157 / 161
第7章
第十七話 ド素人とババァ
しおりを挟む「ま、腹ごなしと暇つぶしにはちょうど良さそうだ。付き合ってやる」
徐に立ち上がり、長剣の鞘を背負い直すラウラリス。
と、そこで思い出したのがアベルの存在だ。
「ずっと気になってたけど、結局その子はラウラリスちゃんのなんなの? 赤の他人って割には親しげだったけど」
「ちょいとばっかし剣の指南をしてやってね。見た目は可愛いが、これでなかなかに筋がいい。将来有望だ。剣の道に行くかは分からんがね」
「そりゃまた……、君にそこまで言わせるんだから大層なもんだ」
顎に手を当てて感心するヘクト。アベルも褒められて嬉しそうである。
「今日はこの近くでばったり会って、悩みの相談に乗ってやった次第さ。それ以上でもそれ以下でもない。そいつも終いで別れようって時に、あんたらが割って入ってきたってわけよ」
スパッと言い切るラウラリスであったが、その隣でショックを受けるアベル。どうやらこのままさっくり分かれるのは嫌だったらしい。
「ふんふん、なるほどなるほど」
二人の反応を見てしきりに頷くヘクト。ここでラウラリス、嫌な予感を覚える。
その直感はまさに正しかった。
「君も一緒に来るかい?」
「却下だ阿保」
ヘクトの提案にアベルが一瞬だけ顔を輝かせるも、直後にラウラリスが切り捨ててすぐに捨てられた犬のようにシュンと肩を落としてしまう。
「これで良いとこのお坊ちゃんなんだ。下手に怪我でもさせたら大問題だよ」
「別に良いじゃないか。お弟子さんだって師匠のご活躍を見たいでしょうし……ね?」
「は、はい! ラウラリスさんのご活躍を見てみたいと思います!」
「そこで焚き付けるんじゃないっての」
再度ヘクトに話を振られたアベルは、両手に拳を作りながら熱意を露わにする。
「決してご迷惑をおかけしませんから!」
「ド素人が口にするその手の台詞が信用できるわけないだろ」
完全に乗り気になっている少年にラウラリスがピシャリと言うが、ヘクトにのせられたのか今度は簡単には折れない。
「みんな最初は分け隔てなく素人なんだ。良い所のお坊ちゃんであるなら、なおの早いうちに裏の社会科見学を済ませておいた方が、後学の糧になるでしょ」
「もっともらしい論を並べちゃいるが……あんた、完全に面白がってるだろ」
「まさか。僕は純粋に、将来有望な若人の為を思って言っているまでさ」
忘れていたわけではないが、改めて思い知らされる。
このヘクトという男は非常に有能な男でやり手には違いないが、それとは別に生じた好奇心に身を任せるタイプの人間だ。あるいは『面白い』と感じた事に対しては、損得度外視で持ちうる全てを注ぎ込む。商会に大損害を与えかねないやらかしも、根っこはヘクトの好奇心が発端だ。
今回はその好奇心がアベルにむいた次第である。本当に面倒な男である。
「皆さんのお邪魔はしません。端で隠れていますから!」
「つってもねぇ」
「己が若輩であり未熟なのは重々に承知しています! 絶対にお手を煩わせるようなことはしませんから!」
どこまでも食い下がるアベルに、若干ラウラリスも押され気味である。仮にアベルが王子でなければ連れて行くのもやぶさかではないが──とほんのり迷い中である。
二人をよそに、アイルはヘクトの脇を強めに打って声を顰める。
「分かってるの? あの子にもし万が一に怪我でもさせたら、私ら全員これだよ」
と、アベルに見えない角度で、アイルは手刀で自身の首元を叩く。この場にいる者だけではなく、ギルドや商会にだって累が及ぶ可能性も十分以上にあり得る。
「大丈夫大丈夫。これから行くマフィア程度だったら余裕だって。それに、お偉方に恩を売るチャンスでもある。それも個人的にね。将来的には君にだって大きな実りになり得るんじゃないか?」
「やっぱり──気がついてたんだ」
最初に惚けた反応はハッタリで、ヘクトはアベルの正体が分かっていたのだ。
「ラウラリスちゃんが王城に出入りしてるのは知ってたからね。あの年頃で剣を教えてたって話で有れば、もしかしたらと」
この愉快犯は、確信的に王子様をマフィヘの討ち入りに巻き込もうと言うのである。
アベルはまだ若い身であるり実権はほぼないに等しいが、将来的には王位を継いで国を率いる立場にある。ハンターとしても、そして裏の人間としても今のうちに繋がりを設けておくのは、ヘクトの言葉通りかなり魅力的である。
もし『失われた片割れ』であればどのような選択肢を取ったであろうか。
しばしの思考を経て、アイルはやいのやいのと言い合っている二人に告げる。
「ラウラリス。この際だから連れて行こう」
「アイル、お前まで!?」
まさかの裏切りにラウラリスがギョッとする。己と同じで却下する側だと思っていたのにまさかヘクト側と同調するとは予想だにしていなかった。
「その子、ここで駄目って言い聞かせても黙って着いてきそうだよ」
「ぐっ……それは」
中世的で可愛らしい顔をしているが、この王子はかなりの行動派だ。昨日の今日で城を抜け出してラウラリスに会いに来たのがその証左。初めて出会ったのも、城下に降りたところで護衛を振り切ったところが発端。
「見えないところでウロチョロされるよりかは、見えるところで良い子にしてもらったほうが安全だよ。なんだったら、子守りは私がやるから」
アイルに目を向けられると、アベルがコクコクと必死に頷た。
そもそもの話、ラウラリスが討ち入り参加を辞退すればアベルも連れて行かずに済むわけなのだが、ここまで来て引き下がると言うのも癪である。
さんざんに考えあぐねたラウラリスであったが、「ん」と眉間に皺を寄せて頷いてから、
「アベル!」
「は、はい!!」
「──ここから何があっても、必ず私らの側を離れず、かつ指示も厳守だ、もし何かあってバレた時は、死に物狂いで周囲を説得しろ。特にセディア様には重々にな。これらを守れなかったら私はお前さんとは縁を切るぞ」
「わ……分かりました! ありがとうございます!」
あるいは切れるのはアベルを除くこの場に居合わせた者の首だなと、少年以外は脳裏によぎらせたが誰も言わなかった。
ヘクトの口車に乗る形で、マフィア潰しにアベルも同行することになる。
──結果的に、ラウラリスたちが危惧したような最悪の結果には至らなかったものの、別の意味で少しばかり面倒な流れに行き着くことなる。
509
お気に入りに追加
13,882
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?
「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。
亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません!
いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。
突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。
里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。
そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。
三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。
だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。
とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。
いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。
町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。
落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。
そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。
すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。
ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。
姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。
そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった……
これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。
※ざまぁまで時間かかります。
ファンタジー部門ランキング一位
HOTランキング 一位
総合ランキング一位
ありがとうございます!

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?
藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」
9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。
そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。
幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。
叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。