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第十二話 セイナという少女
しおりを挟む街の治安維持を担っている封印騎士団だが、その背後組織である《白の教団》は弱者救済を唱えている。そのため、封印騎士団は貧困に苦しむ者たちに対する活動も行なっており、定期的な〝炊き出し〟や青空学校による〝教育〟を無償で行なっている。
物心つく頃には孤児であったセイナも、そうした封印騎士団の奉仕活動によってどうにか日々を食いつないでいる状況だった。
セイナ自身は女神教を信仰していなかったが、女神教を背景にしている封印騎士団の炊き出し等にはそれなりに感謝していた。彼女と似たような境遇の者たちの多くは女神教の信徒であり、よく教会に祈りを捧げていたという。ただ、雨風や寒さを凌げるので、彼女も形だけは祈るようにして教会には訪れていた。
だが、ある日異変が訪れる。
「友達が、夜中に教会に一緒に来るよう誘ってきた。不思議に思ったけど、その日は寒かったから教会で一晩を過ごそうと思って付いていった」
友人も自分と同じなのだろうと思い、夜中の教会に足を運んだ。
ここで、セイナは最初の違和感を覚えたのだ。
「私たちがたまに寝ぐら代わりにしている教会と、その日に行った教会はかなり離れていた。行った事の無い教会だった」
連れられるままに教会を訪れると、既に教会内で祈りを捧げている者がいた。意外なことに、自分のような浮浪者と混じって身なりの良い者が教会内で礼拝していたのだ。
「それって驚くことか?」
「……浮浪者の中には窃盗を繰り返してる奴もいる。だから、街の人間は浮浪者と一緒に祈るのを避けてる。すごく珍しい」
見慣れぬ教会。場違いな礼拝者。セイナの中で違和感が膨れ上がっていった。そんな彼女を余所に、友人は礼拝者たちの列に加わる。
思い返せば、友人は何かに引き寄せられているようにも見えた。まるでセイナのことなど忘れてしまったかのように、一心不乱に祈りだしたのだ。辺りを見渡せば、一見して真摯に祈っているようだったが、肌に触れるのはまさに異様としか表現のしようがない雰囲気。
「声をかけても、肩をゆすっても、友達はずっと祈り続けてた。他の人も同じ。眼の前で手を叩いても、眉ひとつ動かさなかった」
徐々にセイナの中に恐怖が芽生え始める。
──そして。
「全身に悪寒が走った。いつの間にか、私は一人で教会を飛び出していた。一瞬でも、あの場所に居るなんて耐えられなかったんだと思う」
無我夢中で逃げてから、セイナは友人を教会に置き去りにした事実を思い出した。だが、友人への心配よりも、あの場所にとどまる事の恐怖が上回り、一人震えながら翌日を迎えた。
「……友達は、結局帰ってこなかった。朝になって、怖かったけど教会に行ったら、中には誰もいなかった」
次の日も、またその次の日も、友人は帰ってこなかった。
そこで、彼女は己の周囲で起こっている異変に気がついた。
「……仲間の数人が、いつの間にか居なくなっていた。最初は気にしてなかった。どの街にもよくある話」
浮浪者同士の繋がりはそれほど深いものでは無い。封印騎士団の支援活動があったとしても、少ない日々の糧を奪い合うような間柄だ。
「けど、居なくなったのはみんな女神教の熱心に信じる人ばかりだった。だから──」
「──封印騎士団の奴らに問いただしたってわけか」
モミジの言葉に、セイナはこくりと頷いた。
「……そしたら、追いかけられた」
「ちょいと不用心すぎたかもしれねぇな、それは」
「でも、友達の行方はどうしても知りたかった」
俯き気味のセイナの表情は暗い。友人を見捨てて一人逃げ出したも同然なのだ。無理もない。
だが、そんな彼女に、モミジは慰めの声を掛けられなかった。セイナの話を聞いて、彼の中にあった疑惑が確信に至っていたからだ。
表面上は平静を取り繕っているが、モミジの胸中はそれとは程遠い状態であった。少女がこの場にいなければ、今いる建物を衝動的に破壊してしまいそうなほどに荒れ狂っていた。
一番当たってほしく無い可能性だった。
(いや、そいつは希望的観測に過ぎないな。ミラージュたちの話を盗み聞きした時点で、最も高い可能性だってわかってたはずだ)
ならば、もはや夜を待っている暇などない。一刻も早く行動に移らなければ、さらに最悪の事態を招く。
「……信じてくれるの?」
「ああ、信じるよ。だから、セイナちゃん、君の友達が消えた教会がどこにあるか教えてくれ。俺がちょっと行って確かめてくるからさ」
「いい。案内するから一緒に行く」
「流石にそれはちょっとまずいな。外にはまだ強い大人がうようよいるだろうし、そんな危ない場所に子どもはつれてけねぇよ。だから、ここで待っててくれるか?」
モミジは近所に散歩しにいくかのような気楽さを装った。
その裏にある残酷な事実から彼女を引き離すように。
だが、モミジの思いとは裏腹に、セイナは言った。
「……モミジが連れて行ってくれないなら、私一人でも行く」
セイナは表情は乏しいながらも、瞳に強い意志を宿していた。
「その友達ってのは、そんなに仲が良かったのかい?」
「……私が初めて仲良くなった友達。でも、私はあの子をおいて一人で逃げた。だから知りたい。あの後何が起こったのか。あの子はどこに行ったのか」
単なる子どもの我儘では無い。彼女の本気が伝わって来る。
セイナの本気を受けて、モミジは言葉の取り繕いをやめた。
「いいかセイナちゃん。君が望んでいるような結果は絶対に得られない。都合の良い希望は一切無い」
子どもに言い聞かせるには酷な言い方。だが、それほどの覚悟がなければ、連れて行くわけにはいかない。
待ち受けるのは、残酷な事実だけなのだから。
「──それでもついて来るか?」
「行く」
迷いの無い答え。だが、込められた決意は本物であった。
(この子は間違いなく、将来は大者になるな)
下手な大人よりもよほどに芯が強い。
「分かった。連れてってやる」
「ん」
「けど、こっから先は絶対に俺の言うことを聞いてもらう。我儘は一切無しだ。何があっても指示に従ってもらう」
「分かった」
彼女はこのすぐ後に知ることになる
モミジの言葉が、想像を超えた重さを秘めていた事に──。
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