爺無双──若返った大魔道士の退屈しない余生──

ナカノムラアヤスケ

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第19話 シリウス、至る

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「……あれからずっと続けながら、色々と考えてみたのよ」

 シリウスは己の傍に落ちた剣の柄に手をそわせる。

「つまりは前にできていたことが今はその四分の一程度しか出来ていないってことよね。でも、もしかしたら四分の一も残っているのが良くなかったんじゃないかって」
「というと?」
「イリヤは、この訓練を通して、私が無意識に使っていた魔法を意識的に把握できるようにさせたいのよね」

 与えられた試練に対して、ただがむしゃらに剣を振るっていたわけではないようだ。どうすれば現状を打破できるか彼女なりに模索しているのだろう。良い傾向だ。

「イリヤ。この首輪の効果ってどこまで強められるの?」
「出量をこれ以上抑えるつもりか? やろうと思えば九割九分くらいまでいけるがな」

 制限の首輪はシリウスの血と髪を触媒にしたことで、彼女に使用する場合に限れば調節の振れ幅は自在だ。

「じゃぁお願い。一度首輪の制限を解除した後に、今度は最大限の制限を掛けてほしいの」
「思い切ったことを言い出すなお前さん」

 そうきたか、とイリヤは顔を顰めた。

「……もしかして無理?」
「いや、できないことはないが……めちゃくちゃきついぞ」

 呼吸と同じだ。供給される空気の量に対して排出する量が極端に低くなればそれだけ身体に負担が掛かる。魔力も同じく、極端に制限することは身体に強い負荷を設けることになる。

「その首輪の効力を『四分の一』に制限したのは、身体に無理を強いない限界を考えたからなんじゃ」
「いや、その無理が今は必要なのよ」

 シリウスは見据えた己の手を握りしめる。

「正常である時とそうでない時。きっとの、そこにある『無理』に私が求めてる答えがある。そう思うの」

 彼女の表情は真剣だ。きっかけは思いつきだったかもしれないが、それと真摯に向き合い考えた末の結論だと見てわかった。

 己の殻を破ろうとするものはえてしてこういう顔をするものだ。

「……やれやれ。昔にいた弟子を思い出すわい」

 シリウスの顔にかつての弟子の姿を重ねたイリヤには、もはや止めることはできなかった。

「いいじゃろう。ただし一度きりじゃ。魔力の扱いにも慣れとらんお前さんがやると、マジで体がぶっ壊れるからな。この一度のチャンスでモノにしてみろ」
「望むところよ」

 シリウスは果敢に返事をすると、イリヤは頷く。

「それじゃぁまず制限を解くぞ。『制限解除リミット・オフ』」

 首輪が淡く光ってから、シリウスは剣を手に取る。するとやはり、重量のあるはずの大剣は軽々しく彼女の腕に持ち上げられた。そのまま二度三度と振れば、空を割く音が響き渡る。

 目を瞑り、自身の体に意識を傾けるシリウス。己の内側から発せられる微細な力の流れを読み取ろうと集中する。

「……今なら少しだけわかる。体の中にさっきまでとは違う感覚がある。これがきっと魔力であり魔法なのね」
「じゃが、これでは足りないと? ……言っておくが、確実に大怪我するぞ。骨の一本や二本どころじゃない。全身骨折並みの重傷を負うかもしれんが、それでもいいのか?」
「覚悟の上よ。私だって痛みもなく強くなれるとは思っていないわ。だから……お願い」

 剣を構えて静止したシリウスが訴える。

 その確固たる決意に、イリヤは答えた。

「分かった。ではいくぞ……『限界制限ハイリミット・オン』!」
「──────ッッッッ!!」

 魔力出量を十分の一以下に抑えるということは、身体強化の魔法もそれ相応に低下するということ。彼女の両腕にはこれまでの十倍近い重量がのし掛かっているのと同等だ。

「ガッ──ギィ──ガァッ──!!」

 口から発せられる音は人が口にするそれではなかった。そこに気をかける余裕すらを自身の腕に──ひいては全身に傾け、集中していく。

 ギシギシと軋む音はきっと、シリウスの骨格が悲鳴を上げているのだ。噛み締めた歯は今にも砕けんばかり。

 それでもシリウスは決して、剣を離そうとはしない。この一回で必ず掴んでみせるという気概がいやでも伝わってくる。

 だが、シリウスを襲う負担は重量だけではなかった。

「──ガハッ!」

 咳き込むと、シリウス口の端から漏れ出たのは唾ではなく赤い雫。続けて鼻からも血が流れ始めている。

(やはり、少しばかり無茶が過ぎたかのぅ)

 シリウスの集中を阻害しないために、だが心の中で一抹の不安をぼやくイリヤ。

 人間は空気中に漂う魔力を取り込むことによって体内の魔力を回復する。そして躯に収めきれなくなった魔力というのは自然と体外に排出される。

 魔力の出量というのは、文字通り一度に使用できる魔力の量を意味している。これが大きければ大きいほど強大な魔法を扱えるのだが、それはまだいいだろう。

 今のシリウスは、首輪の効果でその出量が極端に抑え込まれているのだ。それだけであるのならばまだ良い。日常生活を送るのであれば多少の息苦しさを感じる程度だろう。

 問題はその状態で強引に魔法を発動しようとしている点だ。 

 魔法の制限を意図的に行えない彼女は、無意識下でそれをおこなっている。最小限になった魔力出量を強引にこじ開けようとしているのだ。言うなれば常に大量の水が注がれ続けている袋から、針の穴程度の放出口しかないのと同じ。

 制御されていない魔法は、この針の穴を力付くでこじ開け魔力を取り込もうとしている。その負荷が肉体を損傷させているのだ。このまま続けていれば体の至る所が内側から避けていくだろう。

 バツンッと、破裂音と共にシリウスが顔をのけぞらせた。額が内側から裂け血が噴き出している。けれどもシリウスはすぐに崩れそうになっていた構えを再び立て直す。

(じゃが、無茶ではあるが、残念ながら無謀ではないんじゃよなこれ)

 なぜなら、過去にこうやって自身の魔法を掴み取った人間をイリヤは知っているのだ。

 人種も性別も何もかもが違っていながらも、イリヤはかつての弟子の姿をシリウスに見てしまった。故に一抹の可能性を信じずにはいられない。

 ──どれほどに小さな切っ掛けであろうとも、その一欠片がやがて世界を救うことだってある。

 
 最後まで貫き通せば、それが大きな真実になる。


「────ッッッッッ、ガァァァァァァァァァァァァ!!」

 まさしく獣の咆哮とも呼べる絶叫が空気を震わす。 

 
 シリウスは大剣を頭上に持ち上げ、一気に振り下ろした。


 切っ先が地面を穿つと辺り一面を揺るがすほどの衝撃が広がり、地には縦一閃の斬撃跡が深々と刻み込まれていた。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 鼻や口は言うに及ばず。額どころか目からも血を流し顔を真っ赤に染めたシリウス。だがその瞳だけは爛々と強く輝いていた。

「……イリヤ。制限を少しだけ戻して」

 己の傷など全く意に介していないシリウスの冷たい言葉に、イリヤはふっと笑いながら指を鳴らす。首輪が光ると、出力制限が四分の一に戻る。

「ハァァァッッッ!!」

 掛け声と共に、剣が空を斬る。

 それは彼女本来の太刀筋になんら遜色ない見事な一閃だった。

「掴んだ……わよ……」

 実感を得たシリウスは剣を振り抜いたままの格好で微笑み、そのまま力なく倒れた。

「至ったか……ようやったわい」

 意識を失ったシリウスに癒しの魔法をかけてやりながら、イリヤは優しい笑みを浮かべるのであった。
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