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第9話 爺、迷宮より脱する
しおりを挟むイリヤが目覚めてから五日後。
「出口じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「まさか本当に生きて出られるなんて……」
両手を上げて万歳をするイリヤの隣には、青空を見上げながら涙を流すシリウス。
「くぁぁぁぁ、生まれ変わってから浴びる最初の日光は気持ち良いのぅ。ずっと穴蔵じゃったから爽快じゃわいな」
「ええ……分かるわ……その気持ち……」
目から涙を溢れさせるシリウスの背中を、イリヤは労わるように撫でた。本気で死を覚悟した状況からここまで挽回できたのだ。感情が溢れ出すのも仕方がないことだ。
「……しかし、人手が多いな。この場にいるのはほとんどが猟兵かの」
迷宮の入り口荒れた岩場の中にあるのだが、付近には多くの人々が忙しなく動いている。そのほとんどが武装した人間だ。至る所に物資が積み上がっており、よくよく見るとそれらを相手に商売しようと露店を開いていたりもする。
「発見されたばかりの迷宮は、猟兵にとって格好の稼ぎ場だもの。しばらくの間はこうやって賑わいが続くでしょうね」
涙を拭ったシリウスが答えた彼の質問に答える。
会話をする二人の傍を、複数名からなる猟兵の一団が通り抜ける。誰もが緊張した面持ちで足を進めていた。
迷宮の中から年若い男女──しかも片方は子供とくる。イリヤが大声を発しただけあって、付近に屯していた猟兵たいから、そこそこに注目を集め始めていた。
「ここだと邪魔になるわ。離れましょう」
シリウスに促されて、イリヤたちはその場を離れる。
猟兵の稼ぎ時であるならば我先にと入り口に殺到しそうなものだが、他の猟兵が入って行くところを黙って見ているし、別のグループとの諍いも見受けられない。イリヤにとっては意外な光景だった。
「順番待ちか……案外と行儀がいいんじゃな、猟兵というのは」
「こんな入り口で喧嘩して下手に体力を減らすのは、それこそ馬鹿な話だもの。余計な争いを避けるために、自然とね。──酒場とか行くと毎晩の喧嘩が絶えなかったりするけど」
「なっはっは、それでこそじゃわいな」
イリヤの記憶にある冒険者も、平時は互いに不可侵を保ちながら夜は酒を飲んで大いに馬鹿騒ぎをしていた。やはり猟兵と冒険者は通じるものがあるとわかって朗らかに笑う。
迷宮の入り口付近から遠のき、猟兵の数が少なくなったところでイリヤは己のまっすぐな腰を叩きながら息を吐いた。
「どうせじゃから、どこか落ち着いたところに腰を据えたいのぅ」
「そんな年寄りみたいな台詞を言っちゃって……あ」
「中身はまごうことなき立派なジジィじゃからな。癖みたいなもんじゃよ。実際に、迷宮の中ではずっと気を張り続けてたからの。休みたいのは本音じゃよ。体力は子供じゃし。あといい加減に服をどうにかしたい」
今のイリヤの格好は、迷宮の中で遭遇したモンスターの皮を剥いだ物を体に適当に巻き付けて、その上にぶかぶかのコートを羽織っている状態だ。皮そのものの処理はしっかりしたが、お世辞にも着心地はよろしくない。ただ、全裸の上にコートを羽織るよりかは幾分かマシといったところか。
「確かにその格好は無いか……。ここからあと一時間くらい歩けば街に着くから、それまで我慢できる?」
「……なんとかなるじゃろ」
「少し自信がないみたいね。駄目そうだったら私が背負って行くから安心して。これでも体力だけには自信があるわ」
「年頃の娘におぶられるとか、見た目はともかく儂の自尊心が窒息死するわい。意地でも歩いてやる」
むっとなるイリヤに、シリウスがくすくすと笑った。
二人で並んで歩きながら、イリヤはシワのなくなった小さな手を見据える。
百歳越えの老体では関節炎やらなんやらが絶えなかったが、今の子供の体ではその手の悩みとは無縁になった。だが一方で体力は完全に外見相応になってしまった。これもある意味で老体の頃よりマシにはなったが──。
(頭の中身は据え置きじゃが、体の方は完全に初期化されておるようじゃな。やれやれ、文字通り一から出直しじゃな)
力の抜け始めている手を、それでもグッと握りしめる。
────
ヘルヘイズの街は規模だけで言えば中堅ほどの広さであろうが、その賑わいっぷりはイリヤの記憶にある大都市にも匹敵するほどのものであった。
「ほっほっほ、大層な値になったのぅ」
「え、ええ。そうね、うん」
ほくほく顔で笑うイリヤとは対照的に、シリウスは挙動不審であった。視線が定まっておらず、目の中に魚を飼っているのでは思るくらいに泳ぎに泳いでいる。狼の耳も心なしかへたれている。
「……さっきから動揺しすぎじゃろう。下手すりゃ不審者に見えるくらいじゃぞ」
「だ、だだだだって、私あんなお金……みみみ見たことないのよ」
口調も定まらぬほどに盛大に動揺しているシリウスの背中をイリヤがペチリと叩く。
「ありゃぁ儂とお前さんがきっちり稼いだ正当な報酬じゃろうて。どんとそのご立派な胸を張ればいいんじゃよ」
「そうはいうけどぉ……」
迷宮の入り口で見せたものとはまた違った涙を目に浮かべるシリウス。両手の人差し指をツンツンと付き合わせる様は、どちらが子供かわかったものではない。
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