爺無双──若返った大魔道士の退屈しない余生──

ナカノムラアヤスケ

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第12話 爺、意外と動ける

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「あなたたちの実力なら、私がいなくてもまだ先に進めたはずよ。なのにそうもせずにあなたは私を見捨てたのよ! いまさら仲間面をしないでちょうだい!」
「確かに、お前を見捨てたような扱いをしたのは悪かった。だが、あそこはまだろくに探索も進んでいない迷宮だ。無理に探索の範囲を広げて他の仲間を危険に晒すような真似はできなかった。お前も猟兵ならその辺りは理解できるはずだ」
「それは……」

 シリウスの激情が、ベイクの正論によって揺らぐ。怒りで熱されていた思考が、冷たい氷で殴られたように無理やり落ち着きを取り戻された。

「とはいえ、確かに見捨てたような形になってしまったのは事実だ。幸いに、あの探索ではそれなりに稼ぎができた。詫びとしてそれなりの金を支払わせてもらう。それでどうだ?」
「…………いまさらそんな」
「じゃぁ、お前がこれからどうやって猟兵として稼ぐつもりなんだ? お前みたいなやつを仲間に入れてくれる奴らが、他にどこにいるんだよ」
「──っ」

 ベイクはどこまでも落ち着いていた物腰だ。あるいは彼女が怒りを露わにすることも織り込み済み。返す言葉も準備済み。それで彼女が言葉を失うのも分かりきっていたかのようだ。

「無理だよな。だって、お前は『半端者』だからな」

 ベイクの冷たい言い分はしかし、真実でもあった。シリウスが己を過小評価する最大の理由はこれであった。

「だが、壁役としてのお前は優秀なのは俺たちがよく知っている。だからまた一緒に迷宮に潜ろう。今回はたまたま運が悪かっただけだ」
「………………」

 男の言葉に、シリウスの迷いが見てとれる。彼への怒りが消え去ったわけではないが、それでも彼の言い分が己にとって益があると思っているのだろう。

 イリヤと組んで迷宮を進んでいた時、幾度となくモンスターとの戦闘に突入した。だが、その中でシリウスがモンスターにとどめを刺した場面はほとんどなかった。彼女の攻撃でモンスターの注意を逸らし、その隙にイリヤが魔法を撃ち込んで仕留めるという流れがほぼ全てであった。時にはシリウスの剣が決定打になったこともあったが、そのどれもが弱いモンスターであった場合に限っていた。

 どれほどに優れた能力を持ったところで、モンスターを倒せない猟兵など囮にしか使えない。彼女がこれからも猟兵としてやっていくのなら、誰かと組むしかない。己の代わりにモンスターを倒してくれる者と仲間になるしかないのだ。

「お話中のところに悪いが、口を挟ませてもらうぞい」

 シリウスの返事を待たずに勝手に話を進めようとするところを、イリヤが割り込む。ハッとなったシリウスと眉を顰めた男の視線が、揃って年若い子供に向けられた。

「……坊主、悪いが俺たちは今大事な話をしてるんだ。ちょっと黙っててくれないか」
「大事な話をしようとしていたところを割り込んできたのはそちらじゃろうが。おぬしこそこそ黙っておれ」
「は?」
「悪いがシリウスには先客がいての。お前なんぞお呼びじゃないわい」

 見知らぬ子供に一方的に告げられ、ベイクのこめかみが一気に釣り上がる。だがそんなの知ったことかと、鼻息を鳴らす。

「……イリヤ?」
「これでようやっとさっきの続きができるか」

 呆けたようになるシリウスを、イリヤは真っ直ぐに見据える。

「シリウス。お前さんが良ければ儂としばらく組まんか? 気心の知れたお前さんに、しばらく世話になりたい。ご存じの通り、色々と知らないこと尽くしでな」
「い、いいの? イリヤなら私なんかいなくても──」
「もちろん五分五分の関係じゃ。報酬は二人で折半。あと個人的に儂から頼むことがあるじゃろうから、その時にはまた別に何かしらを支払おう」

 ためらいを見せるシリウスの言葉に、自身のセリフを上書きするイリヤ。今の彼女に対してはこのくらいの強引さがちょうど良いだろう。

「お、おいおいおい。何を勝手に話を進めようとしてるんだよ坊主。猟兵は子供のお遊びじゃねぇんだぞ。シリウスは俺たちの仲間で──」
「口を挟むなと言ったぞ」
「なぁっ──!?」

 イリヤの言葉を遮ろうとベイクが割り込むが、子供が発するには鋭すぎる視線に口が止まる。見た目はまだ十代の半ばにも届かない少年のはずが、背筋に伝わる痺れは歴戦の強者を前にしたかのような威圧感だった。

 喉が凍りつかせたベイクを尻目に、イリヤは続ける。

「自信を持てシリウス。お前さんは強い。モンスターを倒すことだけが強さではない。生き残る力もまた強さなのじゃよ。それに、もし儂に会えたのが単なる幸運と考えているのなら、大違いじゃ。最後の土壇場で儂と会えたその運を掴み取ったのは、遺跡の奥に生きて辿り着いたお前さん自身の持つ力なんじゃからな」
「イリヤ……あなた……」

 どうやら今度は否定しないようだ。イリヤの言葉に嘘偽りのない本心であることが、ようやくシリウスに伝わったのだ。それからイリヤは、流れについていけていないベイクに向けて白けた風に手を振る。

「そういうわけじゃ。お前はもうお呼びでないでな」
「この──ガキがッ」

 完全に邪魔者扱いをされたことでいよいよベイクの癇に障ったのか。あるいは明らかに自分よりも若輩の若者にまるで子供のように扱われたことへの苛立ちか。大人気ないとは自身も理解しているだろうに、他に人目があるにも関わらず、イリヤに掴み掛かろうと手を伸ばした。

「イリヤ!?」
「っとに、手癖が悪いのぅ」

 シリアスが名を呼びベイクを止めようとするが、それよりも早くにイリヤの手が伸ばされた腕を掴み、同時に絡みつく。

「んなぁっ!?」
「せいやぁ!」

 掴んだベイクの腕を引き寄せ、立ち上がりざまに体を回転。巻き込んだ腕を回転の勢いに乗せて、最後に胴体に手を添えて力を込める。そうすればベイクの体は見事に振り回され、テーブルを巻き込みながら派手に転倒した。

「……なに……が……」
己の身に起こったことがまるでわからないベルク。きっと、気がついた時には仰向けで倒れていたといった感覚であろう。

「こう見えて、儂って結構動けるんじゃよね」
「ふざけっ──ッ!?」

 怒りを発しながら立ちあがろうとするベイク。しかし、彼が動き出すよりも先に、イリヤの指が眉間に突きつけられる。

「やめておけ。これ以上は互いに不毛じゃぞ?」
「…………ちっ」

 怒りを露わにしていたベイクだったが、やがては視線を逸らし肩の力を抜いた。掴みかかりはしたものの、案外冷静のようだ。

「うむ、聞き分けがよろしくて大変結構じゃ」
「もう本当に……何者なのよあなた」
 
 驚きと呆れを浮かべたシリウスに、イリヤははっはっはと笑って答えた。

「さて、場所を変えるかの。ここじゃもう真面目な話はできんじゃろうて」

 ベイクが店に来た時点で他の客からも注目を浴びていたというのに、今の寸劇でいよいよ店内が騒がしくなってきた。テーブルも派手に巻き込んだのもあって、このままここに留まるのわけにもいかないだろう。

 ベイクの仲間が彼に駆け寄ってくる。内の何人かはイリヤを睨みつけてはいたが警戒以上のことはしなかった。どうやらイリヤの身のこなしやひとまわり以上の体格を持つリーダーを投げ飛ばしたことで、ただの子供でないと理解はできたようだ。猟兵だけあってそれなりの危機管理能力はあるらしい。

 この後に、騒ぎを聞きつけた店主がやってくると、イリヤは頼んでいたメニューと、テーブルをひっくり返したことで生じた食器の破損。そこに、騒ぎを起こした詫びを含めた諸々の代金に色をいくつかつけて渡した。

「ではの」

 幼い少年の姿に強者の堂々たる空気を纏ったイリヤはベイクとその仲間に告げ、シリウスを伴って店を後にした。
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