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第16話 爺、教育を始める
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「なに……よ……これ……!?」
額に汗を滲ませ苦悶に表情を歪めながら、シリウスが言葉を絞り出す。
「剣が──重いっ!?」
少し前までは己の手足のように扱えていたはずの剣が、今は途轍もない負荷となって彼女の両腕とそれを支える身体にのし掛かっていた。
「ほれほれ、油断すると剣を落とすぞ」
「イリヤ……私に何をしたのよ! まさか、本当に呪いをかけたわけじゃ無いでしょうね!」
「ガチの呪いほどヤベェもんじゃないから安心せい。ただちょいと、お前さんの魔力を制限させてもらった」
「ま、魔力って……どういうこと!? いやまってこれ本当に重い!」
悲鳴をあげるシリウスに、イリヤは淡々と告げる。
「もうぶっちゃけた話、お前さんはもうすでに魔法を使っておったんじゃよ」
「意味わからないんだけど!?」
「じゃろうな。今まで全く気が付かずに使っておったからな。稀にいるんじゃよなぁこの手の輩が」
「しみじみ呟いてないでもっと詳しく!」
ぺしりと、まさしく老人の所作で額を叩くイリヤに、シリウスが悲鳴混じりに吠える。
「身体強化魔法。文字通り身体能力を強化する魔法じゃな。お前さんはそれを無意識に使っておったんじゃよ。特に剣を使う時にな」
違和感は最初に出会った頃からあったのだ。シリウスの素の身体能力は確かに高い。同世代からは頭ひとつ分以上も飛び抜けているだろう。きっと獣人の血が混じっていることも関係している。
獣人はかつての時代にも存在していたし、今の世にもいる。通常の人種に比べて、同じ体格でも優れた身体能力を有し早熟するのが特徴だ。
だがそれを加味しても、身の丈近くある大剣を自在に操るには不足していた。
「確信に至ったのは魔術機を使えないと聞いた時。これでピンときたんじゃよ」
魔術と魔法は似て非なるものではあったが、根底は一緒だ。
どちらも、発動するには魔力が必要という点だ。
魔力は人間が生きていれば誰もが宿している熱を伴わないエネルギー。宿せる総量には個人の差はあるし自覚し操ることができる者は限られている。
魔術機の優れた点は、魔力さえあれば誰でも等しく同じく効果を発揮できる点にあった。極小の魔力であっても、空気に溶け込んだ無為な魔力を吸収し不足分を補填する機能もある。
「儂の見立てじゃシリウスの持ってる魔力はなかなかのもんじゃ。このまま魔法使いとしてやっていけるくらいにな。だから尚更に魔術機を使えないはずがないんじゃ」
「──────ッッ」
「本当にキツそうじゃな。一旦剣は下ろしてええぞ」
イリヤが下を指差すと、シリウスは大剣の切っ先を地面に下ろした。ついでに柄も指から離れると音を立てて剣が転がり、離した拍子にシリウスは尻餅をついた。
「はぁ……はぁ……その魔力ってのが私にもあるなら、どうして今まで魔術機が使えなかったのよ」
「じゃから言ったじゃろ。お前さんは常に己の体に身体強化の魔法を施していた。つまり、持ってる魔力を全部そっちに回しておったんじゃよ」
単純な話だ。体内の魔力を全て魔法に回していたために、魔術機を最低限でも発動するための余剰が残されていなかったのだ。低位の魔術機を扱えたのはおそらく、微かな残り火のような魔力でも使える程度の代物だったと言うだけのことだ。
「で、話は戻るがな。人間が一度に扱える魔力の量を、魔法使いの専門用語じゃと魔力出量と呼んでおる。シリウスの付けた首輪はその出量を抑える効果がある」
かつての時代では、罪を犯した魔法使いの能力を制限するための拘束具として使われていたものだ。もちろん、本当に拘束具ではないので当人の意思で外すことはできるが。
「今のお前さんは魔力出量が通常時の四分の一にまで制限されておる。当然──」
「これまで無意識に使っていた身体強化の魔法も四分の一になるってわけね」
「話が早くて大変に結構。まぁ、有り余る魔力で使っていただけだからな。実際には四分の一にすら届いておらんが、そいつは今はいいだろう」
いい傾向だ。既存の常識に捉われず、新たに得た知識を積極的に取り入れようとする姿勢が窺える。実に教えがいのある人材だ。
「……ただ単に、私が気が付かずに魔法を使っていた事実を知らせるためだけに、こんな呪いみたいな首輪をつけたわけじゃないのよね。何か意図があるんでしょう?」
「もちろんじゃ」
これはあくまでも下拵えに過ぎない。本題はここからだ。
「儂の経験則から言わせてもらえば、おそらく今のお前さんの魔力でも、前と同じ程度の身体強化ができると踏んでる。しかし、残念なことにお前さんの魔法に儂が直に手を加えることはできんのじゃ」
人が十人いれば十通りの特色がある。同じ親から生まれた双子であろうとも完璧な同一人物たり得ない。それと同じように、各個人が持つ魔力というのは性質が異なってくるのだ。
「魔力の波長とでもいうかな。こいつがなかなかに厄介でな。この波長の違いで同じ効果を生み出す魔法でも魔法陣の形がまるで異なってくるんじゃ」
「……仮にイリヤが身体強化の魔法を使っても、私と同じ魔法陣にはならないってこと?」
然り、とイリヤは頷く。
「だから、口でアドバイスはできるが、実際にお前さんの魔法に手を加えられるのはお前さん自身しかいないんじゃよ」
「結局、ここからは私自身の問題ってことね」
シリウスはゆっくりと立ち上がると、地面に横たわる剣の柄を握りしめた。
腕にかかる強烈な重量に苦悶を浮かべながらも、歯を食いしばってどうにか持ち上げる。
「要するに、今の状態でこの剣を自在に操れるようになれってことでしょ」
「ああそうじゃ。そいつがお前さんが魔法を学ぶ上での最短じゃよ」
魔法の初手を覚える方法は他にはあるが、どちらかと言えば学術的なやり方だ。それに時間もかかるだろう。しかし、シリウスは無意識にもこれまで魔法を使い続けていたのだ。ならば頭で理解するよりも体に覚えさせたほうが入りやすいと考えたのだ。
「儂は物を教える時は『習うより慣れろ。慣れる前にやってみろ』が持論じゃからな」
「もしかして意外とスパルタ?」
「なんじゃ。泣き言でもいうつもりか?」
「冗談。逆に燃えてきたわ。やってやろうじゃないのよ」
額に大粒の汗を流しながらも、シリウスは不敵な笑みを浮かべていた。
「実にいい負けん気じゃな」
額に汗を滲ませ苦悶に表情を歪めながら、シリウスが言葉を絞り出す。
「剣が──重いっ!?」
少し前までは己の手足のように扱えていたはずの剣が、今は途轍もない負荷となって彼女の両腕とそれを支える身体にのし掛かっていた。
「ほれほれ、油断すると剣を落とすぞ」
「イリヤ……私に何をしたのよ! まさか、本当に呪いをかけたわけじゃ無いでしょうね!」
「ガチの呪いほどヤベェもんじゃないから安心せい。ただちょいと、お前さんの魔力を制限させてもらった」
「ま、魔力って……どういうこと!? いやまってこれ本当に重い!」
悲鳴をあげるシリウスに、イリヤは淡々と告げる。
「もうぶっちゃけた話、お前さんはもうすでに魔法を使っておったんじゃよ」
「意味わからないんだけど!?」
「じゃろうな。今まで全く気が付かずに使っておったからな。稀にいるんじゃよなぁこの手の輩が」
「しみじみ呟いてないでもっと詳しく!」
ぺしりと、まさしく老人の所作で額を叩くイリヤに、シリウスが悲鳴混じりに吠える。
「身体強化魔法。文字通り身体能力を強化する魔法じゃな。お前さんはそれを無意識に使っておったんじゃよ。特に剣を使う時にな」
違和感は最初に出会った頃からあったのだ。シリウスの素の身体能力は確かに高い。同世代からは頭ひとつ分以上も飛び抜けているだろう。きっと獣人の血が混じっていることも関係している。
獣人はかつての時代にも存在していたし、今の世にもいる。通常の人種に比べて、同じ体格でも優れた身体能力を有し早熟するのが特徴だ。
だがそれを加味しても、身の丈近くある大剣を自在に操るには不足していた。
「確信に至ったのは魔術機を使えないと聞いた時。これでピンときたんじゃよ」
魔術と魔法は似て非なるものではあったが、根底は一緒だ。
どちらも、発動するには魔力が必要という点だ。
魔力は人間が生きていれば誰もが宿している熱を伴わないエネルギー。宿せる総量には個人の差はあるし自覚し操ることができる者は限られている。
魔術機の優れた点は、魔力さえあれば誰でも等しく同じく効果を発揮できる点にあった。極小の魔力であっても、空気に溶け込んだ無為な魔力を吸収し不足分を補填する機能もある。
「儂の見立てじゃシリウスの持ってる魔力はなかなかのもんじゃ。このまま魔法使いとしてやっていけるくらいにな。だから尚更に魔術機を使えないはずがないんじゃ」
「──────ッッ」
「本当にキツそうじゃな。一旦剣は下ろしてええぞ」
イリヤが下を指差すと、シリウスは大剣の切っ先を地面に下ろした。ついでに柄も指から離れると音を立てて剣が転がり、離した拍子にシリウスは尻餅をついた。
「はぁ……はぁ……その魔力ってのが私にもあるなら、どうして今まで魔術機が使えなかったのよ」
「じゃから言ったじゃろ。お前さんは常に己の体に身体強化の魔法を施していた。つまり、持ってる魔力を全部そっちに回しておったんじゃよ」
単純な話だ。体内の魔力を全て魔法に回していたために、魔術機を最低限でも発動するための余剰が残されていなかったのだ。低位の魔術機を扱えたのはおそらく、微かな残り火のような魔力でも使える程度の代物だったと言うだけのことだ。
「で、話は戻るがな。人間が一度に扱える魔力の量を、魔法使いの専門用語じゃと魔力出量と呼んでおる。シリウスの付けた首輪はその出量を抑える効果がある」
かつての時代では、罪を犯した魔法使いの能力を制限するための拘束具として使われていたものだ。もちろん、本当に拘束具ではないので当人の意思で外すことはできるが。
「今のお前さんは魔力出量が通常時の四分の一にまで制限されておる。当然──」
「これまで無意識に使っていた身体強化の魔法も四分の一になるってわけね」
「話が早くて大変に結構。まぁ、有り余る魔力で使っていただけだからな。実際には四分の一にすら届いておらんが、そいつは今はいいだろう」
いい傾向だ。既存の常識に捉われず、新たに得た知識を積極的に取り入れようとする姿勢が窺える。実に教えがいのある人材だ。
「……ただ単に、私が気が付かずに魔法を使っていた事実を知らせるためだけに、こんな呪いみたいな首輪をつけたわけじゃないのよね。何か意図があるんでしょう?」
「もちろんじゃ」
これはあくまでも下拵えに過ぎない。本題はここからだ。
「儂の経験則から言わせてもらえば、おそらく今のお前さんの魔力でも、前と同じ程度の身体強化ができると踏んでる。しかし、残念なことにお前さんの魔法に儂が直に手を加えることはできんのじゃ」
人が十人いれば十通りの特色がある。同じ親から生まれた双子であろうとも完璧な同一人物たり得ない。それと同じように、各個人が持つ魔力というのは性質が異なってくるのだ。
「魔力の波長とでもいうかな。こいつがなかなかに厄介でな。この波長の違いで同じ効果を生み出す魔法でも魔法陣の形がまるで異なってくるんじゃ」
「……仮にイリヤが身体強化の魔法を使っても、私と同じ魔法陣にはならないってこと?」
然り、とイリヤは頷く。
「だから、口でアドバイスはできるが、実際にお前さんの魔法に手を加えられるのはお前さん自身しかいないんじゃよ」
「結局、ここからは私自身の問題ってことね」
シリウスはゆっくりと立ち上がると、地面に横たわる剣の柄を握りしめた。
腕にかかる強烈な重量に苦悶を浮かべながらも、歯を食いしばってどうにか持ち上げる。
「要するに、今の状態でこの剣を自在に操れるようになれってことでしょ」
「ああそうじゃ。そいつがお前さんが魔法を学ぶ上での最短じゃよ」
魔法の初手を覚える方法は他にはあるが、どちらかと言えば学術的なやり方だ。それに時間もかかるだろう。しかし、シリウスは無意識にもこれまで魔法を使い続けていたのだ。ならば頭で理解するよりも体に覚えさせたほうが入りやすいと考えたのだ。
「儂は物を教える時は『習うより慣れろ。慣れる前にやってみろ』が持論じゃからな」
「もしかして意外とスパルタ?」
「なんじゃ。泣き言でもいうつもりか?」
「冗談。逆に燃えてきたわ。やってやろうじゃないのよ」
額に大粒の汗を流しながらも、シリウスは不敵な笑みを浮かべていた。
「実にいい負けん気じゃな」
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