148 / 149
第7章
第八話 ババァの忠臣が残した言葉
しおりを挟む「アベル、お疲れ様でした」
「母上!」
歩み寄ってくるセディアに、アベルはパッと晴れのような笑みを浮かべた。
息子の肩に手を置いたセディアは、優しく微笑みかける。
「少しばかり過保護であったかもしれません。以降も励みなさい。ですが、無理は禁物ですよ。躰を壊してしまっては意味がないのですから」
「はいっ、ありがとうございます!」
疲れているだろうに嬉しそうに元気よく返事をするアベル。母親に良いところを見せようと張り切っていたところもあったのだろう。彼女の笑みを見て、成果を発揮できた事を喜んでいた。
「さっ、躰の汚れを落としてきなさい。王子たる者、いつまでもそんな姿でいるのではありませんよ」
「あっ! ……わ、わかりました。では、これで失礼します」
母親に諭され、己の状態にようやく気が回ったようで、慌てたように頭を下げるとアベルは去っていった。王子仕えの者も王妃とラウラリスに向けて一礼をすると、アベルの後を追う。
見送った後に、セディアが改めて口をひらく。
「ラウラリスさん、この後のご予定はおありで?」
「今日は一日中空いてますよ」
「でしたら、お茶と菓子を用意させましたので、どうぞあちらへ」
セディアは己が先ほどまで座っていたテラス席を示す。ラウラリスは手近な兵士に長剣を預けると、セディアに伴われて用意された席に腰を下ろした。
「改めて、お疲れ様でした。私の突然の我儘に付き合っていただきありがとうございます」
「私は大して動いちゃいないですよ」
謙遜を述べてから、茶器に注がれた湯気立つ芳しいお茶を口に含む。疲労は無いが、動いて少しだけ熱った躰が落ち着くような味わいだ。上等な品質の茶葉を達者な者が淹れたのだろう。
「いいえ、私も見る目はそれなりにあるつもりですが、あなたほど完璧に己の躰を支配している人間というのは滅多におりませんでしょうね。アイゼンが認めるのも納得できます」
「……まさか、王子への指導は建前で、本題はそっちでしたか?」
「それこそまさかです。ただ、その思惑もあったのも否定はしませんよ」
クスリと笑ってから、王妃も上品な所作で茶器に口をつけた。
「実際に目にして、あなたをアベルの指南役として城に招けないのが残念で仕方がありません。剣術のみならう、教養もおありのようですし」
「高く買ってもらってるのは非常にありがたいですが、それっぽい話ができるだけの田舎者にすぎませんよ。私は剣を振るうだけがせいぜいの女です」
「それを言ってしまえば、私は呪具を人より少しばかり達者に扱えるだけの女でしかありませんよ」
どことなく自嘲めいた言い回しだ。
「私には二つ上の姉がおりまして、これが大変に聡明で優秀な人でした。あの人が存命であれば、きっと王妃は私ではなく姉がなっていたでしょう」
「その話……私が聞いてもいいんで?」
「隠すほどのことでもありません。調べればすぐに分かることです。それ以前に、ラウラリスさんもこの程度はすでにご存知でしょうし」
するりと思いがけない隙を突くような一言であったが、ラウラリスの持つ器に注がれた茶には波紋ひとつ生じない。この程度で動揺を見せる程度では、悪徳女帝などよばれはしない。
王妃はおそらく、ラウラリスが獣殺しの刃の本部に入り浸り、何かを調べているのは知っているのだろう。ただ、その目的と求めている情報についてはまだ分かっていない。今のは、話の流れを利用し、己の認識と事実の『確認』なのであろう。
ラウラリスは鷹揚に茶器を受け皿に乗せると、小息を一つ。
「十六年前……でしたか。書面上で見ただけですが」
「ええ」
──数奇な運命により邂逅したかつての忠臣から告げられた。
無害だったとある宗教団体が『亡国を憂える者』へと変貌したのは、今より二十年前。
獣殺しとは別の視点でありながら、闇に生きた男が限りを尽くして残した今際の言葉だ。
故にラウラリスは、この国の歴史において二十年前に起こった出来事を徹底的に洗い出した。どれほどに些細なモノでも掘り返そうと、まさしく寝食すら惜しんで調べ尽くした。だが、熱意と結果が釣り合うとは限らない。今のところは不審な点はなく、空振りに終わっている。
いの一番に調べ上げたのは、他ならぬ王家とそこに近しい親類族。王家から別れた血筋や、逆に王族の伴侶を輩出した家を中心に洗い出した。
当然、当代カイン王の妻であるセディアの出身であるファマス家についても当然であるが調べてはある。
確かにセディアの上には姉がいた。非常に優れた能力を持っており、数年内に王子カインとの婚約がなされるのは間違いなかった。だが、十六年前、遠出の際に事故で亡くなっている。獣殺しの刃も当然調査したが、偶発的なものであり事件性はないという。
二十年前といえば、目の前のセディアはまだ十歳だ。今のアベルとほとんど同じ年頃である。ファマス家が国内有数の名家であろうとも、その次女に過ぎなかったセディアに何ができる。
そして、セディアの姉が亡くなったのが十六年前。こちらも微妙に年代が合わない。あるいは事故が二十年よりも前の出来事であれば話は変わったかもしれない。
忘れてはならないのが、資料を制作したのは王国を裏から支え、時には無法も辞さない『獣殺しの刃』。資料には表だけではなく、決して世には出てはならない裏の情報も記録されている。その上でラウラリスの琴線に触れなければ、ファマス家は候補から外してもいいだろう。
501
お気に入りに追加
13,802
あなたにおすすめの小説
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
あれ?なんでこうなった?
志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、正妃教育をしていたルミアナは、婚約者であった王子の堂々とした浮気の現場を見て、ここが前世でやった乙女ゲームの中であり、そして自分は悪役令嬢という立場にあることを思い出した。
…‥って、最終的に国外追放になるのはまぁいいとして、あの超屑王子が国王になったら、この国終わるよね?ならば、絶対に国外追放されないと!!
そう意気込み、彼女は国外追放後も生きていけるように色々とやって、ついに婚約破棄を迎える・・・・はずだった。
‥‥‥あれ?なんでこうなった?
あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?
王家も我が家を馬鹿にしてますわよね
章槻雅希
ファンタジー
よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。
『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。
妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
断罪されているのは私の妻なんですが?
すずまる
恋愛
仕事の都合もあり王家のパーティーに遅れて会場入りすると何やら第一王子殿下が群衆の中の1人を指差し叫んでいた。
「貴様の様に地味なくせに身分とプライドだけは高い女は王太子である俺の婚約者に相応しくない!俺にはこのジャスミンの様に可憐で美しい女性こそが似合うのだ!しかも貴様はジャスミンの美貌に嫉妬して彼女を虐めていたと聞いている!貴様との婚約などこの場で破棄してくれるわ!」
ん?第一王子殿下に婚約者なんていたか?
そう思い指さされていた女性を見ると⋯⋯?
*-=-*-=-*-=-*-=-*
本編は1話完結です(꒪ㅂ꒪)
…が、設定ゆるゆる過ぎたと反省したのでちょっと色付けを鋭意執筆中(; ̄∀ ̄)スミマセン
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。