機への強い違和感がある。だがいまはそれはいいだろう。魔術機が道具として有用なのに違いはなかった。だからこそシリウスに話を持ちかけたのだ。

「それと、薄々気が付いてはいるだろうが、剣や槍といった近接武器型の魔術機にはおおよそこの付与術の機能が組み込まれておるようじゃ」
「やっぱりそうなんだ。前々から不思議に思っていたのよねぇ」

 たかが魔術機が扱えないだけでシリウスが半端者扱いを受けていたことに最初は疑問を抱いたものだが、明らかにシリウスより非力な猟兵がモンスターを容易く切り裂いている場面を見て確信した。

 素人に毛が生えたような者が持つ低位の魔術機であれなのだ。第一線で活躍するような腕の立つ猟兵がもつ魔術機の力は相当なものだ。

 なるほど、確かに魔術機が使えないということで、今までシリウスがどれほどのハンデを背負っていたのかがよくわかる。

 だがそれも過去の話。

 魔力の制御を習得した彼女にとって、魔術機の使用は選択肢の一つとなった。無論、それに頼り切るのはよろしくないが、手札を増やすと考えれば悪くないだろう。

「あの迷宮での稼ぎがまるまる残っておる。一級品の魔術機を仕入れるのもさほど難しくはない。それを使えば、今のお前さんならすぐにこの街一番の猟兵にもなれると思うがな」
 
 そこからシリウスは顎に手を当てて「うーん」と考える。どうやらいまいちピンとこないようだ。

「今となっては別に魔術機にこだわるのもどうかなって。今はとにかく、イリヤに教わるだけ教わりたいっていうのが私の素直な気持ちかな。もちろん、イリヤが許してくれる範囲でだけど」
「お、ちょっと嬉しいことを言ってくれるな、お前さん」
「あら、そうかしら?」

 イリヤとしても、あくまで一つの考えを提案しただけだ。シリウスがこのまま自身に教えを仰ぐというのならば指導者冥利に尽きるというもの。彼も今の教え子がどこまで伸びるのか見て見たい気持ちが強かった。

「儂の教え子が良い子すぎる。飴ちゃんやろうか?」

 どこからともなく棒付き飴を取り出したイリヤの表情は、孫を慈しむ老人のような安らかさがあった。ちょっと意味がわからなくなったシリウスであったが、とりあえず飴は受け取った。
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