神話の続きはエピローグから (旧題:邪剣伝説)

ナカノムラアヤスケ

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エピローグ──ある物語の終焉

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 ──ガアアアアァァァァァァァァァァッッッッ!! 
 
 それが、己の放った咆哮だと気がつくのに、数瞬の間を要した。
 
 人間が発するにはあまりにも力強く、醜く、禍々しい。およそ、理性とは程遠い、まさに本能に任せた野獣の雄叫び。弱きものに理不尽なまでの恐怖と絶望を植え付け、身も心も食い散らかそうと猛る、ケダモノの声。

(なるほど……ね)

 だがしかし、一方で、己の中に揺るぎ難い確信が生まれてた。

 荒れ狂う激情。

 拡大する五感。

 四肢にみなぎる力。

 そして何より、背中から生える、まるで天使の羽のような、それでいて決して天使の羽ではありえない、光を呑み込む深淵の闇。

 嘆きとは違った、でも歓喜とも違う。

 もはやそこに、それまでの自嘲は無い。

 開き直ったわけでもなく、諦めでもない。

 今胸中にある感情を言葉にすることは難しい。あえて言葉にするならば──。

「──しっくりくるな」

 数千数万によって構成されたジグソーパズル。その最後の一欠けら。これまでずっと探し続けていた、小さな小さなパーツが、型にハマり切った。その表現が一番相応しい。

(認めてやるさ)

 にやりっと、口元に笑みが浮かぶ。

 

 この背中に広がりし闇こそ『混沌』そのものであると。

『混沌』こそ、森羅万象ありとあらゆるものの母なのだ。



 心身を支配する熱を抱きながらも、思考は意外なほどにまで冷たい。その知性をもった獣の瞳を、正面に向ける。

 ──世界で一番愛した女が、そこにいた。

 こちらが『混沌』を象徴とするならば、彼女は正に『秩序』を象徴していた。

 純白のドレスで身を包み、覗く手足は滑らかで繊細。聖母の様に美しい顔立ちに浮かんでいるのは、見る者に安らぎと癒しを与える温かい微笑。風にながされて舞う白銀の髪が、幻想的な光景を演出している。

 だが、それらすべてを統合したとしても。

 その背中に存在する神々しい天の翼が発する清涼さには敵わない。

 ──ラアァァァァァァァァァァァァ……──。

 彼女の形の良い唇から、音が発せられた。おそらく、『歌声』と称しても間違いではない、聴者の心を鷲掴みにする。まるで、真に神の使いが降臨したかのような美しい音色。

 だというのに。



 ──周囲にふりまかれたのは、破壊と呼ぶには生易しい、蹂躙。



 大地が消え、風が消え、そして生命が消える。

 物質としての要素を完膚なきまでに破壊され、残されたのは、一点の淀みのない白の残骸。細かな粒子はさらさらと流れ、雪と呼ぶには形が無く、砂と呼ぶには美し過ぎる。

 見れば、彼女の立つ地点を中心に、円形に白い砂が降り積もっている。しかも、時がたつにつれてその範囲は広がり続けている。歌声が響く都度、白い浸食が広まる速度が加速していく。

「──やっぱり、俺がやるしかないのか」

 声が漏れた。

 ──脳裏に『彼女』と共に歩んできた道程が去来する。

 楽しいことも辛いことも、嬉しいことも悲しいこともあった。

『彼女』と過ごした時の中に、後悔の念が無かったたと言えば、嘘になる。

 それでも、『彼女』と出会えた奇跡と、

 その奇跡を抱いた『この世界』が好きで。

 そして、他の何よりも『彼女』のことが愛おしくてたまらない。

「──いや、違うな」

 だからこそ、己が発した言葉を訂正した。

 誰かに強制されるわけでもなく、何かの成り行きで行うわけでもない。彼しかできない、からでもない。そんな軽々しい、運命論者の戯言に、汚されてなるものか。

「この俺が──」

 溢れ出す感情の波を、拳を握る手に込めた。爪が皮膚を突き破り、血が流れ出るが、構わずに更に力を込める。まるで、痛みを十字架のように背負いたいかのように。

「この──俺がッ」

 涙は、間違いなく流れるだろう。

 後悔で、死にたくなるだろう。

 絶望に、苛まれるだろう。

 それでも──それでも、だ。

「ほかの誰でもない──この俺がッ!!」

『彼女』を愛した『自身』だからこそ。



 ──彼女を殺すことを、自分以外には許さない。 

『彼女』を殺すことができるのが、彼一人だからではなく。

『彼女』を殺すすくう権利があるのは、世界でただ一人、『彼』だけ。

 

 その権利を、己の意志で行使する。

 誰に譲ってなるものか。

『彼女』の全てを──『死』すらも、この手に収める。

「──我は混沌にして深淵。闇よりもなお暗き漆黒を孕みし者」

 決意の祝詞を奏でる。

 祝詞自体に意味はない。

 敵を己の意志で葬ると決めた時。

 結果に追従する、全てを背負う覚悟を決めた時。

 自己満足と分かりながらも、力を振るうと決めた時。

 奏でることを約束された、残酷ないのり。

『彼女』の歌が、止まる。
 
 白い浸食の早まる速度が遅延し、『彼女』は彼の奏でに聞き入るように沈黙した。
 
 まるで、『彼』の歌を聴き入るかのように。

「──我は全ての罪を抱き、悔いと覚悟を背負う者」

『彼』は振り絞るように、祝詞を続けた。

(覚えて──るんだな)

 あんな姿になってまで、心に刻んだ誓いは覚えていた。

 そんなかつての師の姿に、嬉しさと悲しさが同時にこみ上げる。

(涙は後で流せばいい)

 感情を封印するつもりはない。

(後悔は後ですればいい)

 だが、暴発させる時は、今ではない。

(絶望は後で浸ればいい)

『彼』は全てを振り払うように、最後の一句を放つ。

「我が名は『   』────」

 胸中に渦巻く感情の──ありとあらゆる熱を、闇の翼に込める。

「──混沌を纏いし漆黒の刃──悪しき輪廻を断ち切る剣也!」

 背中から這い出す、闇が一層に勢いを増した。

 まるで、彼の深い悲しみを表すかのように。彼の決意を体現するかのように。

『彼女』が背負う純白の翼が、輝きを増した。

 ──ラアァォァァァァァァァァァァァァ────!!

 慈悲を与えるかのような美しい音色が響く。

 だが与えるのは姿無き『ほろび』。

 穢れがない故に、『白(おのれ)以外の異分子を許さない、破滅の色。

『彼女』と『彼』を結ぶ直線状の全てが『白い砂』へと変じる。音もなく、予兆もなく、一点の汚れもない『ほろび』が、『彼』に迫った。

 ──ガアアァァァァァァァァァァァァァ────!!

 咆哮を上げる。ありとあらゆるものを飲み込むような、禍々しい猛り。

 だが、内包するのは確固たる『そんざい』。

 穢れ切っているが故に、全ての可能性を持ちうる、生誕の色。 

『破滅の白』は、どこからともなく聳えた『生誕の黒』によって阻まれる。無限の破滅は、どこにでもあるはずの無限の可能性によって打ち消される。

 漆黒の翼が触手を伸ばし、彼の手中に集まり、収束していく。

 ──剣を、引き抜く。

『彼女』に向かって走り出した。

 全てを無に帰す『白』を止めるために。


 自分と──彼女が愛した『この世界』を終わらせないために。


 ───────────────────────


 古の世、人々が神より『奇跡』を賜り、代理者として『力』を行使していた時代。
 
 最も強大な力を持つ二柱の『神』が存在していた。 
 
 片や混沌を司り、世界に破壊を撒き散らさんとした神。
 
 片や秩序を司り、世界を慈悲を降り注ごうとした神。
 
 前者を『黒き邪神』。
 
 後者を『白き女神』。
 
 二柱の神が司る理は相反するものであり、両者がぶつかり合うのは火を見るよりも明らかだった。邪神と女神は自らの理を象徴する『剣』を手に、互いを打ち滅ぼさんと長きにわたる戦いを繰り広げた。
 
 三日三晩続いた戦いは、大地を白い砂の海へと化した。
 
 やがて女神は最後の力を振り絞り、自身の『剣』をもって邪神の躰を幾万にも粉砕した。
 
 力を使い果たした女神は自身の持つ剣を残し、やがては消え去った。
 
 以後、世界は女神の祝福を受け、平和を享受しているのである。
 
 ──世界に復旧している『女神教』の経典より抜粋。

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