神話の続きはエピローグから (旧題:邪剣伝説)

ナカノムラアヤスケ

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第十一話 予感と少女

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 一方その頃、モミジはというと。

「大量の失踪者ねぇ。無関係であっては欲しいが……状況を考えるに期待できそうに無いかぁ」

 ミラージュたちの元から逃れた彼は一旦、人気ひとけの無い家屋に身を隠していた。聖騎士アズハスとの戦闘は、全力とは程遠いながら、片手間で済ませられるほどに楽ではなかった。小休止が欲しいと思える程度の体力は消費していた。

 モミジは床に座り込み壁に背を預けながら、手元にある小ぶりなナイフから発せられる〝声〟に耳を傾ける。

「──っと、これ以上はさすがにまずいな。そろそろバレる」

 パチンッとモミジが指を鳴らすと、手元のナイフが砕け散る。同じく、ミラージュの懐に忍び込ませていた盗聴用のナイフも砕け散った。彼女がアズハスとの戦闘で乱入してきた際に、彼女に悟らせないようにその服に仕込んでいたのだ。

 ただ、ナイフとは言うがその大きさはわずか指の第一関節ほど。もはや刃物としての機能は無いにも等しい。だが、それほど小さくなければミラージュの服に忍び込ませることはできなかった。

「あぁ……、さすがにあのサイズに仕込むのは骨が折れるわぁ。戦闘後だし、めっちゃ疲れたわぁ」

 モミジは息を吐き出すと、懐から果実を取り出して齧る。程よい酸味と甘みが疲れた体に染み込むようだった。

 果実を全て口の中に放りこみ、ゆっくり咀嚼してから飲み込む。

「さてどうするかな。このまま《封印騎士団》の支部に突っ込んで更地にしてもいい気がするが……」
 
 事も無げに飛び出た発言が物騒極まりないが、これが絵空事ではなく現実に可能なのだからなおのこと始末が悪い。
「かといって失踪事件の方を放っておくのも寝覚めが悪いな。もし俺の懸念が正しけりゃぁ他人事じゃねぇし」

 情報収集のためにミラージュの服に仕込んでいた盗聴ナイフであるが、思わず手に入った情報が非常に悩ましい。

「…………よし、とりあえず面倒臭いことから片付けよう」

 に変更は無いが、その前に雑事を済ませてしまおう、とモミジは決を下した。

 もし失踪事件がモミジにとって無関係であるなら、それはそれでただのお節介として済ませれば問題無い。だが、もし仮にモミジの懸念に触れるような事態であるのならば放っておくわけにもいかない。

「早速動くか。俺の予想が合ってたら、最悪の場合やばい」

 盗聴用のナイフを破壊する前に最後に聞こえたリィンの見解。僅かな情報と短時間でありながら導き出された〝解〟は正鵠を得ていた。だからこそ、真相に至ればややこしい事態に発展する可能性がある。なるべくならば、それが起こる前に決着をつけておきたいところだ。

 モミジは身を起こすと軽い身のこなしで廃屋の屋根に登った。

「さすがに警戒態勢が敷かれ始めるだろう。下手に騒ぎ出すとご近所迷惑だし。適当にをつけて、夜になったらしらみ潰しに巡るしかねぇか。……ん?」

 周辺を見渡しながら簡単に予定を立てるモミジの視界に、妙な光景が映り込んだのだ。

 それは、一人の子供を複数人の封印騎士団所属者──騎士が追いかけている様子だった。モミジのいる廃屋からそれらは豆粒程度の大きさに映るような距離ではあったが、細胞活性を微弱に発動させればこの程度の遠視はさほど問題はなかった。

「……浮浪児の取り締まり、にしちゃぁ気になるな」

 封印騎士団の職務の内ではあるが、それにしてはモミジの中にある〝勘〟が僅かばかりの反応を見せていた。

 どうせ本格的に動き出すのは夜中になってからだ。太陽はまだ天高く昇っているし、時間的にはまだまだ余裕がある。

「とりあえず行ってみるかい」

 そう言って、モミジは〝現場〟に向かって急行した。

 ──ちょうど付近の屋根に到着した頃、運悪く少女は袋小路に入り込んでしまい、騎士たちに追い詰められている状況だった。

 数えて五人の騎士が、徐々に少女との距離を詰めていく。位置的に騎士たちの表情は見えないのだが、こちらは今はいいだろう。

 少女はかろうじて服としての機能を持っただけの薄汚れたボロ切れを纏っており、体も?覧せ細っておりまさしく浮浪児といった格好だ。顔は青ざめており、恐怖が色濃く張り付いていた。

(おかしいな。なんであんなに騎士を恐れてるんだ?)

 浮浪者──この場合は浮浪児か──が日々の糧を得るために窃盗行為を行うのはどの街でもよくある話だ。治安維持の一環として封印騎士団がそれらを取り締まるのもまた日常的な事だ。

 捕えられた場合、大人であれば一定期間の強制労働を課せられるが、子供であれば教団が運営する孤児院に放り込まれる場合が多い。ただ、徹底的に礼儀作法やら女神様の教えを叩き込まれるので、それを忌み嫌って孤児院入りを拒む者も多い。

 だが、そうであっても少女の怯えようは異常だ。忌々しげに騎士を睨みつけているのならばともかく、あの様子では心の底から命の危険を感じているようにも──。

「──っておい、マジかよ……っ!?」

 あろう事か、少女まであと一歩というところまで近づいた一人の騎士が、腰に携えていた剣を抜き放ったのだ。相手が武器を持った荒くれ者ならともかく、見るからに丸腰である女の子に対してだ。他の騎士は、剣を抜いた者を止める素振りをまったく見せない。

 騎士は頭上へと剣を振りかぶる。少女は恐怖のあまりに声すらあげられず、固く目を閉じる事しかできない。

 ──状況が〝異常〟である事だけを理解したモミジの行動は早かった。

「《月読》起動アクティブ! 一番から五番まで射出!!」

 即座に《七剣八刀》で八本の浮遊剣──《月読》を具現し、剣を振りかぶる騎士へと発射した。

 少女へと白刃が振り下ろされる寸前、飛来した《月読》が騎士の手から凶器を弾き飛ばす。その光景を目撃した他の騎士は、驚きに硬直しながらもすぐさま立ち直り、腰の剣を抜いて動き出そうとする。だが、それよりも先んじて、四本の《月読》がそれぞれの足元に突き刺さり動きを制した。

 そこに、モミジが強襲する。

 少女に切りかかろうとした騎士の側に降り立つ。未だ動揺から立ち直れず棒立ちになった彼に、《月読》の峰を叩き込み意識を刈り取った。

 仲間が地面に倒れる鈍い音に我に返ったのか、騎士の一人が声を張り上げた。

「き、貴様……一体何者だ! 我ら封印騎士団の行いを邪魔立てするつもりか!」

 ……どうやら、モミジがこの街に来ていることが、封印騎士団の全員に浸透しているわけではないようだ。でなければ、彼のような特徴的くろずくめを見て察せないわけがない。

「ちっとばかし見ない内に騎士の〝質〟も随分落ちたな。子供相手に刃傷沙汰なんざ笑い話にもならないぜ」
「部外者が口を出すな! そいつは大いなる女神様より携わった我らの行いを侮辱し、あまつさえ反逆したのだぞ! そのような者、成長すればいずれ世に仇なす不届き者になろう!」
「……あぁ、関わっちゃダメなタイプの人間だ、こいつら」

 怒りのボルテージが上がる騎士たちと比べ、モミジの彼らを見る目は冷ややかだった。

 昔から、の勘違い気味な騎士は、モミジがまだ封印騎士団に所属していた当時から存在していた。何度か顔を合わせたこともあるが、その度に辟易したものだ。
 
 真面目に取り合っていると馬鹿を見るのは経験済みだ。
 
 よって──。

「とりあえず眠ってろや」

 今にも飛びかかってきそうな様子の騎士四人。それらの足元に突き刺さっている四本の《月読》を操作。地面から引き抜いく勢いをそのまま、四人の顎に柄頭を叩き込んだ。

「「「「んごっ!?」」」」

 妙な悲鳴をあげながら、四人の騎士は揃って白目をむいて気絶した。《月読》がただの投擲剣ではなく、遠隔操作可能な〝浮遊剣〟である事を知らずに、まったく注意を払っていなかったのだ。

 騎士全員を打ち倒したところで、モミジは《月読》を《魔素》の粒子に還元し、未だ蹲ったままの少女へと歩み寄った。

「おい嬢ちゃん、もう大丈夫だ。怖いやつらは全部倒したからな」

 モミジが声をかけると、少女は一度肩を震わせ、やがて恐るおそると顔を上げた。涙を流し目元を真っ赤にした顔が出てきて、モミジは少女の頭をポンポンと叩いた。

「怖かったろう。よく頑張ったな」

 モミジは微笑みながら、優しい言葉で語りかけた。

 最初はポカンとなっていた少女だったが、とつとつと口を開き始めた。

「……お兄さん、誰?」
「俺か? 俺はモミジっていうんだ」
「……なんか、女の子みたいな名前」
「ああ……まぁ、よく言われるな」

 苦笑しながら頬を掻く。己の名前は嫌いではなかったが、幼い子供に改めて指摘されると、少し複雑であった。

「で、嬢ちゃんの名前は?」
「セイナ」
「そうか、セイナちゃんて言うのか」

 モミジは少女──セイナの頭を優しく撫でた。

「じゃぁセイナちゃん。さっそくで悪いんだが──」

 と、モミジが先を続けようとしたが、その表情を小さく引き締める。彼の耳は、遠くから駆け寄ってくる複数の足音を捉えていた。

「ここだと落ち着かないな。場所を移すか」

 言うや否や、モミジは買い物袋を抱えるようにセイナを抱き上げた。突然抱えられたこと、いきなり視線が上がったことにビクリと体を強張らせるが、モミジは安心させるように笑いかけた。

「もし怖かったら目を瞑ってな」

 セイナは小さく頷くと、固く目を閉じてモミジの首元にしがみ付いた。そんな彼女の頭をもう一度撫でてから、モミジは膝に力をためると勢いよく跳躍し、付近の民家の屋根に飛び乗り、その場を去った。

 数十秒遅れて、その場に十人近くの騎士たちが駆けつけるも、場に残されていたのは倒れた騎士たちだけであった。




 モミジは直前まで休んでいた空き家に戻ると、《七剣八刀》で〝遮断〟と〝探知〟の効果を付与した剣を創造し、部屋の四方に張り巡らせた。これで内部の声が外に漏れる心配もないし、近づいてくるそんざいを素早く察知できる。

「目を開けても大丈夫だぞ。ここならとりあえず安全だ」
「……ん」

 言われて目を開くと見知らぬ部屋の中でセイナは驚いた。だが、すぐに気を取り直し、モミジの腕の中から床に足を下ろした。

「……今更だが、こんな見た目が怪しい野郎の言葉に素直に従うってのはどうなんだ?」
「──? 助けてくれた人じゃないの?」
「いや、間違いじゃぁないんだが」

 天然なのか、はたまた恐ろしく肝が据わっているのか。……少女に対して〝肝〟云々は失礼か、とモミジは思った。ともかく、将来は大物になりそうな予感だ。
「さて、さっきの続きなんだが、ちょっといいかい?」
「何?」
「どうして騎士に追いかけられてたんだい? あの騎士たちが馬鹿なのは間違いないが、だからと言って理由もなく子供一人を追いかけ回すほど救いようの無い馬鹿では無いはずなんだが」

 衝動的に女の子を追い回したくなるような者を騎士に任命するほど、封印騎士団が末期でないと信じたい。

 モミジの問いかけに、セイナは顔を伏せた。

「あ、悪い。いきなり聞くのはちょっと無神経すぎたか」

 セイナは首を横に振った。

「いい、話す。助けてくれたお礼。……でも、言っても信じてもらえないかと思う。騎士様に言ったら、追いかけられたから」

 訥々としたセイナの言葉に、モミジはきな臭さを感じた。それは少女に対してではなく、騎士団に対してだった。

(俺の杞憂であってくれればいいんだが)

 だが──モミジの小さな願いは、最悪の形で裏切られることとなった。
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