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第7章
第九話 ババァと、とある亡国の秘宝
しおりを挟む短く思考の反芻を終え、ラウラリスはセディアの言の葉に耳を傾ける。
「昔はずっと、姉の後ろばかりを追いかけていました。けれどもあの人は私が一歩進む度に二歩も三歩も先を言っていました。手を伸ばせば伸ばすほど遠のく感覚といえばいいのでしょうかね」
セディアも別に、特別に両親から冷遇されていたわけではない。親としての愛情も、令嬢としての教育も彼女に注いでいた。けれどもやはり、関心という点においてはセディアの姉へと一番に向けられていた。ファマス家が姉を中心に回っているように思え、少しでも親や姉に振り向いて欲しい一心で、セディアは様々な学びに手を出した。だが、おおよそはどれも姉に及ばず落ち込むという日々であった。
「ですが、その中で偶然に実家に所蔵されていた呪具に触れる機会がありました」
非常に珍しい呪具で、家族の中で反応を示したのはセディアだけであった。あの時の両親と姉の驚きぶりに、初めて己に光が指したように感じられた。
それからだ、セディアが熱心に呪具について学び始めたのは。
「ファマス家は、王城の呪具研究部に多額の出資をしていると聞きます」
「おっしゃる通りで。父に連れられ、研究部に赴く機会も与えられました」
当初はまだ十歳程度の少女に訝しげな眼差しを向ける職員も多くいたが、セディアが手頃な呪具を扱ってみせるとその目も変わっていった。その後に、呪具に纏わる知識を学ぶ姿勢やその吸収力もあいまり、自然と彼女は研究部の一員として認識されるようになっていった。
何一つ勝てない姉に、唯一勝るかもしれない可能性に、セディアは没頭したのである。あの頃の自分にとって、呪具だけが全てであった。
「それだけというのは、いささか言葉が過ぎる。あなたは今、立派に王妃としての勤めを果たしているではないですか」
「私が自分の采配で万全にこなせるのは、呪具に纏わるものと近衛騎士隊の運用だけです。他に関しては、学んだ知識から推測して、成せるであろう者に振り分ける程度です」
「その程度ってぇのが、本当はめちゃくちゃ難しいんだがねぇ──っと」
どこまでも己を過小するセディアに、ラウラリスは思わず素の口調が溢れ落ちた。
上に立つ者が全てを把握して裁量するのも一つの統治の形ではあるが、能力のある者に職務を任せるというのは己が全てを為すよりも難しいのだ。
「謙遜してらっしゃるが、この国が正常に回っているのであれば、それはあなたの采配が正しいことの証左に他ならない。もっと自信を持っていいはずだ」
ラウラリスの真摯な言葉を受け、セディアは仄かに驚いた顔をみせる。
「……このような話は、夫以外にはあまりしたこともありません」
胸のつっかえが取れたように、セディアの肩から力が抜けた。
「ラウラリスさんにお会いしたのは今日で二回目だというのに、どうしてか不思議と話せてしまいました」
「稀に見る聞き上手だと、人様からよく言われます」
いく先々や人々は、ラウラリスの身の上を知らずとも物腰や雰囲気から齢八十超えの人生経験を無意識に感じ取るのだろう。普段はあまり口にもしない胸中をポロリと溢すのである。
何よりセディアは王妃。立場的に、弱音に近い気持ちを吐露するのは難しいのだろう。
「こんな小娘でよければ、喜んで聞きますよ。口は鉄よりも硬い自信があるので、好きなだけぶつけていただいて大丈夫です」
豊かな胸元を張り、拳で叩くラウラリスである。
──と、そこで一つ気になる事があった。
目が行くのは王妃の胸元。別に自分がその辺りを叩いたからではないが、初めてこの中庭であった時とは一点違う部分がある。
首飾りだ。
ラウラリスの目利きが反応するくらいには上等な品であったが、今の王妃はそれを付けていなかった。
「王妃様、つかぬ事を聞きますが、私と初めて会った時は首飾りをしていましたよね」
「え? ああ、あの首飾りですか」
胸元を手で撫でながら王妃は説明する。
「実はあれ、所有者の見聞きした情報を保存しておける呪具なんです。非常に貴重なものですが、公務においては非常に助かっております」
「ははぁ……あの大きさで」
皇帝ラウラリスの時代にもそうした情報を記録する呪具は存在していたが、どれもが軒並み貴重品であった。サイズにしてもさすがに人の背丈ほどではないにしろ懐に収められるような大きさではなく、王妃のいう首飾り程度の小さなものは存在していなかった。やはり王妃の手腕で小型化に成功したのだろう。
(なるほど。セルシアの再来なんて呼ばれるわけだ)
──亡国の姫君、呪具使いセルシア。
当時は呪具の最先端であったエンデ王国の姫だけあり、当人も呪具に対しての深い知識要し、扱いにも長けていた。
だが彼女が最も秀でていたのは、本来であれば数人がかりで運用するような大掛かりな呪具を、不要な機能を削除し簡略化することによって小型化することであった。そうした数多の呪具を用いて勇者の旅路、戦いを支援していたのである。
(もっとも、セルシアの作った呪具は達者過ぎて、帝国の研究員も模倣は不可能だって話だったか)
セルシアが天才の類であったのは疑う余地もないが、何よりも彼女の手元にはエンデ王国の知識そのものがあったから可能な芸当であった。
──叡智の書。
エンデ王国が保有していた秘宝。ありとあらゆる情報を蓄積し、また閲覧が可能となる知識の結晶体。ただし、使用するには先代の所有者から直接の認証が必要となっている。
まさしく一子相伝であり、王の証でもあった。
『叡智の書』がセルシアの手に渡っていたのは、彼女の父親を討ち取った時に所有していないことから想像は容易かった。叡智の書から齎される膨大な知識と、セルシアの類稀なる才能があったからこそ、呪具の小型化と運用が可能であったのだ。
ただし、セルシアが没してからの所在は不明だ。
損失していないのであればおそらくは王城のどこかに保管されているのだろうが、流石にそこまではラウラリスも調べきれていなかった。それ以前に、閲覧した限りで『叡智の書』についての記述は無いに等しかった。
(私が危惧した展開にはならなくてホッとしたがね)
己が勇者に討たれたのちの世において、彼女が一番に不安を抱えていた要素が、この『叡智の書』の行方であった。正確には、それを継承したセルシアの動向である。ただこれは、当世の平和を見れば杞憂に終わったと安堵するに至った。
ともあれ、セディアの手掛けている呪具の小型化は、セルシアのそれとは少しばかり毛並みが違う。個人に依存した製造利用か、万人に向けての量産が可能か。
別にどちらがより優れた体系かは、論ずる意味もない。時代や目的が変われはそんなものはいくらでも変貌するのだ。
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